ズィミウルギア

風月七泉

開幕

【オフ】00話:不安の始まり、一人じゃないこと




 体が…… 手の先からつま先まで、熱湯の中にでもいるかのように熱い。


 朦朧とする意識の中で、お腹の底から込み上げてくるモノを、口や鼻から勢いよく吐く。血の混じった様なオレンジ色の液体が、口の中から大量に出てきた。


「……っ! ……っ……?」


 ――なんだこれ? そう声に出して呟こうとしたが、声が上手く出ない。


 まだ視界がぼやけてしまっていて、状況が全く飲み込めない。


 ガンガンッ――と、耳障りで大きな音が辺りに響いていた。

 何かが壊れる様な音と主に風が体を撫でる感じがする。

 それが熱いのか冷たいのか、良く分からない。


 人影が見え、数人が慌てた様子で自分の元へ寄り。

 力の入らない体を抱き起してくれる。


「――ろ!? ……―――!」

「……っ! ――――!?」


 何かを叫んでいる声が聞こえるけど、頭に入ってこない。

 御姫様抱っこで抱きかかえられた。

 何処かに運ばれているのが辛うじて理解できる。


 ――助かった、のかな? あれ? 助かったってなんだ?

   そういや、なんか事件に巻き込まれたんだっけか?

   空を見るのも、外の空気も久し振りな気が……する……な。


 強く揺すられる感覚があるが、もう、意識を保って居られない。



   ☆☆★☆★☆☆



「クソッ!? 無茶な逃げ方をしやがって!!」


「ダメです、組織の奴等全員が爆発に巻き込まれて……。辛うじて大型トラックで逃げ出していた科学者達も谷から落ちた衝撃でひどいありさまですよ」


「攫われた子はどうした!?」

「いま全力で救出にあたっています」

「時間ないぞっ! ガソリンに引火する前になんとかしろ!」

「よしっ! 開いた。うわっ、なんだ、この匂い!?」

「マスクをしろ、マスク! いたっ! あの子じゃないか? 急げっ!」


「おい、しっかりしろ!? ……体に損傷はない!」

「呼吸は……あるな! 生きてるっ!」

「人体実験のカプセルか! いや、だからこの子は落ちた衝撃に耐えられた……か」

「おい! 早く、そろそろヤバいぞ!」

「離れろ! 救急と消防に連絡。手の空いてる奴は火を広げないよう心掛けろ!」


 全員が安全圏に離れた所でトラックが爆発した。


「間一髪ってとこだな」

「君のおかげで色々な人が助かったんだ、皆が君の事を……大丈夫か!?」


「ばか、そんな揺らすなっ!」

「わ、わるい」


「横に寝かせて安静にして、それから誰かタオルか何か体を拭くモノ持ってこい」


「く、苦しそうだぞ、大丈夫なのか?」

「……分からない」

「分からないって――くそっ! 俺達がもっと早くに見つけてやれていれば」


 掴み掛かりそうになった手を止め、強く拳を握りしめて地面に叩きつける。


「この一か月間、この小さい体で一人、耐えて来たんだ。大丈夫だって信じるしかないだろう。もう、組織は全滅、科学者達も爆発に巻き込まれたり、事故に――」


「最悪の事態だけは回避したが、ひと段落……だな」

「唯一の心残りは、この子にいったいどんな実験をしてやがったかって事だな」


 白く清潔なタオルで腕や脚を拭いていると、遠くからヘリの音が近づいてくる。




――――――――――――――    ★☆★   ―――――――――――――




 よく分からないが立派な個室、オレなんかに使って良いのかって思う程の設備。

 体を動かすのも億劫だが、ベッドから起き上がって自由に動ける。


 気分も体の調子も軽い。

 自分の意識もはっきりとしている。


 なんか監視されているんじゃないかって程、手厚い看護を受けていた朧気な記憶が微かに残っているのだが、どうもしっくりこない。


 そう、そんな軽い気持ちでベッドから足を延ばして降りようとした。


「…………っ!? ――っ!! っん? ぅっ!?」


 声が出ない! いや、それ以前にあれ? オレの足が子供の様なんですけど!?

