【オンライン】09話:不安の始まり、一人じゃないこと
逃げ回っているだけで、何故かオレを追うモンスターが増えている。
――コイツらは卑怯だ。
こっちが意を決して攻撃しようとした時に限って凶暴な顔から、一瞬だけ普通の可愛らしいウサギの表情をするんだ。
きょとんって感じで、小首を傾げる仕草でオレを見上げてくるだよ。
そんでオレが怯んだらすぐさま凶暴な顔に戻りやがる。
――モンスターだろ、可愛く作らなくていいじゃん。
攻撃がし辛くてしょうがない。
「こうなったら、アレを使いましょう」
『アレ? アレってなに?』
「ほら、市場で無駄に買ったモノがあるでしょう」
『あぁ、アレかっ!』
急いでアイテムボックスを開いて、例のモノをすぐさま取り出す。
市場で大量に投げ売りされている、大きくなり過ぎた野菜シリーズだ。
エフケリアさんが言うには、大きくなること自体には問題が無いけれど、育ち過ぎで野菜本来の身と皮が固すぎで調理やら家畜の餌に向かないらしい。
使い道がない野菜だから、無人販売機で投げ売りされているという訳だ。
そんな訳で、オレとシュネーは物見ついでの面白さ重視で大量に買ってみた。
一ダース十円……じゃなくて【スィア】だったかな、このゲームの言い方だと。
自分と同じくらいの大きさはあるニンジンを取り出す。
ちょっと重くて簡単には振り回せないけど、大剣を持って戦うようなものだと思えばいい、こういう武器として使えなくもない。……多分。
大剣というよりは、鈍器系の武器だけど。
「アイツ、何のためにあんなの買ったんだと思ったら…………食べ物で遊ぶなよ」
そうティフォがボヤキながらも、
「まぁゲームだから良いか」と軽く流してくれた。
半目でオレをアホが居るという目で見ていた事は、気にしないでおく。
「良いわね~、そういう発想」
エフケリアさんは物凄く生暖かい目でオレを見てきたので、放置しよう。
「ねぇ、なんでよりによってニンジンなのさ?」
『え、だって持ちやすくて振り回せそうなのはコレしかないし』
「いや、そうだけど」
『それにヤツらはオレ達をコケにしてくれた借りを返さなくちゃ』
「なるほど、相手の好物で倒すというわけだね」
シュネーが納得してくれたようでなにより。
オレ達は互いに向き合って頷き、ウサギさん達がにじり寄ってくる方を見る。
スライム達は足が遅いのかまだ後ろの方に居る。ぽよんぽよんと一生懸命に追ってくる姿もまた可愛らしい所がある。
ウサギさん達は意外にも近くまで迫って、にじり寄ってくる体制だった。
態勢を低くして、短い尻尾が可愛らしく左右に揺れている。
オレは急いで巨大ニンジンを上段に構える。
「ふぁっ! んっ――っ!?」
「あっ! もう危ないな~」
その際にちょっとだけ足元がふらつき、シュネーに支えてもらって耐える。
『「今まで弄んでくれた恨み、思い知れ。ニンジンブレード」』
思い切り振りかぶって、巨大ニンジンでウサギを叩き潰そうとした。
しかし、ウサギ達は怯むことなくオレ達に飛び付いてきた。
オレの顔面に柔らかくフサフサな毛が、ポフンと体当たりをしてくる。
『なに、ちょっとなにぃ~!? ティフォっ! 助けてよ~』
いままでと同じ様に群がって来るのは同じだ。
けど、攻撃的に襲ってくる感じじゃない。
次々にオレの体を登ってくるウサギさんのせいで、視界は最悪。
こっちはパニックっているというのに、
なにやら聞こえてくるのは、ティフォとエフケリアさんの笑い声だった。
「くはは、ぷっくく……はぁはぁ、と、とりあえず、パーティー申請するから」
こっちに近づいて来てくれているのは、分かる。
けど、今も笑いを堪えているのだろう。
必死で笑いを堪えているのか、くくっという笑い声が漏れている。
いまのオレは両手が塞がっていて何もできず、ウサギ達にされるがままで顔を降っても全身で暴れてみてもウサギ達が引っ付いて離れない。
むしろ勢いよく登ってくるヤツが増している気がする。
辛うじて見えるのはキーボードのみ。片手で必死に文字を打つ。
『シュネー申請許可して~』
「えっ! え、え~っと、こ、コレ?」
「あぁん、そっちじゃなくって、その隣よ。そう、そこそこ」
ようやく顔に張り付いたウサギさんを退けてもらう。
『はぁ、もう、酷い目にあった』
なんですぐに助けてくれなかったんだと抗議しようとしたが、ちょっとした異変に気付いてしまった。
片手で持つには少しばかり重かったはずの巨大ニンジン。
それが今は、片手で持てているほどに軽くなっている。
まぁ、若干の重さはあるけど、最初に持った時とは明らかに重さが違う。
「あぁ~~!? ニンジンブレードが!?」
その事に気付いたタイミングはシュネーと同時だと思う。
『た、食べられている、だとっ!』
ムシャムシャと数匹のウサギによって齧られて、どんどん食べられていく。
「そりゃあまぁ、ニンジンだからな……ぷふっ、くくく」
口いっぱいに空気を溜めて頬を膨らましながら、ティフォの事を睨む。
