【オフ】01話:不安の始まり、一人じゃないこと
★★ 【琥珀視点】 ★★
「やぁ、気分はどうだい?」
刑事の西願寺が、明るい声で訪ねてくる。
「ん~、好調ですかね」
五つのお手玉をポンポン回しながら、幸十と同じ姿をした女の子が適当に返す。
声を聴いた瞬間に西願寺は「ふむ、君か」と、陽気に笑った。
ニコッと微笑み、開いたのは右ではなく左瞼である。
「どうも。あぁ、そうだ僕の事は今後、琥珀って呼んでくださいね」
そして瞳の色は紅く綺麗な色をしていた。
「昨日、両親と話し合って決めたんですよ~」
優しい鈴音の様な声で、らんらんと歌うように答える。
西願寺は少し戸惑いがちに頭を軽く掻き、琥珀の話に耳をしばらく傾けていた。
「と、いう事は、君……いや、琥珀君? ちゃん? は決めたんだね」
「えぇ。ボクは、ですけどね。もう一人のボクも起きたし、世間的にも大変なのも分かるし、とりあえずはボクの方だけでも色々と決めていこうって事でね」
「そうか、悪いな」
「いえ。ちなみにボク自身も、ごしゅじ……んっ、もう一人のボクも、心は多分、男の子ですので「君」の方が、嬉しい? 嬉しいかな~っと、思いますよ~」
西願寺と話してはいるが、さっきから目を合わせる事はなく、ずっとお手玉で華麗に遊びながら話を続けている。
「そ、そうか。では――」
「あくまで『ボクは』ですよ~。この体は、ごっ…… 幸十のモノですからかね」
「分かっている、だが君を蔑ろにはしたくない」
「うれしい事を言ってくれますね」
「君も、幸十君にも我々は恩がある。最大限の礼儀をもって接するのは当たり前だよ」
「えへへぇ、照れますな~」
「後は幸十君に――」
今まで軽やかに遊んでいた手がピタッと、停止した。
「ん~? それは、ダメですよ。詳しい事を思い出さないようにボクが色々とノートに書いて貴方達、警察に渡したんですから、今の幸十はまだ意識を取り戻したばかり、色々不安定な精神状態なのですよ、ボク達の事を唯一知っている貴方からその言葉は聞きたくはなかったですね。……ちょっと、怒りますよ」
顔も声も明るく笑っている。
西願寺をジッと見つめる瞳は暗く色が無いように見えた。
「了解。すまないな。悪い癖というか職業病というか、いや言い訳は良くないか」
西願寺は立ち上がると、きっちりと頭を下げ、もう一度「申し訳ない」と謝る。
看護師さんはというと。
「あらあら、琥珀ちゃんは幸ちゃんラブねぇ~」
なんて、揶揄う様に笑っているだけだった。
「分かってくれたのなら、もういいです」
プイっと頬を少しだけ膨らませて、またお手玉を開始する。
「琥珀~誰か来ているの? あら? 刑事さん。こんにちは」
場を和ませるようなまったり声が、病室の空気を一瞬で変えた。
「い、色々と状況報告をしにきました。本命はこっちのプレゼントなんですがね」
何やら家電製品でも入って居そうな、大きい紙袋を軽く指先手で叩く。
「あらあら、それはありがとうございます」
琥珀は小首を傾げすぐにお手玉を開始する。
興味なさそうなフリをしてチラチラと紙袋を見ていた事は、此処に居る室内の全員が気付いていた。
「ちょっと人からの贈り物だ、君達の事を考えて作られた特別製だぞ」
西願寺は自分の手柄だと言わんばかりに、無駄に胸を張って答える。
「ふ~ん、そうですか」
「あぁ、医者の許可が取れればすぐにでも、出来る環境を整えてくれるそうだ」
「あの、中を見ても良いでしょうか」
「はい、どうぞどうぞ。琥珀君は先生の許可が下りて出来る様になってからな」
母親と一緒に覗こうとした琥珀を静止した。
態々、琥珀に隠す様にして袋を開く。
「あの、これって……ゲーム? ですか」
琥珀に聞こえない様に、声を極力控えめにして喋る。
「最近発売され、話題になっているゲームです」
「でも、お高いんじゃあないですか?」