 ベッドから降りようと伸ばした足が床に着かない、手も自分の手じゃない。

 慌てすぎてベッドの端に居た事を忘れ、床に転げ落ちた。

 すぐに立てると思っていたのに、足は思うように力が入ってくれない。

 ベッドの台座を這うようにしてやっと体を起こせた。

 視界に映る自分の手を見ても子供の様に小さく、手は白く綺麗だ。

 何度もグーとパーを繰り返し。

 力を入れたり抜いたりして自身の手だと実感する。


「ちょっと! 大丈夫!?」


 ――あぁ、母さんか。

 と言おうとしたが、口がパクパク動くだけで言葉が上手く出ない。


 色々とパニックになっていて気付かなかったが、多分、ベッドから転げ落ちた時に大きな物音を立てていたんだろう。

 目の前にいる母さんと看護師さん、それにオレの親友というか悪友とでも言った方が良いかもしれない友までいた。


 その誰もが、物凄く心配そうな顔でオレの事を覗き込んでいる様子だ。


「大きな物音がしたから、ベッドから落ちたの? 強く打ち付けた所は?」


 自分より取り乱す様子と見て、逆に落ち着くきっかけになった。

 大丈夫と伝えたいが、手段がない。


 とりあえず書くモノでもあればと思い辺りをキョロキョロ見渡してしると、看護師さんが何かに気付いた様子で、ナース服のポケットからメモ用紙と胸ポケットにあったボールペンを差し出してくれた。


「えっ、右目……」


 ――右目がどうかしたのだろうか?

