クズと歯車⑩




悪沢と話し終えた歌災は、モヤモヤとした気持ちのまま友達がいない場所へと移動しようとする。 今は仲のいい誰かと、話したい気分ではなかった。

そのまま廊下へ行こうとすると、最後列の浅取の席にぶつかってしまった。 ぼんやりしていたようだ。 当たった衝撃で、浅取の机の中から絆創膏の箱が落ちてきた。 

拾って元の場所に戻そうとしたのだが――――


「ん・・・?」


箱に名前が書いてあることに気付いた。 てっきり浅取のものかと思っていたが、書かれている名前は違う。 それに気付くと同時に浅取が自分の席へと戻ってきた。


「そこで何をやってんの?」

「いや、別に・・・。 って、その腕の傷大丈夫? もしかして延力くんにやられた?」

「・・・」

「これをあげるよ」


そう言って持っている絆創膏の箱を渡した。 もちろん浅取の机から落ちてきたものであるため、それを見た浅取は嫌そうに顔を歪める。


「・・・それ、僕のなんだけど。 あげるって違わない?」

「いやいや、合っているでしょ。 確かにこれは浅取くんの机の中から出てきたものだけど、これは浅取くんのものではない」

「・・・それ、嘘?」

「いや、嘘じゃないって。 証拠があるでしょここに、ほら。 浅取くんとは違う名前が書いてある」


絆創膏の箱に書いてある名を指差した。 浅取は無表情で見たまま、何も言わなかった。


「ねぇ、どうして人のものを盗むの? 悩みがあるのなら言いなよ、俺が聞いてあげるから」

「それこそ嘘なのかな。 最終的に、僕を裏切りそう」

「だから違うって。 もしかして、俺と悪沢くんの話を聞いてた?」

「?」


浅取は歌災が嘘つきな人間だとは知らない。


「・・・いや、知らないならいいや。 とにかく俺は、嘘なんか言っていないよ。 今ここで嘘を言っても、何の得もないじゃないか」

「じゃあ、本心で言ってくれたの?」

「もちろん」

「・・・初めてだ。 僕のことを、心配してくれたの」

「聞いたよ。 浅取くんのお母さん、君に無関心なんだってね。 可哀想だ。 でも、捨てられていないだけいいんじゃない? ちゃんと温かいご飯、食べさせてくれているんだろう?」

「・・・うん」

「ほら。 完全には見捨てられていないんだよ。 俺は見ていたけど、浅取くんって勉強もできるし運動もできる子だろ? 悪いのは、その盗み癖だけ」

「・・・」

「お母さんに見てほしいから、今までたくさんの努力をしてきたの?」

「・・・そうだよ」

「じゃあお母さんに見つかって呆れられる前に、その癖を止めないとね。 じゃないと、今まで努力してきた分が無駄になってしまう」

「でも、こうでもしないとお母さんは僕を見てくれないから」


浅取は言いながらも考えていた。 注目されるためにやり始めた盗み。 だが確かにバレたら最初こそ注目されても、いずれは呆れられてしまうだろう。 

母親が自分に興味を抱かないこととは別に、盗みは悪いことなのだから。


「実際人のものを盗んで、お母さんは浅取くんに構ってくれた?」


その言葉に、ゆっくりと首を横に振った。


「なら悪いことは止めるべきだ。 浅取くんには十分魅力があるじゃないか。 それを親に見せつければいい」

「魅力、って?」

「成績表とかテスト、お母さんにちゃんと見せてる?」

「・・・ううん。 もう全然見せてない。 僕が頑張っているところを見せても、無駄だって分かったから」

「無駄だって分かっても、浅取くんは努力するのを止めていないじゃん」

「・・・」

「そんなに成績表を見てもらえないなら、お母さんの机にでも中身が見えるように置いておけばいい。 そしたら自然と視界に入るでしょ。 それを見たお母さんは、きっと浅取くんを誇らしく思うだろうね。 お母さんを心配させて自分を見てほしいから悪いことをしているんだろうけど、それは逆効果だから。 ただお母さんを悲しませるだけ」

「・・・どうして僕に、そこまで言ってくれるの?」


浅取は内心で驚いていた。 今まで自分に対して関心を持たれたことはない。 母親の気を引きたかったわけであるが、他の誰からも相手にされていなかった。 まるで空気のような存在。 

盗んでも疑われなかったのは、あまりに影が薄かったからなのかもしれない。


「浅取くんに嫉妬する。 羨ましいくらいに憎いから」

「え?」

「勉強も運動も何でもできてしまうような能力、俺にくれよ。 それが嫌なら、その能力を思う存分に発揮しろっていう話」

「そんな・・・」

「大丈夫。 お母さんに構ってもらえなくても、悪さを止めて普通に楽しく過ごせば、君は簡単にモテると思うよ」

「・・・」


その言葉に、浅取は何も言えなかった。



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