そんなオレを見て、すぐに顔を背けるティフォだったが、笑いはすぐには収まらないようで、口に両手をあてて必死に笑いを堪えている。
エフケリアさんはもうすでにそっぽを向いていて、笑っている様には見えなかったけど肩が小刻みに小さく揺れているのを、オレは見逃さない。
「こら~、それ以上は食うな~、それはエサじゃないんだ~」
シュネーは頑張ってウサギ達を引き剥がそうとしているけど、ウサギ達もそれに負けずに張り付いてオレの手に持つニンジンに齧りついている。
『そうだ、あっち行け~』
オレも負けまいとニンジンを振り回したりするけれど、離れてくれそうにない。
『くそっ、こうなればもう一本でっ!』
「負けっぱなしでは終われない」
食べラテしまったニンジンはティフォの方へ放り投げ。
もう一本を取り出す。
「あ、バカお前…………」
『ん? なに……ひっ!?』
「め、目が血走ってない?」
「ウサギだしって…………遅かったか」
さっきのニンジンブレードにありつかなかったウサギさん達が一斉にオレの方を向いて、目をギラギラに輝かせながらゾンビが大量に押し寄せてくる映画で見た様な感じで、ゆっくりとにじり寄ってくる。
エフケリアさんは、オレのマイホーム近くで黄色いハンカチを手に振っている。
「スノーちゃん、ファイトよ~」
なんて言いながら。
『ちょ! なんでエフケリアさんは助けてくれないの!』
「あら~、最初から何でも人に頼っちゃダメよ~。何事も試練よ」
シャンシャンと無駄な星やハートのエフェクトを振りまきながら、キレッキレのダンスを踊るように、オレの事を応援してくれている。
『もう~、それはそうだけど~』
「正論だよ、何も言い返せないよ。こんなんじゃ助けなんて期待できなよスノー。来る、くるって。奴等がすぐそこに来てるって」
『だからってシュネー、オレを盾にするように逃げようとするの止めてっ!』
「だって怖いもん、ボクよりも体大きいんだから助けてよ」
『体のデカさは関係ないだろう⁉』
にじり寄ってくるウサギさん達から一定距離を保つように、ゆっくり後ずさる。
『ティフォ、こうなったら一緒に…………』
何とか距離を取りつつティフォの方を見ると、
「ねぇ、ティフォナさん、貴方は何やってるのさ?」
「あ~、いや、見ての通りとしか」
さっきオレがティフォの方に投げたニンジン。
それをティフォは拾って、均等にウサギさん達に分け与えていた。
ウサギさん達は行儀良く整列し、並んで待っている。
ティフォは女の子座りで地べたに腰を下ろして、丁寧に一口サイズを手渡しでウサギさんの口に差し出す様にして食べさせている。
オレと何が違うって、ウサギの奴らがキチンと並んで順番待ちをしていること。
それに、食べ終わったウサギどものティフォに寄り添うようにして、大人しく丸まっていたり、くっついて甘える様な仕草の奴らばかり。ちなみに、スライムも残りカスの葉っぱやら不ぞろいの身をティフォに貰っている。
「お前を襲うのを見て、もっと凶暴かと思ったけどさ、随分と大人しいな」
頭を撫でられたウサギは気持ちよさそうに目を閉じて、されるがままだった。
「こ、こんなのって――」
「あ? どうした?」
『「理不尽だ~~~~!?」』
オレとシュネーの叫び声と共に、命を懸けた鬼ごっこが始まった。
♦♢♦♢
大地にうつ伏せになって、オレとシュネーはボロボロの状態でいる。
体力は、残り――《1》だ。
オレを倒し、ニンジンブレードを奪っていった最後のヤツの中に一匹だけリーダーっぽいのがいて、オレを鼻で笑うよう一瞥したあと、ニンジンをほかのウサギ達と運び、ティフォの方へと持って行った。
そして夜だった空は、もう明るい日差しが差している。
どうやら低レベル帯の内は市に戻りは無いらしい。
エフケリアさんが説明してくれた。
「ちょうど良いわね、もう二時間もやっているし、ちょっと休みましょう」
「二時間? まだ一日しかたってませんよね?」
「あら? あぁ、塔の中、つまりピースガーデン内じゃあリアル時間での時間経過だから。間違えやすいけど、覚えておきなさい、それと、外なら大体何処にいても塔を見ればリアルタイムが分かるようになってるの」
オレはピクピクする体を動かしながら、文字を打つ。
『休憩って塔でしたんじゃ?』
「このゲームは三日目以降の連続プレイをするとペナルティーが発生するのよ、最初のはちょっとした怠さ、みたいな感じだけど四日以降は完全にバッドステータスなるわ。そうしたら一時間くらい時間を置いてプレイしないといけなくなるのよ」
「ま、まぁ、ボクら、こんなんだし……休憩、いいんじゃないかな」
「そうだな、三十分くらい休憩して、また集合ってことで」
『ティフォ、後で覚えておけよ』
「え? な、なんだよ」
休憩時間中、樹一のヤツが姦しい女の子三人、小鳥ちゃん達に弄られているのに便乗してオレは色々と樹一にゲームでの恨みをぶつけてやった。
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