   小首を傾げながらもオレは出されたモノを貰う。


《大丈夫、落ち着いて》


 母さんが涙目で抱き着いて、

「そう、よかった」

 と、何度か呟く様に言う。


 オレは母さんの背中に手を伸ばしてポンポンと撫でる様に叩く。


 やっと落ち着いたのか、オレを立たせてくれたのだが、足に力が上手く入らないので、すぐによろけて母さんに強く抱き着かないと立っていられない。


 急いでオレを抱きかかえて、ベッドへと座らせてくれる。


「流石に寝たきりでしたから、少しリハビリすればすぐに歩ける様になるからね」

 そう、看護師さんが頭を撫でながら言ってくれる。

「私は医院長を呼びに行ってきますので」

 綺麗なお辞儀して、病室を出て行った。


 ――なんだろう、良く分からない違和感がある。


「あぁ、もうこんなにくしゃくしゃに髪とか乱れちゃって」


 何やら大きめの手提げバッグから色々と取り出した。

 すぐにオレの長くなった髪を梳かし始める。

 あ、髪の色がピンク色だよ、なぜだ。


「あ~、その。ゆき? ひ、久し振り……だな」

 目が泳ぎ、しどろもどろになりながらも樹一(じゅいち)が声を掛けてくれる。

《ん、久し振り? だね》


 美形で少し可愛い顔立ちをしているが、身長は高くスラッとした体形ながら柔らかそうな筋肉がしっかりと付いている、モデル体型の美青年だ。


 樹一は髪を掻きながら、つぎの言葉が出てこない様子だった。


「……違うだろう」


 そう樹一自身が薄っすらと映る窓に向かって言葉を吐き捨てるようにいうと、勢い良く片膝をついて、ベッドに座るオレよりも低く首を垂れる。


 何事かと驚いているオレに、樹一はゆっくりと口を開いた。


「ごめん。俺は、あんときに、お前を助けてやれなくて」


 少しの沈黙が続いた。膝元に小さく涙で濡れた跡が微かに見えた。

 オレは樹一の頭をポンポンと撫でる様に軽く叩く。

 メモ用紙を手にしてペンを走らせる。


《ダメだよ、あの時はオレ達が勝手に皆を助けようって動いたんだから。その時に助け出した皆を先導して守るのが樹一の役目、失敗したのは、オレでしょ?》


「いや、だが」

《気に病まない。オレはこうしてここに無事で居るんだからいいんじゃない?》

「無事って……お前な」


 オレの事を驚いたような顔でしばらく見つめていた樹一は、静かに目を閉じた。

 体を震わせるようにして、小さな声で、

「無事じゃあないだろうが――」と、聞こえてきた。

 最後の方は良く聞き取れなかった。


 ブルッと体が震えて、ちょっとした体の信号を伝えてくれる。


《か、母さん、トイレ》

「え、あ~、はいはい」


 子供の様な体だからか、オレを抱きかかえてトイレに連れてってくれる。

 個室に入り、便座に優しく座らせてくれる。

 までは、良かったが出ていく様子はない。


《え、なんで母さんまで》

「だって、一人で出来ないでしょ? 立つこともままならないじゃない」


 パジャマのズボンをおろし……て?

 おや? なんの引っかかりもなくするりと。

 あれれ~? あるものが無いような?

