クズと歯車②




華月は人によってコロコロと態度を変える。 それが最大の問題だ。 そしてこのクラスに自分が関わって得になる人間は、いないと思っていた。


―――つまらないクラスへ来たもんだ。


気付けば、おどおどした様子の男子生徒が目の前に立っていた。


「ね、ねぇ華月くん。 これ、国語のプリントなんだけど、先生がみんなに配っておいてって・・・」

「あー、はいはい。 それ、君が代わりにやっておいてくれる?」

「え、でも俺、国語係じゃないし・・・」

「そんなの知っているから。 君、俺よりも国語の成績が低いよね? もし国語の先生が来てプリントを配っている君の姿を見たら、見直して成績を上げてくれるかもよ? 

 譲ってあげた俺の優しさに感謝してよね」


華月は自分よりランクが低い人には冷たく接する。 親切にする価値がないからだ。 悪口罵倒は当たり前。 名前すら呼ぶ気もなかった。


―――いや、そう言えば一人得になる奴がいたな。


華月は立ち上がり、ツカツカと歩んでいく。


「ねー、委員長ー!」

「華月くん、どうしたの?」


両手を合わせ、頭を下げてお願いした。


「次の数学の課題、見せてくれない? 代わりに、俺の国語のプリントを見せてあげるから!」

「いいよ、見せても。 でも国語のプリントは見せてくれなくても大丈夫かな。 既に間に合っているから」

「流石委員長ッ! 頼りになるね。 でも俺だけ見せてもらうのも悪いから、今度何かを奢らせて!」

「はは、ありがとう」


だけど自分よりランクが上だと思う人には、全力で仲よくする。 利用できるものは利用すべき、というのが華月の信念であった。


―――とはいっても、委員長は中の下くらいの利用価値だけどね。

―――まぁ、それでも俺の周りにいることを許可してあげるよ。


華月がこんな風になったのには理由があった。 






これは中学校二年生の時の出来事だ。 いつも仲よし5人組の中にいた華月は、今日も友達と一緒に帰宅していた。


「そういや俺の兄ちゃんさ、昨日クラブへ行ったんだって!」


クラブというのは部活動ではなく、繁華街にある大人用のクラブ。 華月には、テレビでのイメージしかなかった。


「クラブ!? すっげぇー! そこって、踊ったりお酒を飲んだり、年がら年中パーティをしているようなところだろ!?」

「そうそう! クラブは思ったよりもめっちゃ楽しいらしくて、俺も来ないかって誘われたんだ。 一人だと心配なら、友達も連れてきていいって言われてさ! よかったらみんなも来ない?」

「「「行くー!」」」


自分以外が盛り上がるのを見て色々な葛藤が入り交じり、最終的に出した結論は否定だった。


「え、ちょっと待って、それは流石に危険じゃない・・・? タツくんのお兄さんって、まだ高校生だよね?」


クラブには年齢制限があるところもあるが、それはどうやら大丈夫のよう。 だが夜遅くになれば、流石にマズい。


「そうだけど、もう大人だから大丈夫だよ。 何かあったら、兄ちゃんが守ってくれるって言うし」

「いや、でも、そうは言っても・・・」

「あ、もしかして華月、この中で一番背が低いからってビビってんの? 心配すんなって! 俺たちも一緒に、守ってやるからさ!」


友達に肩を叩かれながらそのように言われたが、やはり華月は首を縦に振ることができなかった。


「・・・俺は、いいかな。 みんなも止めた方がいいと思う。 だって、もし警察に見つかって補導でもされたら」

「大丈夫だって言ってんのに。 分かったよ、華月は無理して来なくていい。 俺たちだけで行くから。 明日の結果報告、楽しみにしていろよ!」

「あぁ、ちょ・・・!」


4人は去っていき、華月だけが取り残された。 まるで仲間から取り残されるようで、寂しかったのを今でも憶えている。 その翌朝、早速とばかりに話しかけた。


「みんな! 昨日は大丈夫だった?」

「おう華月! 昨日はすっげぇ楽しかったんだぞ! 大丈夫だから、華月も来いよ!」

「警察にはバレなかったの?」

「バレそうだったけど、兄ちゃんが庇ってくれた。 兄ちゃん、ガタイがいいから強いんだ!」


華月は迷いながらも、行くとは言えなかった。 だが中学生ということを考えたら、それが賢明だろう。 何もなければいいが、何かあれば高校生以下の集団に責任を取る能力はない。


「・・・でも、やっぱり危ないから止めた方がいいんじゃ・・・」

「全く、華月は臆病者だな。 今日も俺たちは行く予定だから、気が乗ったら俺に声をかけて」


そう言って4人は去っていった。 それ以来、彼らは華月に積極的に声をかけなくなり、華月は最終的に一人ぼっちになってしまった。 何が正しくて、何が悪いのか。 

それ以上に、取り残されたという結果が華月に重くのしかかった。 もしもその4人が問題に巻き込まれたりでもしたら、考えが変わっていたのかもしれない。 

だが4人は日々を楽しく過ごし、華月だけがそのレールから外れた。 孤独はただただ嫌だった。






そんな苦い過去を思い出していると、教室の入り口から仲のいい先輩に呼ばれた。


「おー、華月ー!」

「あ、先輩!」


先輩には気に入られていて、自分から会いに行くだけでなくこのように会いに来てくれるということもある。


「昨日、新しいタバコをゲットしたんだよ。 よかったら昼休みに、裏庭へ来い。 お前にも一本吸わせてやる」

「え、本当ですか!? 嬉しいです! ありがとうございます、先輩!」


―――タバコ、かぁ・・・。

―――身体に悪そうだから正直嫌だけど、先輩と付き合うためだから仕方ないよなぁ・・・。


自分より上の人間に対する本音は封じ込め、その鬱憤は自分より下の人間にぶつける。 それが華月の選んだ道だ。 あの時、友人やその高校生の兄の意見に沿っていればと、いつも思う。 

だが華月はどちらかと言えば八方美人に近い。 自分と同等程度の相手には、笑顔で接するようにしているからだ。


「おー、3年がどうして2年の教室にいるんだ?」


廊下を通りながらの先生の言葉に、華月はすぐさまフォローした。


「あ、先生! 先輩は、昨日体調を悪くした俺のことを心配して、わざわざここまで足を運んできてくれたんですよ!? 後輩思いの、優しい先輩なんです!」

「あぁ、そうだったのか。 華月はいい先輩とたくさん繋がっていて偉いな」


先生はそれだけを言うと、去っていった。


「・・・華月、ありがとな」

「いえいえ! いつもお世話になっている先輩のためですもん」


華月は自分より上の人をおだてるのが得意だった。 そのおかげで、可愛がられていると感じている。

自分の選択は間違っていなかったのだと改めて実感し、川原田の言うことを聞くつもりはやはりさらさらなかった。



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