「知り合いというか。開発者の娘さん達を助けてくれた、そのお礼として受け取ってほしいとの事でして。琥珀君達の隠蔽やら援助に協力してくれいる、信頼できる人なので」
断るに断り切れなかった、と。最後の方に少し愚痴っていた。
「そう言う事なら。ありがとうございます、その人にもお伝えください」
小さく頭を下げている後ろで、ぶすっとした表情で琥珀がジト目を向けている。
「では、ナナ先生に渡すものが沢山あるので、自分はここで失礼します」
琥珀はツンとした態度で、興味がなさそうに看護師さんとお手玉で遊んでいる。
早く行っちゃえ、と目で訴える様に見送った。
西願寺が病室を出て行った後で、思い出した様に声を上げた。
ベッドのすぐ横に置かれた紙袋を、徐に漁り始める。
「あ、そうだお母さん。えっと~、あった。コレを渡しとくね」
琥珀ちゃんノート。
と、可愛らしい星の落書きがちりばめられたモノを母親に渡す。
不思議そうな顔で首を傾げ、千代が琥珀を見つめる。
「それ【翡翠】に渡してね。ボクが生まれてから、彼が意識を取り戻すまでの事を、ボクなりに色々と纏めて書いたモノなんだ」
「えっと、【翡翠】に?」
千代が不安そうに琥珀を見る。
「そっ、翡翠に。翡翠じゃないなら…………ソレは燃やしちゃって」
「いいの?」
「うん、ボクの覚悟は出来ているし。それに多分だけど、大丈夫だと思うしね」
琥珀に確信は無いが、絶対に大丈夫だとでもいう様に笑顔で言う。
「ま、勘だけど」
―――――――――――◆◆【幸十視点】◆◆――――――――――――
日が昇り始める時間、窓を少し開けて肌寒くも澄んだ空気を吸い込み。
ゆっくりと吐く。
オレが目を覚めてから数日、やっぱり変というか、不思議な事が多々ある。
夢であって現実のようで、意識があるのに無い様な。
自分の意思じゃない、勝手に動く乗り物に乗っている感覚だろうか。
う~ん、自分の考えを纏めているのに、訳が分からなくなってきた。
簡単に例えるなら、車の助手席に載っている様なものだと思う。
コンコンと優しいノックの音が鳴る。
「幸十君、良いかしら?」
返事を返さなくても、なな先生なら勝手に入ってくるだろうが、とりあえずベッド近くの机に置いてある鈴を返事の代わりに鳴らす。
「あら、起きてたの? 眠れなかった?」
聞かれたことに、軽く首を横に振って否定する。
《さっき起きたばっかりです》
スケッチブックを顔前に出して、書いた言葉を見せる。
「そう? でもちょっと不安?」
しばらく俯き、時間が少し経って。
《はい》と書いたページを、ためらいがち見せる。
今日は母さん達から「大事な話がある」っと、言われている。
事件の事について、
自分の体の事について。
そして今後どうするのか。
キュッとイカの抱き枕を抱いてコロンとベッドに寝転がる。
なな先生は何も言わず、時間が来るまでオレの頭を撫でていた。
西願寺さんが最後に病室に来ると、そのまま手際良く色々と説明をしてくれた。
大規模な誘拐事件。組織は壊滅したってこと、唯一オレを捕まえて行った人体実験。組織内では、この事件を機に内部分裂していてオレを助けようとしてくれた人達が居たらしいこと。だが、組織のアジトは大爆発して犯人達は全滅。
そんな中で、唯一、オレだけが助かったらしい。
組織を裏切った人達が、命懸けでオレのことを助けてくれたんだそうだ。
オレの体は色々と人体実験で弄られていたらしく、病院についても手の施しようが無く、女の子の体になってしまったらしい。
血液検査では、母さんと父さんの子である事は確かなのに、幸十とは全くの別人だという結果が出たというのは、結構なショックだ。
脳も色々と弄られたらしく。
チップの様な機械がオレの脳と一体化している状態だ。
そして――。
その影響か、オレの精神的問題か、その両方かもしれない。
もう一人の人格、オレとは違う自分がいるらしい。
最初は半信半疑だったけれど、思い当たる事が多々ある。
「さて、ここまで色々と話したけど。大丈夫かな」
