第ニ話 青時雨

その日は結局、雨が上がってしまったため、何処にも寄り道はせず、真っ直ぐ帰路についた。


 徒歩で通える範囲ではあるが、少し遠い、かと言って自転車を買うのも勿体ない気がして、「まぁ、歩くのも悪くないか」と開き直っているような感じである。


 でもまぁ、自転車こぎながらでは出来ないことを歩いてるときには出来るので、ホントの理由を言えばこっちなのだが――。


 

「……おっ、更新されてる」


 

 良い子は真似してはいけないよ? 歩きスマホ。


 俺は歩きながら、片手をポケットに突っ込み、片手でスマホを操作しながら、小説投稿サイトをあさるという、禁じ手を使っていた。確かに危ないが、慣れるとちゃんと『回避』できる。

 例えば――。とそんなことはどーでもいい、今はこの本の続きが気になる。


 

「…おわっとと、……!? にぃちゃん、あぶねぇ!」


「………」


 

 …うるさいなぁ(怒)。

 そう思いつつも視線は、画面に釘付け。今、とてもいいとこなのだが……上から何かが迫って来るのを感じる。


 

 ……ここかな。


 

 俺はその場で足を止めると、上から、ガコォーンッ!!、と木材が落ちてくる…

 俺の目の前に。

 


「あ、…あっぶねぇ…、おいっ、にぃちゃん、大丈夫か!?」


「……うん?」


 

 声に反応して上を見上げると、そこには、電柱によじ登っている、じーさんがいた。

 

 

 ………………はぁ?

 

 

 思わず二度見してしまう。

 何やってんだあのじーさん!?


 

「なにやってんすか!?」


「あ? なんだ大丈夫そーじゃねぇか! あー、っぶなかった! この歳して遂に殺人に手を染めるところじゃった!」


「んなとこ言ってないで降りてきてください!? 危ないっすよ!?」


「なんじゃ? 今し方、そっちがその『すまーとふぉと』によって、生死の狭間を彷徨っとたと言うのに」


「普通、上から降ってくるもんに注意が行くわけ無いだろ!」

 

 

 俺じゃなかったら死んでたわ!

 あと『スマートフォン』なっ!


 

 はぁ、はぁ、と肩で息をする。なんか、数年ぶりに怒鳴った気がする。今日は何だか疲れる日である。雨は上がるし、今日はついてない、まぁ、そんな日もあるのだろう。


 はぁ、と今日何度目かも分からないため息をついていると、スルスルスルー、という効果音が付きそうな降り方で、じーさんが電柱から降りてくる。


 

「なんじゃ、にぃちゃん、もしかしておなごの裸でも見惚れて、足を止めたんか?」


 

 じーさんがニヤニヤしながら聞いてくる、こんな道中でエロサイトなんか見るわけ無いだろ!


 

「普通に本読んでただけですよ」


「にぃちゃん、それは『すまーとふぉと』と言って、本じゃないぞ?」


 

 ……面倒くさいじーさんである。ここは話を変えてやろう。


 

「……電柱登って何やってたんすか?」


「んん? あぁ、そうじゃった!」


 

 ぱんっ、と手を叩いて思い出したように落とした木材を拾いに行くじーさん、よく見ると、その木材には大きな文字で……


 

「『青時雨あおしぐれ』?」


 

 と書かれていた。

 


「ふっふっ、そうじゃ! ここがワシの経営する喫茶、『青時雨』じゃ!」


 

 そう言って、じーさんが指差した方を見ると、隠れ喫茶のような感じの店があった。

 こんなとこに、喫茶なんてあったんだな……いや俺は毎回本読んでるから気づくわけないか……


 しかし、雰囲気は悪くない、それどころかたまに通いたくなるような本当に隠れ家的な店だった、まさに『青時雨』と言う名はぴったりだろう。ここら辺はあまり人気ひとけがないので、個人的にはこんな雰囲気の場所で本を読みたいと思ってしまった。


 

「……とてもいい雰囲気のお店ですね、今度寄っていってもいいですか?」


「おぉ! それは本当か!! いやぁ、助かるのう!」


 

 ん? 助かる? 何か問題でもあったのだろうか?


 

「え、なんかあったんですか?」


「いやー、最近客がなかなか来なくて、正直ヤバかったんじゃよ」


 

 あー……なるほど。つまり、俺が捕まったと言う訳か、まぁいいんだけども……一人捕まえたところで、そんな大げさに喜ぶことか?


 

「一人捕まえところでそんなに喜びます…?」


「なぁに、どうせ、にぃちゃんが友達とかつれてくるじゃろ?」


 

 ………じーさん、俺…友達いないよ。


 そんなことを言えずにいると、「よっしゃー! ワシもまだまだやっていけるぞぉ!」などと、じーさんが叫んでいる。とても元気のあるじーさんである、当分死にそうにはない。

 そんなことを考えていると、いきなり、がしっ、とじーさんに手を握られる。


 

「助かったぞ、にぃちゃん……! 名前を聞いてもいいかの!」


「えぇ……えと、十坂 天です…」


「ほう、ソラか! いい名じゃのう! 気に入った! ワシは『亀原かめはら のぼる』じゃ! よろしくな、ソラのにぃちゃん!」


 

 少し興奮気味の昇さんが、俺の背中をバンバンと叩きながら「ガハハ!」と豪快に笑う。正直痛い。ちょっと力強すぎませんか?


 

「というか、まさか、電柱に店の看板付けようとしてました?」


「うん? そうじゃよ? 客がこんし、アピールしようかと思っての。最近は雨ばっかりで、今日は久々に晴れよったから、大急ぎでやっとったんじゃ!」


 

 ……アピールしたら、この雰囲気の店の意味あるのか…? 隠れ家的な意味あるのか? というか電柱に勝手に看板つけちゃ駄目でしょ。このじーさん、ちょっと頭のネジおかしいぞ。


 

「雨が上がったとはいえ、まだ電柱が乾いてるわけじゃないんですから、危ないですよ」


「んなことはわかってらい! それでもはやく取り付けたかったんじゃ!」


 

 うん、まぁ、このじーさんなら止めることは出来なさそう。一度決めたら、出来るまでやりそうなタイプだ。



「はぁ…、気をつけてくださいよ……では、また来ます」


「おう! 絶対こいよ! 友達も呼んでこいよ!」


 

 だから、居ないんですってば。


 やっぱり、そう言うことが出来ず、俺は控えめに頭を下げて、再び帰路についた。

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