【暴走20.5】安らぎのお風呂を求めて《前半》




   ◇◆◇視点==【秋堂 樹一】◇◆◇




『じゅ、樹一っ! 助けて、匿って』


 妹が翡翠の後ろでちょっとだけ困ったような笑みで、俺を見ている。


「いや、誰から匿うんだよ」

『お母さんから』

「あぁ、千代さんか……」


 俺は優しく翡翠の両肩を掴んで言ってやる。


「無理だな」

『なんでっ!?』

「俺はあの人には勝てん……あらゆる意味で」

『そ、そんなこと言わずにっ! 少しぐらい頑張ってよ』

「いくらお前の頼みでもな、閻魔と神を融合した存在には勝てんのよ。大人しく諦めろ」


 主に俺の平和のために。


 過去に翡翠……基、幸十の口車に乗せられて千代さんと敵対した、あの時の記憶がいまでも鮮明に思い出せる。あ、思い出したら涙が自然に出てきた。


「というか、なんで千代さんに追われてんだよ」


 こういう感じの翡翠に聞いても正直には答えないだろうから、後ろにいる我が妹に聞く。


「えっと、お風呂に誰が一緒に入るかって話しになって」

「あ? んなもん入れば良いじゃねぇか」

『樹一は馬鹿なの?』


 そう書かれた文字を見て、反射的に翡翠のおでこにデコピンをしてしまった。


『痛いよっ!』

「あぁ、すまん。つい……で? 何があったんだ」

「その、翡翠ちゃんに女の子に慣れて貰おうって事で、皆で入ろうって話しになったの」


 ただ聞いているだけの俺からして見れば羨ましい状況なんだがな。

 そんな事を思いながらチラッと翡翠を見ると、俺を見下したようなジト目で見てくる。


『樹一、過去に女装させられた時のこと、覚えてる?』

「ん? あぁ、中学の際ん時のやつか? また思い出したくない過去を――――」


 悲惨だったな、あの後は多少グレて少しばかり翡翠を困らせたが、その後ぐらいから一生懸命に筋肉を付けようと頑張った。


 ――頑張ったが、翡翠の実験筋肉トレーニングと称した特別メニューのせいで、無駄に柔軟で綺麗な肉の付き方をしてしまった思い出だ。


 筋肉を付けるなら無駄な筋肉よりも、良い筋肉を付けようなだという誘いに乗った俺が馬鹿だったんだろう。バレエや新体操選手がやる様な筋力トレーニングのせいで今でもまだ女性と間違われる事が殆どだった。


『女装しても、言葉遣いが悪いからと、学際まで女子として過ごすという苦行を忘れたの?』

「……そうか、それはすまない」

『それでね、樹一にお願いがあるんだけど』

「匿う以外にか?」

『うん、樹一ならまぁ問題ないかなって』


 なんだろう、すごく嫌な予感がする。


「問題ないって…… 何が?」


『ほら、お風呂に入っちゃえば追われる事は無いわけだし、だから樹一と入っちゃおうかなって思っているんだけど。良いでしょう』


「は? あ~、はぁあぁっ!」

『え? なにをそんなに驚いてるの?』

「いやいや、俺は男、お前は、今は女だよ」


 翡翠のヤツは根本的な事を忘れているんじゃないだろうな。

 忘れているという事はなさそうだだけど、翡翠は可愛らしく首を傾げて俺を見るだけ。


『そんなの知ってるよ?』

「じゃあなぜ俺と風呂に入るという選択になる」

『別に樹一とは前に一緒に入ったことあるし』

「それは男の時の話しだろう」

『樹一と入っても、別になんとも思わないけど?』


 お前は思わないだけで、俺はそんな事にはならないだろう。

 少なくとも我が妹よりも胸がある幼女と入ると言ったら、周りから冷たい目で見られる。


 ――翡翠の胸と小鳥の胸を交換すれば見た目相応になるんじゃないだろうか。


 ピロンと俺の携帯にメールが届いたという音が鳴った。


 送り主は我が妹の小鳥、

《いま、翡翠ちゃんと私の胸くらべたよね? 地獄でも見たいの?》

 という、赤文字で書かれたメールだった。


「ひっ! ちがっ――」


 小鳥の顔は可愛らしい笑顔なのに、般若の面でも被っているように見える。


『どうしたの?』

「いや、何でもない」

『ね~、良いでしょ、樹一と一緒ならみんな安心するって』


 それはきっとお前だけだよ。

 ぎゅっと俺に抱き着いてくると、翡翠の柔らかい二つの膨らみが押し当てられる。


 ピロンッピロンと立て続けに携帯電話が鳴る。


 抱き着いてくる翡翠をとりあえず無視して…… 別に柔らかい感触をもっと楽しみたいとか、良い匂いがするからもっと堪能したいとか思った訳ではない。多分、きっと。


 携帯電話の画面を見るとメールが二件。


 一人は小鳥。


《お兄ぃ、さっさと離れないと地獄を見せるよ。殺すなんて生易しい事はしないから大丈夫だよ、お風呂に一緒に入るなんて言っても同じだから。心が壊れるまで虐めてあげるよ》


 もう般若のお面とかより、小鳥の後ろからさっき交じりの死神のオーラが見えてきた。


 そしてもう一通は、翡翠の母である千代さん。


《どうせ翡翠ちゃんが助け求めに行ってるだろうけど、下手に助けない事をお勧めするわ。奥様ネットワークってこういう時に有効よね~、私の一言で色んな人に樹一ちゃんの性癖が変な風に知れ渡った大変だものね。あぁ、そうそう、家で夕ご飯を一緒に食べましょう。逃げたらダメよ》


 なんでついでに誘うみたいに夕飯に誘うんですか千代さん。

 ピーンポーンという音が鳴り、小鳥がドアを開ける。


「こ~ら、翡翠。ダメじゃない勝手に。あ、貴方達も夕飯は家で食べない? ねぇ、樹一ちゃん」


 翡翠がプルプル首を振って「断れ」という意思を示してくるが、俺にもう選択肢はない。


「えぇっと、ご馳走になります」



『裏切者~!』



「樹一ちゃん、翡翠ちゃんを逃がしちゃダメよ。分かってるとは思うけど。うふふ」



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