クズと歯車⑪




放課後となり、5人は再び川原田教諭に呼ばれた。 廊下を歩く表情を見るに、各々思うことがあったようだ。 川原田は軽埼を5人の間に入れることで、変化を狙った。 だがそれではまだ足りない。 

川原田の用意した秘策は、終わりではなかったのだ。 歩いている途中、延力が廊下を呑気に歩く軽崎を見つけた。


「おい軽崎」

「うん? 何?」


話しかけたのにはもちろん理由がある。 だがあまりにも悪気を感じさせない満面の笑みに、延力でなければ声をかけるのを躊躇ってしまうだろう。 5人から外れ、軽埼を連れて少し離れた。 

誰にも聞かれていないことを確認し、問いただす。


「何かおかしいと思ったら、お前だったのか」

「何のこと?」

「俺たち5人の過去の情報を、5人別々に告げ口をしたこと」

「あぁ! へへッ。 だって先生が、みんなの過去情報が載っているプリントを僕にくれたんだもん」

「先生が?」


先生というのは、当然川原田のことである。


「うん! あんな秘密を知ったら、そりゃあ誰かに言いたくなるもんでしょ!」

「俺は誰の情報も聞かされていないけどな? 何だよ、怖くて俺には近寄り難かったのか?」

「あー、まぁ、うん。 正直に言うと、そんなところ。 延力くんも、誰かの秘密を知りたい?」

「知りたくない。 興味もないから」

「面白いのに、残念だなぁ」

「人の秘密をバラすのって、そんなに楽しいのか?」

「もちろん! だってみんな、人の噂や秘密って好きでしょ? 聞きたい聞きたいって、僕の周りには知りたい人がたくさん集まるんだもん」


軽崎は口が軽いのが最大の問題だった。 小さい頃からの目立ちたがり屋で、人畜無害に見えるがその裏で被害にあった人間は多い。 延力はニヤリと笑った。


「まッ、確かに人の秘密って面白いよなー」

「でしょ!?」

「俺も、お前が親に捨てられて孤児院に入っていたっていうことを知って、驚いたし」

「・・・え、どうして、それ・・・」

「川原田に聞いたんだよ。 そしたら『まぁ軽崎には5人の情報を与えちまったし、一人くらい軽崎の過去情報を与えてもいいか』って呟いて、簡単に教えてくれたぜ」

「・・・」


延力が川原田に出会ったのは偶然、ではなくもちろん接触してきたのだ。 そして、軽埼についての情報を教えられた。


「軽崎、一人ぼっちで可哀想だなー。 そんなに酷い親だったんだ? 今は別の家族にもらわれて、養子になっているみたいだけど。 どうだ? 今の家族はいい人? 酷いことされてない?」

「ッ、うるさいうるさい! 僕の親を、悪く言うな!」

「僕の親って、どっちの親だよ」

「それはッ・・・」

「・・・ほら。 過去のことを蒸し返されて、いい気はしないだろ? ならもう、人の秘密をバラすなよ。 俺が今言ったお前の過去も、全て俺だけの心に留めておいてやるから。 

 それでも人の噂をどうしても言いたいって言うなら、いいことだけを言え。 自分もやられて嫌なことは、人にもすんな」

「・・・」


それに軽崎は何も言えなくなった。 延力は軽埼の肩を掴むと、向かっていた空き教室へ歩いていく。 軽埼が暗躍したことは薄々気付いていたようで、他の4人は軽埼を見ても特に何も言わなかった。 

二人が最後に教室へと入り、それを合図にしたかのように川原田がやってくる。


「おー、みんなすんなり集まったか。 で、どうだ? 改心はできたか?」

「「「・・・」」」


どうやら6人の心境の変化を知っているようだ。 その証拠に、その表情は明るい。 だが6人は、何もかも操られたようで気に食わないようであるが。


「昼休み以降で、心に変化は起きたのかって聞いているんだ」

「「「・・・」」」

「・・・お前ら、何か言えよ」

「「「・・・」」」

「ったく・・・」


6人は一切口を開くことはなかった。 あの口の軽い軽埼ですらだ。 そんな中、川原田は小さく呟いた。


「・・・まぁ反発してこないっていうことは、少しでも心が動かされる出来事でもあったっていうことだろうな」


6人は考え事をしているのか、顔を伏せている。 朝や昼休みの時とはえらい変わりようだ。 川原田は小さな鍵を取り出すと、みんなの間を歩き首輪を外していった。


「首輪を返した者から、今日はもう帰ってもいいぞ」


6人は素直に首輪を返しては、この教室から去っていく。 最後に、首輪を付けていなかった軽崎が出ていこうとした。


「軽崎、ご苦労だったな」


川原田がそう声をかけるも、軽崎は少し立ち止まるだけで振り向きもせず、そのまま帰宅していった。



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