クズと歯車⑥
悪沢は誰彼問わず、すぐに人の悪口を言う。 それが最大の問題だった。 そして悪沢も延力と同様、ある意味では気の合う仲間を手に入れていた。
「なぁ、聞いた? アイツ、この間の小テスト満点だったらしいぞ」
「え、マジで? うわ、キモッ。 自分が不細工だからって、勉強で頑張ってモテようとしてんのかな?」
そう言って笑う悪沢の友達二人。 彼らも悪沢と同様、悪口を言うことに躊躇いがない。 悪沢がそれに乗り遅れたのは、付いている首輪をどうしようかと考えていたせいだった。
「・・・え? 何だって? 誰が満点?」
「アイツだよ、アイツ。 小太りで冴えない奴」
友達の一人が、クラスの端を指差しながら言った。
「アイツが満点!? うわぁ、マジで有り得ねぇ・・・」
―――50点満点中、俺は48点だった。
―――あんなにキモイ奴が、俺よりもいい点数だなんて許せない。
悪沢も延力と同様、ある意味では人よりも能力が高い。 だからすぐに人と比べたがり、誰よりも上でいたいと思っている。 悪沢は立ち上がると、クラスの端に座っている男子のもとへと歩いた。
「おいお前。 前回の小テスト、満点だったって? それ調子に乗ってんの? 不細工はどんなに頑張っても、永遠に下の下の存在だから。 頑張っても意味ねぇんだよ。 俺の点数を抜かすな」
「そーだそーだ! 悪沢の言う通りにしろッ。 いい点数を取っただけでイキるとか、マジでキモいから」
怯えた顔に、涙目で頷いたことを確認すると友達は笑う。
「俺も悪沢を見習わないとなー。 もっといい点数を取って、堂々と人を蹴落としてぇ」
「はぁ? お前も調子乗んなよ? 俺よりもいい点数を取ったら許さないからな」
「うわ、容赦ねぇなぁ。 じゃあいいや、今のままでもー」
悪沢は友達にも容赦のない態度で接する。 この二人が先生に呼ばれなかったのは延力の仲間と同様、ストッパーの役割も果たしているからだ。
おそらく彼らは延力や悪沢という上位互換がいるため、このようにしている。 一人になってしまえば、多くの羊に紛れ込むよう大人しくしているのだろう。
能力もそれ程高くなく、一人で何かをする程の力はない。
―――人気者、モテる奴は本当に鬱陶しい。
―――そんな奴は全員、この俺が蹴落としてやる。
悪沢は元々、悪口を言うタイプではなかった。 寧ろ人に気を遣い、空気を読もうと努力する一人の少年だった。 だが残念だったことに、その能力が著しくかけていた。
無自覚に失敗してしまうタイプだったのだ。
小学校高学年の時に、それは決定的なこととして起きる。
「悪沢くん、おっはよー!」
朝、教室へ向けて歩いているとクラスメイトの女子に挨拶された。 至って平凡な日常。 悪沢はそれに上手く返事をしたいのだが、どうも空回りしてしまうのだ。
「おはよう。 きょ、今日も可愛いね」
「え、本当!? 私のどこが可愛いの?」
「えぇ? え、えっと・・・。 ・・・そうだな、前髪、とか・・・?」
「前髪ぃ!? いやいや、有り得ない! どうして前髪限定なの!? もっと他に、褒めるところがあるでしょ!」
「え、他に、え、えっと・・・」
「もういい!」
女子は怒って去ってしまった。 怒ることもないと思うが、期待を裏切られた分落胆が酷かったのだろう。
上手くやれなかったことを悪沢は残念に思い、次こそは上手くやりたいと考える。 その時丁度、男子生徒に話しかけられた。
「お、悪沢じゃん! 見てくれよ、このカード! 昨日手に入れたんだー!」
そう言って見せてくれたのは、キラキラしたバトル用カードだった。 おそらく激レアなのだろう。 ただ悪沢は別にそのカードを集めておらず、それ程興味もない。
だが正直にそれを伝えるわけにもいかなかったため、とりあえず褒めようとした。
「凄い、カッコ良い」
