クズと歯車⑨
浅取も、とある生徒と話し終えた後自分の教室へと戻っていた。 チラリと延力の席を見ると、彼の机に一つのハサミが置いてあるのが目に入る。
「・・・何あれ、カッコ良い」
浅取は、小学校入学式の時に母から買ってもらった文房具しか自分の物は持っていなかった。 それは学校でどうしても必要だったため、母が仕方なく買ってくれたもの。
だが小学生の時に買ってもらったものは全て小学生向けのもので、高校生になれば年齢に合わせたカッコ良いものがほしくなる。
浅取はそっと延力の席に近付き、いつも通りこっそりとハサミを盗もうとした。 その瞬間――――
「あー、意味が分かんねぇ。 みんなにいい顔をして何が楽しいって言うんだ。 すげぇストレスが溜まりそうじゃねぇか」
華月と話し終えた延力が、タイミング悪く戻ってきてしまった。 当然延力は、自分の席に目を向ける。 そこに自分のハサミを握っている浅取がいたら、盗もうとしたのではないかと思うのが普通だろう。
「ッ、おい! お前、なに人のものを盗もうとしてんだ!」
延力は力任せにハサミを奪い取り、浅取を思い切り突き飛ばした。 かなりの力だったため浅取は尻もちをついてしまう。
だが延力が加害者となるといつも通りの光景であるため、関わらないようにしているのか注目をされたのは一瞬だけだった。 浅取はお尻を擦りながら、ゆっくりとその場に立ち上がる。
「・・・その暴力、親にも振るっているの?」
「はぁ? 何だよ急に」
「延力くんの親は、とてもいい人なんだろうね。 何をしても怒られない。 何でも与えてくれて、たくさん褒めてくれる」
「・・・まぁ、その通りだな。 でもそれがどうしたって言うんだ?」
「もし親にも手を出す癖があるなら、それは直した方がいいと思うよ」
「何だよ。 浅取ごときが、俺に指図する気か?」
実際延力は、親に手を出したことは一度もない。 自分をこういう風に育ててくれた親に感謝をしているため、恨んでいるわけでもない。
だから浅取が何を言っているのかよく分からなかったが、諭されるように言われるのは気分が悪かった。 しかも自分はハサミを取られかけた被害者でもあるのだ。 だが、浅取の雰囲気がどこかおかしい。
「大切なものを失うのは寂しいから」
「・・・」
「延力くんは親のおかげで自分に自信が持てて、ここまで強くなった。 それを教えてくれた人に手を出して痛め付けるなんて、そんなのはおかしいよ」
「・・・お前、何が言いたいんだよ」
「いつか愛想が尽きて、延力くんに興味がなくなって、何も与えられなくなるかもしれない」
「いやだから」
「もし今親に手を出していなかったとしても、人に手を出す癖が既に付いているのならいつ起きてもおかしくはないから」
「・・・」
延力は何も言えなくなった。 確かに親に見捨てられてしまえば、自分はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
「いや、だが、ちょっと待て。 今はそれとこれとは、関係な・・・」
延力はそう言って浅取に掴みかかろうとしたのだが、浅取はまるで空気のようにすり抜けてどこかへ行ってしまった。 ハサミは延力の机の上に置かれている。 何だかやるせない気持ちだった。
そして華月も延力と話し終えた後、続けて教室へと戻ってきていた。 相変わらず悪沢が、人の悪口を言いふらしているのが耳につく。
悪沢は歌災と話し終えた後、悪口仲間と一緒にいつものようにつるんでいた。 だがどことなく、彼の口にする悪口が午前中よりも抑え目だ。 華月は溜め息をつきながら悪沢のもとへと歩く。
「ねぇ。 もしかして、俺の悪口を言っていたのって悪沢?」
「は? いつのこと?」
「いつかは知らない。 延力が違うって言うなら、他には悪沢しかいないと思って」
「勝手な言いがかりはよせよ。 俺を全ての悪者にしないでくれ」
「俺と悪沢って、どこか似ているよね。 自分に自信が持てなくて、一人になるのを恐れているところとかさ」
「は・・・」
悪沢は不安そうな表情を初めて見せた。
「思うんだけどさぁ。 もうそれでよくない?」
「何だよ急に」
「悪沢は、人の悪口を言う仲間と一緒につるんでいる。 そして俺は、自分よりもランクの高い人にだけいい顔をしている。 そんなことをしても、意味がないんだって。
いつか本当の自分を、見失うだけなんだってさ」
「・・・それ、誰に言われたんだよ」
その質問に、華月は答えなかった。
「もう人と比べる必要なんかないんだよ。 人は人、自分は自分。 まずは今の自分を受け入れてみよう!」
「そんなもの、華月が一人でやれば?」
この言葉も華月はスルーし、自分の話を続けた。
「口下手の何が悪い? 自分の意思をちゃんと伝えようとしているだけ、俺より断然マシじゃん。 俺は自分の意思なんて、持ってねぇもん。 自分の思いを相手に伝えたい。 そう思うのはいいことだよ。 ちゃんと自分の存在を、出しているっていうことだから」
「・・・俺のことは、別にいいから」
悪沢の声に、力がなくなっていた。
「あーあ。 俺みたいな、意思を何も持たない人間は、人の記憶からすぐに消え去るんだろうなぁ。 印象が薄過ぎて、存在していたことすらも憶えてもらえない。
悪沢は、口下手でもゆっくり話せればそれで十分だよ。 わざわざ人を見下して悪口を言って、自分を悪者にしなくていい」
「・・・」
その言葉に、悪沢は何も言えなかった。
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