第三話 お礼

「ただいまぁ〜…」

 

 

 鍵を使って扉を開け、帰宅を告げるも、返事が返ってくる来ることはない。それもそのはず、俺は一人暮らしだ。

 

 

 「………」

 

 

 ただ、問題なのは部屋が多すぎること。はっきりいって掃除が面倒だ。

 

 玄関で靴を脱ぎ、自分の部屋に荷物を放り込んでから、キッチンへと向かう。冷蔵庫中を確認………お、豚肉がある。飯炊いて、コンソメで炒めるか。

 

 米を出して、軽く3回水で洗ってから、炊飯器にセットして、早炊きボタンを押す。豚コン炒めは出来たてが美味しいため、ご飯が炊きあがってから調理することに、先にシャワーを浴びよう。

 

 自室に戻り、着替えを持ってシャワー浴びに行く。今日は何だか疲れる日だったので、少し熱めのお湯を浴びた。

 

 ふぅ、疲れがとれる〜……


 疲れたときの熱めのお湯は最高である。このピリピリ感がたまらない。疲れを洗い流せてる感じ。

 

 シャワー浴び終え、着替えて再びキッチンへ、もう少しで炊きあがりそうだったので、調理を始めることに。


 冷蔵庫から、豚肉とキャベツを取り出して、お互い食べやすい大きさに切る。フライパンに油をひき、豚肉を入れ、程良く炒めたら、キャベツも入れる。キャベツにも火が通って来たら、少量の水とコンソメを一粒入れて、コンソメの味が馴染むまで少しまぜる。

 大体出来たら最後に塩こしょうをかけて完成。超簡単である。まじコンソメ便利。

 

 ピー、ピー、ピー。

 

 おっ、ちょうどご飯が炊きあがった。よしっ、飯だ!

 とっととご飯を盛り、机に豚コン炒めと共に持っていく。

 

 

「いっただっき――」


 ブゥゥゥッ――。

 

「おわぁ!?」

 

 

  食べようとしたところで、机に置いていたスマホがいきなり振動し始める。

 え、なになに、何事!?

 慌ててスマホを手に取ると、そこには、今日追加されたばかりの名前――『うた』の名前が表示されていた。

 

 

 ………何故?

 

 

 訳が分からず、首を傾げる。何かやり残したことはあっただろうか?


 あのあとは結局、あの場で別れた。俺は鍵を拾ったらそのまま帰るつもりだったので、すぐに帰路につけたが、彼女は一回教室に戻ったそうだ。荷物を置いてきていたらしい。

 何も問題なかったように思えるが………取りあえず出てみるか?

 

 俺は、画面をスライドし、耳にあて「もしもし…」と出てみると。

 

 

『あっ…、良かった……出てもらえないのかと思いました……』

 

 

 と、彼女の声が聞こえくる。

 

 

「こんばんは、川瀬さん。どうかした? 何か問題でもあった?」


『え? い、いえ! 何もないですよ! ……た、ただ……やっぱりお礼を言いたくて……』


「いや、だから別にお礼は――」


『学校じゃ、なければ良いんですよね……! みんなにバレなかったら良いんですよね……!』


「え…」


『えっと……今日は本当に、ありがとうございましたっ!!』

 

 

 いきなりの大声に、スマホを耳から遠ざける。耳がおかしくなるかと思った……ちょっと、じーんってする……

 

 もう一度スマホを耳に当て直し、「いや、別に気にしなくても…」と言う。

 

 

『私が気にします! だからお礼をさせて下さい!』

 

 

 ……以外と粘り強いな……この子。

 このまま、拒否し続けても電話が長引きそうな気がする、もうここで折れてしまおう。

 

 

「はぁ……わかったから、もういいよ。その礼は素直に受け取っておく、どういたしまして」


『…! ほ、本当ですか! 良かったぁ……』

 

 

 彼女がスマホの向こうで安堵したのが伝わってくる。俺が折れない、と思っていたのかもしれない。

 

 

『で、では……いつお会いしましょうか……?』


「………うん?」


『……え?』


「え、……会うって?」


『…はい、……お礼……させてくれるんじゃないんですか……?』


「え、わざわざ? 会って?」


『会って、お礼がしたいです!』

 

 

 ええ……まじかよ……これで終わるのかと思ってたよ……

 でも、素直に受け取ると言ってしまっている……まぁ、それで終われるのならいいか……

 

 

「……基本、俺はいつでも空いてるよ」


『そ、そうですか…! じゃあ、明日でもいいですか……?』


「そ、それはまた、いきなりだね…」


『……だっ、駄目でしょうか?』

 

 

 ……なんだこれ、めっちゃ断りづらいんだけど。

 よく本で読む、ヒロインの「だ、ダメ、かな……?」的なやつの効果を今実体験したわ、これめっちゃ断りづらい……

 

 

「……イエ、ダイジョブデス」

 

 

 思わずカタコトになった。

 

 

『(やった……!)で、では…! 明日にしましょう! あ……でも、どこでお会いしましょう? 放課後に学校の近くのコンビニとか……ですかね……?』

 

 

 小さい声で何か囁いていたようだが、聞こえなかったので多分スルーしていいよな……?

 

 

「……いや、あそこはよく生徒を見かけるからダメだな……」


『そ、そうですよね………ごめんなさい……』


「ごめんな、面倒くさくて」


『い、いえ! こちらも付き合ってもらってるので…! でも、どうしましょうか……』


「うーん……」

 

 

 何処かいい場所は………あ。

 

 

「……あ」


『え、何処かいい場所ありました?』

 

「うん、今日の帰りにたまたま見つけてね。学校の校門を出て左手の方に進んで行くと、ちょっと見つけにくいんだけど、『青時雨』って言う喫茶があって……そこにしようか」

 

 

 じーさんも誰か連れてこいって言ってたし、これは丁度いいかもしれない。この機会に川瀬さんがあの喫茶のことを広めてくれれば、俺は早々にお役御免だろう。これは逆にとてもラッキーである……!

 

 

『へぇ……そんなところがあったんですね……! 分かりました、そこにしましょう!』

 

 

 川瀬さんが嬉しそうにそう言う。

 よし、これが終われば、また俺の穏やかな時間が帰ってきてくれるはずだ。

 明日までの辛抱だ、頑張れ俺。

 

 

「うん、じゃあ、そういうことで」


『はいっ…! ……ではまた明日……おやすみなさい』


「……うん、おやすみ」

 

 

 そう言って通話を切る。電話で誰かに「おやすみ」と言うのは、何だかくすぐったい。かと言って、あまり悪くない気もした。


 ………ダメだな、今日の俺は少し、どこか変かもしれない……

 

 

 はぁ、と息をつき、通話している間に冷えてしまった晩飯を見ると、微笑を浮べる。

 

 

 今日は、何だか高校に入ってから、初めて色づいた日だったかもしれない。

 

 

 そんなことを思いながら、俺は冷えてしまった晩飯を温め直すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る