「だろ!? なぁ、悪沢はこのカードのどこがカッコ良いと思う?」
「え? ・・・あ、えっとー・・・。 カードの大きさ、とか?」
「はぁ? 大きさ!?」
キラキラしているところ。 モンスターの容姿。 激レアそのものが格好良い。 そのようなことを言ってほしかったのだろうが、悪沢はそこまで頭が回らなかった。
もちろん、大きさを格好いいと思っているわけではない。
「う、うん、大きさ。 だって、持っている手に凄くピッタリじゃん」
「他にもカッコ良いところはあるだろうよー。 あぁ、もう、一気にテンション下がったわ」
そう言って男子は去っていく。 悪沢は人との会話が苦手で、人と仲よくなるのが下手だった。 それも全て口下手のせい。
“友達を作るには人を褒めたらいい”と聞いたことがあったため実践していたが、どれも失敗に終わっていた。 そして悪沢は一人になると、小声で不満を呟く。 その時のことだ。
「ったく、何なんだよ。 ほしい言葉があるなら言えよ、鬱陶しい。 あのカードが何だ? ただのカードだろ? 実際、カッコ良いところなんてどこにもねぇよ。 イキがるな」
その言葉をたまたまクラスメイトに聞かれてしまう。
「あれ、もしかして悪沢、あの岩田のことが嫌い? 俺もなんだよー。 いつも自慢話してきてさ、ウザくない?」
この時初めて思った。 自分は人を褒めるよりも貶している時の方がスラスラ言葉が言えている、と。 そして悪口を共に言う友達ができたことで、もう人を褒めなくなった。 これが現在の悪沢に繋がる。
さて、自分よりもテストの結果がよかったクラスメイトを脅し付け、満足して席へ戻った悪沢であるが、今度は教室を見回し自分の脅威になりそうな人間を観察していた。
―――目立つといったら歌災だけど、アイツは中身が馬鹿っぽいからなぁ。
―――正直相手にもしたくねぇ。
―――・・・他に目立つといったら、延力か。
―――アイツにも勝ちたいところだけど、流石に力では負ける気がする。
―――だからいいや、無視しておこう。
特に決まりがあるわけではないが、この5人は何故かほとんどお互いに干渉しようとしない。 今回、更生ということで集められたが、それ以前に5人が集まったことはなかったくらいだ。
おそらくは似た臭いを嗅ぎ取っていたのだろうか。
「よーし、俺、決めちゃうよ!」
クラスメイトの誰かの言葉に、周りの女子がキャーキャー言い出し注目した。 見ると一番モテる男子が笑顔を振りまいて、教室から出ていくところだった。
「うわー、相変わらず人気者」
「モテる奴って、クラスに一人はいるよな。 目障りだわ」
連れの台詞を聞いた悪沢が代表して、女子たちに言った。
「お前ら、アイツのどこが好きなの?」
「カッコ良くて優しい、それで十分じゃない!」
悪沢は人が褒められているのを見るのが嫌いだった。
「いやいや、ないない。 お前らはアイツのこと、勉強もできてスポーツもできる完璧な奴だと思っているだろ? そんなの嘘だから。 アイツは全てにおいてズルをしてんだよ。
自分の親が教育委員会の者だからって、先生を脅して成績を上げてもらってんだぜ? そんなことする奴のどこがいいんだか」
もちろん、そんな事実はない。 だがそんなことは関係ないのだ。
「滝くんがそんなことをするはずがないじゃない!」
「いや、本当だから。 痛い目見る前に距離を取った方がいい。 お前ら女子は人を見る目がないから、いつになっても彼氏ができないんだよ」
「ははッ、悪沢言うねぇ!」
―――・・・まぁ、本当の事情は知らないけどな。
―――でも嘘を言うのは仕方ないだろ、アイツが目障りで鬱陶しいんだから。
悪沢は自分の意志を絶対に曲げない。 その人の評価が下がるまで、とことん言う生徒だった。
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