西願寺さんが少し心配そうに尋ねてくれる。
《はい、なんとか》
「全てを理解しなくていいの、適度に適当に大まかに把握が出来ていれば良いの」
小さく頷くものの、ちょっと頭の整理は追いつかない。
「ちょっと休憩をする前に、幸十君。君には考えてもらわないとならん事がある」
厚めのクリアファイルをカバンから取り出して、スッとオレの前に差し出した。
「いまや君は世界的に有名だ。良くも……悪くも、な」
室内全良、それを見てみれば分かるというような顔でオレを見る。
ファイルを恐る恐る開くと、中には新聞の切り抜きや雑誌の一ページ。
インターネットのニュース記事をコピーしたモノが大量にあった。
その話題の中心に置かれているのがオレらしい事も、すぐに理解できた。
――うわぁ~、なんだ、これ。
自分の事であるのに他人事の様な気持ちで、
きっちり纏められているページを流し読む。
基本的には良い事を書かれている様だ。
中には無謀や無茶といった非難の声もある。
「いま君の事は我々や色んな人の協力によって世間から隠している」
一瞬、なんでなんだろうと、小首を傾げたら。
透かさずに、
「幸ちゃん、自分の体のことを忘れたの?」
母さんが呆れながらも指摘してくれた。
《あ、はい》
「こほん、そんな訳でだ。君には幾つかの選択肢がある訳だが――」
幸十をして奇異の目に晒されながら生きていくか、
名前やら戸籍やらを変えて、別人として生きていくか。
ずっと隠れ住む様に生きるか。
そう言って挙げられていく、選択肢と呼べない話。
結局、どうやってこんな子供の女の子に変えられたのかは、もう分からない。
男だった時の幸十として過ごしていく事は、
今のところ叶わない訳だ。
あまり考えない様に、
意識しないようにしていたけど。
――結構、精神的にくるな。
男としての野望が、女の子とのイチャコラ生活が無くなるのか。
カッコ良くて強い男を目指していたのに、筋肉とか身長とか……。
全然無かったけど。
――あ、過去のオレの姿を思い出したら、嫌な汗が目から流れてきた。
「それで、どうするの?」
え? っと、小首を傾げて母さんの方を見る。
いつの間にか休憩時間に突入していたらしい。
「もう一人の貴方のこと、私達は琥珀ちゃんって呼んでいるわ」
「貴方の頭の中に複数あるチップの様な機械を取り除けば、もしかしたらその子は居なくなるかもしれないわ。ただ、貴方自身にも障害は残ると思うけど」
なな先生がオレの脳のレントゲン写真を見せて、事細かに説明してくれる。
脳にちりばめられた小さなチップの様なモノは、オレの脳とぴったりと結びつき一体化している様子が良く分かってしまう。
こっちの問題も、結局は選択肢なんてあってない様なものだ。
もう無理だと理解出来てしまうと、悩んでいるのがバカらしく思える。
そういう考えに至ると、ふっと別の事が気になり始めた。
《ねぇ、もう一人のオレってさ、どんな子?》
一瞬だが、皆がビックリした表情でオレを見てきた。
でも、すぐに笑顔に変わる。
「う~ん、そうね。幸ちゃんに似ているけど、真逆かしらね」
「深く考えるよりは、猪突猛進というか直観で物事を考えるタイプね」
「アイツはじゃじゃ馬だな」
三者三様というわけでなく、ほぼ全員一致の回答が返ってきた。
最後に口を揃えて言った言葉も同じで、
「でも、良い子よ」
「気の良い奴ではあるがな」
「良い子なのは確かだから、安心しなさい」
正直、皆が言うような、琥珀って子の自分の姿が全く思い浮かばない。
琥珀がどんな子なのか、自分自身であるために会えないのは悔しいけど、性格のひねくれた変な奴じゃなくって良かったと思う。
きっと、琥珀という子と、上手くやっていけると思う。
もう一人は、もう前に進んでいる。
負けてはいられない。
《決めたよオレ――》
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