クズと歯車⑧
軽埼と華月が話し別れた後、教室へと戻る華月の形相は怒りに満ちていた。 延力の姿を発見するなり、彼の腕を強引に引っ張る。 若干体重は負けていたが、今は怯えている場合ではない。
「おい、何すんだよ!」
「いいからこっちへ来て!」
延力の傍にいた男子生徒からは『うわー、華月すげぇ・・・』という声が聞こえてきた。 確かに延力に命令をするなど、普通は有り得なかったからだ。
「どこまで行く気だ!」
「人がいないところだよ!」
教室を出て廊下を通りやってきたのは、人通りの少ない階段。
「ったく、偉そうに俺の腕を引っ張りやがって。 何の用だ?」
「延力、俺のことを馬鹿にしたんだって? 自分の意見が言えない、八方美人だって!」
「はぁ? 何のことだよ。 俺はそんなこと、一言も言っていねぇだろ。 俺がいつ言ったって?」
「自分に自信があって、人を馬鹿にする奴なんて延力しかいない!」
「別にそんなの俺だけじゃねぇだろ・・・。 つかお前、八方美人だったのか。 そういや、さっき5人が集まった時もそんな感じだったっけ」
「今更しらばっくれても無駄だから!」
華月は延力に掴みかかりそうな程の勢いだ。 実際、このまま喧嘩になれば窮鼠猫を噛むこともなく延力が圧倒するだろうが、延力自身にそんな気がないため気迫に押されていた。
「お前さ、八方美人の何がいいって言うんだ?」
「はぁ? そんなの人の自由だし」
「俺は、俺が一番正しいと思っているからお前のことが理解できねぇ。 どうして自分の意見に自信が持てないんだよ? お前の意思はどこにある?」
延力には延力の考えがあり、それは八方美人とはまるで逆。 他人の上に自分がいると思っている延力は、人に気を遣うということがない。
「それはッ・・・」
「別に反対されても、自分がそれでいいと思っているならそれでいいだろ。 周りに合わせる必要なんかねぇ。 自分の中で、それが正解なんだから」
「・・・」
華月は何も言えなくなった。 延力に諭されるのは癪だったが、何が言いたいのかよく分かったからだ。 華月は八方美人であるが、それは生来の性格からのものではない。
つまるところ、人に不必要に気を遣っていることもあるということだ。 結局それで何もなく終わり、延力はスゴスゴと教室へ戻っていった。
残された華月は、延力の言葉を噛みしめるように思い返していた。
その頃悪沢は、ある生徒と話し終えた後自分の教室へ戻ってきていた。 大人しく自分の席へ着く。 見ると近くに、歌災を中心とした大きな人の輪ができていた。
相変わらず楽観的で楽しそうな学校生活だが、先程少々話を聞いた悪沢としては口を出さずにはいられなかった。
「歌災、よく嘘を堂々と言えるよな。 本当は何もできない、ろくでなしのくせに」
歌災を中心とした輪がざわつくと、それを慌てて否定した。
「ちょッ、お前何を言ってんだよ!」
歌災は輪を抜けると、悪沢の胸倉を軽く掴んだ。 至近距離で、小声で会話をしている状態である。 周りに聞かれないためだ。
「何を言っているのかって、本当のことを言っているだけじゃないか。 実際お前、何にも取り柄がないんだろ? 何をやっても不器用みたいだし」
「はッ、何を言っているのかサッパリだね。 その情報は全て嘘だ。 俺が口にしていることこそが、全て正しい」
「証拠があるというのにか?」
そう言って携帯を取り出した。 画面には歌災の成績表が映っている。 どれも見るも、無残な成績だ。
「ちょッ、それ・・・」
歌災は携帯を奪い取るとまじまじと見た。 本当に自分のものなのかどうか、確認をしている。 そして確認し、それが自分のであると理解したようだ。
どこからそれが漏れたのか分からないが、実際にその成績は存在しているもののため、例えば川原田教諭であるなら手に入れるのは簡単だろう。
「こんなに点数が低いのに、よく自分は満点だったとか嘘が言えるよな。 恥ずかしくないのか?」
「え、これ、一体どこから・・・」
「昔は頑張って努力していたけど、自分には才能がないとようやく分かり努力するのを諦めた」
「うるさい!」
歌災は被りを振って否定した。
「あぁ、ごめんごめん。 言い過ぎたな。 シンプルに、努力した結果が出なかったって言ってあげる」
歌災は悪そうな顔をし、携帯を悪沢に押し付ける。
「おい悪沢、いい加減にしろよ? この情報をみんなにバラしたら、タダじゃ済まないからな?」
「別に、今更お前の評価を落としたところで俺は何も変わらない。 お前なんて、そもそも俺と比べてもいなかったからな」
悪沢の嘲笑に歌災は怒り狂いそうだった。 だが本来、嘘をついてない自分では悪沢に敵わないことを知っている。
「悪沢も、そうやって人の悪口を言うのは」
「それにみんなが知っている歌災の情報が嘘だったと知っても、俺はお前に何も思わない」
それに、何故か思うことがあるような顔をしているのだ。
「お前さぁ」
「寧ろ歌災が羨ましい」
「・・・はぁ?」
「・・・だってお前、すげぇ口が上手いから。 わざわざ嘘をつかなくても、歌災には人を惹き付けるトーク力があるから、人気は出続けるんじゃないのか」
急に褒められ、振り上げた拳の下げ所を失った。 ムズ痒いが、やはり腹も立つ。
「・・・何だよ急に。 俺に反省しろってか?」
「ずっと嘘ばかりをついていると、いつか本当に信じてもらえなくなって一人ぼっちになるぞ」
「・・・」
その言葉に、歌災は何も返す言葉がなかった。
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