旅娘伝

そうん

プロローグ

――見渡す限りの草原に一人の金髪の少女と、白髪の男性がそこに佇んでいた。


――彼との出会い。少女はそこから始まったのだ。目覚めて間もない少女が初めて目にしたものは、彼の背中だった。


「おかえり、そしてようこそ。望まれた子として歓迎しよう。ここが、君の始まりの場所だ。」


 彼は少女の方を振り返り、優しく手を差し伸べる。少女は不思議そうにただ見つめていた。


「今日から君の名はキョウカ、鏡に映る華と書いて『鏡華』で如何かな?」


「……鏡華?」


 彼は何を言っているのか、初めは少女にそれが分からなかった。しかし、彼の言葉の意図を理解するのに、そう時間はかからなかった。


 彼が少女に『鏡華』と名付けた理由。それは少女の足元にある水溜りに浮かぶ一輪の黄色い花であった。


「些か安直だったか。では……」


「キョウカ、それが私。私は鏡華」


「気に入ってくれたかな」


――初めて感じた感情、それは喜びだった。何も持たない彼女にとって、名前を授かると言うこと、それは表現しきれない感動そのものだった。


「宜しく、鏡華。この世界をよく知るといい。君のいる世界がどんな世界か、君の目で確かめるんだ」


「確かめる?私が?」


「そう、君が。正確には『君達』になるだろうか。いや、そんな些細な事はどうでもいいか。世界に変革をもたらすのは、鏡華だ。」


 どういう意味で言っているのか当時の私には分からなかった。彼は私に優しい笑顔を見せ、その大きな手で頭を撫でた。


「その時になったら、私を――」



**************************************


――パシンッ。


 竹刀が物を叩く音が響いてくる。それも一度や二度ではなく、何度も。やがて暗い視界にうっすらと黒髪に赤と白のメッシュがかかったイカレた頭髪をした男の輪郭が映し出される。そこから親しみのある声が聞こえ、目を覚ます。


「――い!おい、起きろ!授業中に居眠りとは何事だ、鏡華!」


「――ッ!?は、はい!何用ですか教官殿」


 先程まで心地良い眠りについていたからか惚けた面で、教官と対面する。眼前にまで鬼気迫った教官を見るのはこれが初めてではない。故にこの後に取るべき最善の行動は一つ。


「きょ、教官殿~お花摘み……よろしい、でしょうか?」


「あぁ、ダメだ。」


――即答だった。ならばいつも通り。そう、いつも通りこなせばいい。


――逃げるか。


「す、すみませーん!!もう二度としないので勘弁し――」


「今日という今日は許さんぞッ!『金月 鏡華かなづき きょうか』!!」


 教官の怒号と共に竹刀を鏡華に向けて投擲する。鏡華は知ってましたとばかりに紙一重で躱し、そのまま寺子屋の障子戸を突き破り逃走する。教官はそれ以上追いかけるわけでもなく、肩の力を抜き深いため息をつく。


「まったく手のかかるガキだな。あの小娘は」


――ふう。ひとまずは乗り切った。


 教官が追って来ないことを背後を振り返ることで確認した鏡華は、安堵を覚え胸を撫でおろすが、鏡華の目の前に一回り大きい人影がそびえ立っている。肝を冷やした鏡華は思わず悲鳴を上げそうになるが、それを静止するように教官は彼女の肩をポンと叩き、耳元に小さく囁く。その時の形相はまさしく、鬼と呼べるものだった。


「――補習。」


「……はい」


 鏡華は抵抗することもなく、教官に寺子屋まで担ぎ込まれるのだった。

これが今の日常。なんの他愛もないありふれた日常。この平和な日常がいつまでも続くとその時勘違いしてしまった。この世界に『望まれて生まれる』とはどういうことなのか、当時幼かった私はそこまで深く考えはしなかった。


**************************************


――覚悟が、足りなかった。その結果がこれだ。


 今まさに崩れ落ちようとしてる城塞、辺りには無数の瓦礫が無造作に転がっており、天井から次々とその瓦礫が降り注ぐ。ここが崩れるのも時間の問題だろう。鏡華は熾烈な争いの果てに大きな傷を負ってしまった。心身共に既に満身創痍だ。左足の膝から下がぐちゃぐちゃにねじ曲がり、右目は闘いの中で潰されてしまった。一刻も早くこの場から離れ、治療しなくては死んでしまうかもしれない。


「――仇は取りましたよ。」


 今は亡き何者かに思いを馳せる鏡華。城塞の出口へと足を引きずりながらも一歩、また一歩と足を進める。その先で一人の友人と鉢合わせをする。


――宵華しょうか


「キョウ!!お前、まさか――」


「…………」


 鏡華が『宵華しょうか』と呼ぶ彼女は、数多の戦場を共にした戦友であり、ライバルであり、鏡華にとって唯一の良き理解者だった。名を『銀月 宵華ぎんつき しょうか』。黒装束を着た赤い髪にポニーテールが特徴の少女で、雷を扱うことを得意とする能力者だ。巷では彼女は執行人エクスキューショナーと恐れられている。そんな彼女が今、鏡華の前に立っている。それが意味することは。


「――金月 鏡華、お前を上官殺害の罪で……執行する」


「…………そこを退いて、宵華」


――静かな怒りが交差する。この世界はいつしか『悲劇』で満ち溢れたものになっていた。街は焼かれ、人々は惨く死に絶え、憎悪だけが募っていくこの世界『ソムニウム』は、もはや希望の星ではなくなっていた。






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旅娘伝 そうん @psounq

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