【暴走20.5】安らぎのお風呂を求めて《中盤》
あぁ、ご飯が美味しい。
「翡翠ちゃん、そんなにゆっくり食べても一緒にお風呂に入るのは変わらないわよ」
母さんが何か言っているかが無視だ。
ゆっくり味わって食べているだけ、どう現状から逃げるか考える為に時間を稼いでるわけじゃない、美味しいからこそ時間をかけて食べているのだ。……樹一を説得しよう。
お父さんとでも良いのだけど、基本的にお母さん第一だからなぁ。母さんがお父さんを上手く使ってオレを罠に嵌める未来しか見えない。
そういう訳で、お父さんへの信頼はゼロです。
ここでの救いは樹一だけだというのに、さっきから一緒に入るとは頑なに言わない。
ちなみに母さんから、樹一が一緒に入るなら「**は諦める」と言っていた。なにやら最初の方はゴネていて良く聞き取れなかったが、「今日は」とか言っていない事を願うのみだ。というか。そうであってほしい。
「大丈夫、怖くないよ?」
「女の子どうしで洗いっこは普通だよ」
葉月ちゃんと桜花ちゃんは何でまだ居るの? 今日会ったばかりだよね…… いや、正確には助けた時にも会ってはいるが、顔見知り程度でしょう。見られても良いのか? 俺が男だと知っていると、我が家に帰ってくる道中に小鳥ちゃんに聞いた。
というか、絶対にウソだよ。
女の子同士だろうと、お風呂にはゆっくり一人でのんびり入りたいに決まっている。
まぁ、あの双子ちゃん達は一緒に入っていそうだけれど。
唯一の見方は小鳥ちゃんだが、さすがに彼女に頼る訳にはいかない。小鳥ちゃんを横目で見ると「頑張って」的な感じの困ったような笑みでオレを見てくれる。
『ねぇ樹一~、久し振りに一緒に入ろうよ~』
袖口をクイクイ引っ張って、オレが書いた文字を見せる。
身長差からオレが見上げる感じで、口元を隠す感じで一生懸命に「助けて、お願い」という強い思いを込めて見ているというのに、樹一ってばチラッとオレを見たかと思えば、すぐに顔を逸らしてしまい、コホンと咳払いして。
「だから、無理だろう」
困ったように言うだけ。
この野郎、こんだけ必死に頼んでいるのに、なんでダメなの。
「そうやってムスッとしてもダメなモノはダ~メ」
『もう、なんでっ! 前は一緒に入ったりしてたのに』
「俺、おとこ。お前、女だろうがっ!」
『五月蠅いな、別に心まで女の子になるなんて言ってないもん』
口の中に空気を溜めて、顔をプイっと背ける。
「もんじゃねぇよ、もん、じゃ。可愛く拗ねるなよ、この馬鹿野郎」
樹一がオレの頭を鷲掴みにして、力任せに顔を無理やり戻されてしまう。
『やろうじゃないから、バカじゃありません』
舌先を小さくだしてベーっと馬鹿にしてやった。
「おいコラ、そんなこと言ってっとっ――」
オレが待ち望んだ言葉を言う前に口を閉じてしまった。
「お得意の手には乗らねぇっての。毎度毎度同じ手を使いやがって」
ノリと流れで言うと思ったけど、やっぱりダメか。
「さて翡翠ちゃん、もうご飯は良いわね」
いつの間にやら樹一とやり取りをしている間に、俺の食器が片付けられていた。
「食器洗いはお任せください」
双子ちゃんの付き人らしいが、メイド服を着た女性が絶妙なタイミングでお母さんの前に立って食器を自然に受け取って台所へと向かう。
お母さんに有無を言わさずにさっと自分の仕事をしだす。お母さんは完全にメイドさんのペースに呑まれていて「お願いします」と、言うのが精一杯のようだ。
ピロンと樹一の携帯電話にメールが届いた音が後ろで響く。携帯を取り出してメールを見たとたんに耳まで赤くなったかと思えば、急に青い顔で携帯電話の画面を凝視する。
『どうしたの?』
「な、なんでもないっ!」
オレの顔を見るや、携帯電話をオレから隠す様にして後ろ手に回されてしまう。
『別に人のメールを勝手に除きみはしないよ!?』
「あ、あぁ。ちょっとびっくりしただけだ。気にするなよ」
チラチラとオレの後ろにいる小鳥ちゃんを見ているようだった。
その視線を追って後ろの小鳥ちゃんを見るが、ただニコニコと笑ってオレを見るだけだ。
「どうしたの?」
『いや、なんか樹一が小鳥ちゃんをチラチラ見るから、何かなって』
「そうだね~、なんで私の方を見るんだろうね?」
また樹一の携帯電話がピロンと一回だけ鳴る。
「では、お風呂の準備は私がしますので、ゆっくり食後の余韻をお楽しみください」
「アタシも手伝う~」
「……私も、いく」
執事服を着た紳士が余計なお世話を…… だけど双子ちゃんズが離れたのは幸いだ。
なにやらまたメールを見て驚愕している樹一の腕に抱き着いて、二階の方へと少し強引に引っ張っていく。腕といっても身長差のせいで手を胸に抱いている感じになっているけど。
「あら、どこ行くの?」
『ちょっと今日のゲームの事で聞きたいことと、相談しに部屋に行くだけ』
「そう、あまり樹一ちゃんを困らせちゃダメよ~、あ、小鳥ちゃんはちょっと待ってね。良いモノがあるんだけどね、あーちゃん達の分も持って行ってあげて」
お母さんが言う、あーちゃんは秋堂夫妻の樹一のお母さんの呼びかただ。
「え、あ~。はい、なんですか?」
――とりあえず、これはラッキーだ。
オレが抱き着いてもしばらく反応が無かった樹一を引っ張って、二階へ向かう。
抱いた手を少し強引に胸元へと抱きしめると、ようやく青い顔で放心状態だった樹一の顔に赤く生気を取り戻していく。
「お、おいユキっ!」
少し、赤くなりすぎな気もするけれど、きっと気のせいだろう。
『もう、早く来てよね。今から作戦練らなきゃなんだから』
**樹一に届いたメールの内容**
一通目。
『兄ぃナイスだよ、お礼にこの写真を上げる❤ あぁ、でもあまり私の前でイチャつかないでね、過去の黒歴史を翡翠ちゃんにバラすよ~、あるいは…… クラスメイトとかにね』
写真は病院のベッドでぬいぐるみに抱き着いて寝ている写真……ただし、衣服はだらしなくみだらにはだけていて、胸元がギリギリ見えないで、ズボンも少しずり下がって下着が見えてしまっている。
二通目。
『あれれ~、ちょっと兄ぃ? そんなにクラスメイトに知られたいの? バレたらどうするの? 本当に教えちゃうよ兄ぃと同じクラスの、ある女子とか、生徒会会長さんとかにね。きっと喜ぶよ彼女達なら』
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