クズと歯車③




歌災は平気で嘘をつく。 それが最大の問題だ。


「歌災くーん!」

「あれ、マリちゃんじゃん。 俺の教室まで来るの珍しいね?」


教室にやってきたのは、別のクラスのマリという少女だ。 自分のことを着飾るように嘘をつく歌災は、周りからは超高スペックだと思われている。


「だって歌災くんに用があったんだもーん。 あのね、他校の友達に歌災くんのことを話したら、一度でいいから会ってみたいって言われてさ! よかったら、歌災くんを紹介させてくれないかなって」

「え、いいよ! こんな俺でよければ!」

「“こんな俺”だなんて言わないでー。 歌災くんは完璧なんだもん! たくさん自慢したくなっちゃうよ。 じゃあ、予定がない日があったら教えてね」


嘘をつき、身分を偽る。 それでも人におだてられれば、悪い気はしない。 寧ろ楽しくて仕方がなかった。


「おっけー。 予定が空いたら、真っ先にマリちゃんのところへ向かうから!」

「うん! よろしくー」


歌災はとにかく注目されたい。 自分の存在価値を、いつも誰かに認めてもらいたいと思っていた。 マリと別れると、今度は他のクラスの男子がやってくる。


「お、歌災。 丁度よかった。 今日バスケ部のエースが風邪を引いて休みでさー。 エースがいないと盛り上がらねぇから、歌災が助っ人として来てくんねぇ?」


成績優秀、スポーツ万能。 簡単にバレそうなものだが、歌災は巧みに嘘をつき周りに気付かれず日々を過ごしている。 もちろん、能力的にはその逆。 

バスケなんて人並み程度にしかできない。


―――文化部だったら助っ人として行ってもよかったけど、流石にバリバリスポーツのバスケはなぁ・・・。


「あー、悪い! 今日の放課後、既に予定があって」


できないものはできない。 化けの皮が剥がれそうなことからは、徹底的に距離を置く。 それが歌災の処世術だった。


「え、マジで? なら仕方ねぇかぁ」

「俺じゃなくてよければ、代わりに助っ人へ行ってくれる人を探しておくよ」


距離を置きつつ恩を売る。 これで次に代わりが必要になった時は、そちらへ頼むことだろう。


「助かる! サンキュ!」


―――放課後は予定なかったけど、強引に入れちまった。

―――後でマリちゃんのところへ行って、友達と会うの今日でいいか聞いてみないとな。


歌災は顔が広く、助っ人を探すのもさほど苦ではなかった。


「おーい、浜ちゃーん。 浜ちゃんって、バスケ得意だったよな? 今助っ人を探しているみたいなんだ、行ってやってくれない?」


―――友達が周りにいてくれるなら、いくらだって嘘をついてやるさ。


歌災にも、このように嘘で自分を固めるようになったのには理由がある。 






それは、小学校の低学年の時だった。 その頃の歌災は何事にも努力をしていた。 勉強を人一倍頑張り、運動も人一倍頑張る。 しかしその努力は報われず、結果に繋がらなかった。


「アンタ、またこんなに酷い点数を取ったの!? 一学期の成績も悪かったし! 全く、どうしてこのような子に育っちゃったのかしら・・・」


唯一頑張りを見てくれそうな親からもそう言われ、絶望した。 自分は努力をしても何もできないのだと痛感した。 だが次のテストの時に、歌災の心にある変化が起きたのだ。 

以前から好きだった女子に、話しかけられた時のことだった。


「ねぇ歌災くん! 見て! 国語のテスト、98点だったの!」

「へぇ、凄いじゃん!」

「歌災くんはどうだった?」

「え、僕? ・・・僕は、その・・・。 89点、だったよ」

「惜しい! もうすぐで90点だったね!」


本当は19点だったくせに、89点だと嘘をついてしまった。 自分が勉強のできないカッコ悪い人間だと思われたくないため、嘘をついたのだ。

それでも好きだった女子に褒められると悪い気分ではなかった。 それから歌災は自然と嘘をつくようになった。 運動ができないことを知られないように、わざとやる気がないと装うようにする。 

きちんとやればできるのだ、と。 更に、真面目にやらないのがカッコ良いと思っていたということもある。 それから次第に歌災は努力をしなくなった。 努力しても結果は出ない。 

それなら嘘をついた方が、余程手っ取り早いと思ってしまったのだ。






さて現在に戻り、歌災は少々ピンチを迎えていた。 数学の課題をやっていないことに気付いたのだ。


―――どうしよう、みんなには頭のいいように見られているから、今更課題を見せてって頼むと驚かれるよな・・・。


仕方なく、あまり関わったことのないクラスメイトのもとへ歩く。 話しすらしたことのない相手で、彼は机につき黙々と勉強をしていた。


「ねぇ君。 俺に、数学の課題を見せてくれない?」


更に気弱そうな相手。 歌災からしたら、ランクは下だが利用するには丁度いい。


「え、でも、歌災くんは頭がいいから必要ないんじゃ・・・」

「確かにね? 俺は見せてもらわなくても自分で解けるよ。 でも俺、最近ずっと引っ張りだこで課題をやる時間すらもないんだ。 だから回答をそのまま写したい。 ねぇ、見せてくれない?」

「でも・・・」

「君、陰でどんなことを言われているのか知ってる? がり勉オタクで友達になりたくない男子ナンバーワン」

「ッ・・・」

「可哀想に。 俺でよければ、君の友達になってあげるよ」


もちろん、友達になんてなる気はない。 だが近付いてくれば、話くらいはするだろう。 利用価値があるなら程々に相手する。


「本当・・・?」

「あぁ。 だから、友達として俺に課題を見せてくれるよね?」

「も、もちろん・・・!」


―――よーし、課題の答案をゲット。

―――まぁ、がり勉オタクで友達になりたくない男子ナンバーワンだなんて呼ばれているの、聞いたことがないけどね。


自分が得をするなら、人を騙しても構わない。 歌災はそう思っていた。


―――たまに嘘がバレるんじゃないかって、冷や冷やすることもあるけど・・・。

―――俺はよく口が回るから、嘘を弁解するのも得意なんだよね。



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