 無くて良いところが少しふっくらしているぞ。

 そして、母さんから衝撃的な事実を告げられる。


「女の子のトイレのしかた、覚えなくちゃね」


 ペタンと便座に座らされて、半放心状態のオレは、自分の体と母さんの顔を何度も何度も往復しては、瞬きや目を擦ったり、頬を抓ってみる。


《う、うそだ~~!!》


 母さんが複雑そうな顔をしながら、

「受け入れなさい、今のアナタは、女の子よ」

 最後に、少し複雑そうにニコッと微笑んで残酷な引導の言葉を投げつけられた。



――  ◇◆  ――



《もう、お婿に行けない》

「ユーちゃんの場合、初めから【お嫁さん】よりだったから大丈夫よ」


「家事全般に手芸に裁縫から、じっちゃん達の畑仕事から山の山菜取りまで、自給自足も出来る知識を兼ね備えていたからな。どこに出しても恥ずかしくないだろ」


《ねぇ、これって――》

 トイレから帰ってくるまでに、何度くらい尋ねただろう、

「ドッキリじゃないし、夢でもないからね」

 その度に母さんが優しく言い返してくれる。


 ほぼ無意識に目の前に綺麗に切り分けられた林檎を、口に運ぶ。


 いままでなら難なく二、三個は口に頬張っていた林檎、今はリスの様に両手を使ってもしゃもしゃと頬に溜める様にして食べている。


「……はぁ、何か若返った気がするわね」

 オレの頭を撫でて、意味不明な事を呟く母親を、ジト目で見る事しかできない。

「千代さん、変な事を言わないでください。親が聞いたら嫉妬の炎で狂います」


 元々の体も、子供とは言わない。

 けど、オレの背が小さかったのは確実に母さんの遺伝だろう。

 母さんは未だに女子高生に上がりたてです、そう言っても良い見た目だからな。


 オレの事を思ってか玩具にして、和んだ雰囲気の中に父さんと白衣を着たお医者さん、そしてきっちりした綺麗なスーツを着た人が神妙な面持ちで入って来た。


「どうも初めまして」

 白衣の似合う女性のお医者さんが目の前に座ると、笑顔で挨拶してくれた。

《はい、はじめ……まして?》

 また、妙な違和感がオレを襲う。

「私の名前はわかるかしら?」

《え? 継森なな……》


 メモ帳にサラッと目の前に座る女性の名を書いた。

 書き終えて、理解できずに一瞬だが固まる。

 自分の書いた字と、【継森なな】というお医者さんへと視線が行き来する。


「大丈夫、落ち着いてね。えっと、私が貴方に自己紹介したって記憶はある?」


 ビクッと肩が震えたオレを見て、頭を撫でてくれ、母さんも隣に座って背中を摩るように撫でてくれながら、反対の手でオレの手をしっかりと握ってくれている。


 聞かれたことに、やっとの思いで首を左右に振って記憶は無いと答えた。

 確かに目の前に座る女性の名は、自分が書いた名前だと自信をもっている。


「そう、じゃあ次ね。私の顔に見覚えはあるかしら?」

《……はい、多分》

「多分? それは夢みたいな朧気な記憶みたいな感じ?」

《そんな感じです》


 オレの一言に、態度や仕草を見て何度か考える素振りをしていた。


「ん~、あっ、貴方のお名前は?」

《風雪幸十(かざゆき ゆきと)、です》


 ちょっとだけ驚いた表情でななさんがオレを見た気がした。


「貴方は綺麗な緑色の瞳なのね」


 ななさんの言った「貴方は」という言葉が気になった。

 意味が分からず首を傾げる。


「幸ちゃん、左眼は開けられる?」


 そう言われて初めて左眼に指先で触れて、瞼が開いていない事を知った。

 看護婦さんが手鏡を持ってきてくれて、ジッと鏡の中に映る女の子の顔を見る。


 見覚えが無いピンク色のフワッとしている綺麗な髪、小顔で子供らしいくちょっと丸い感じの幼さが残る童顔だ。でも目尻が少したれ目気だろうか、瞳の色は明るく綺麗な翡翠の様な色をしているのが分かる。


《これ……が、オレ?》

「えぇ、そうよ。それが貴方の顔、見覚えはあるかな?」


 ぎこちないブリキ人形の様に首を左右に振って否定した。


「えっと、じゃあ左の瞼は開ける?」

 鏡を何度も見ながら、色々と試してみるけど開く気配がない。

「無理はしないで、ちょっとゴメンね」

 ねねさんが一言謝ってから、親指で優しく左瞼を開き、ライトを何度か当てる。


 チラチラと眩しい。


 ――え? 眩しいって事は左眼の視力はあるのか!?

   でも左瞼が動かないだけで、他の部分は全体的に動くんだよな。


「ナナ、日を改めた方が良いか?」


 入口付近でお父さんの隣に立っていた黒スーツの人が申し訳なさそうな感じで、お医者さんの背後に近づき様子を窺うように聞く。


 ジッとオレを観察する視線を浴び、何故か勝手に身が縮んでしまうようだった。

 その様子を見てか、一呼吸置いてから、


「さすがに色々と混乱しているみたいだしね。詳しい事は日を改めましょうか」

 明るい声で言う。

《西願寺さんごめんな――》


 ――まただ……。

   また知らない名前を知ってる。

   このスーツの人は西願寺成(さいがんじ しげる)。

   オレが巻き込まれた事件を担当している刑事さんだ。

   そう…… 知っている。聞いた記憶が確かにある。

   ただ、オレじゃない。いや、正確にはオレ自身が聞いた記憶が無い?

   いや記憶が無いなら知っている筈がない、じゃあなんだ?


 夢で見たって感覚だ。

 頭の中で考えが行ったり来たり。

 最初に戻ってはまた同じ事を考え始めてしまう。


 ――別の人から名前を聞いた…… そう、そうだよ。

   そう、そんな感じだ。

   それが一番しっくりくる気がする。


 自分自身で可笑しい事には気付いているけど。

 心の中でループしている思考で、なんか一番納得のいく答えの様な気がした。


「お、やっと自分の世界から帰ってきたか」

《え? あ、なに?》

「幸ちゃんってば、皆の話を全然聞いてなかったのね」

「あのクセが出ていた時点で薄々そんな気はしていたが……まぁ、しかたないか」

《く、くせ?》


 樹一が呆れたため息を付きながらオレを見る。


 すると母さんが人差し指を下唇に親指を顎に当てて、中指で上唇を軽くゆっくり叩く、「これよ、これ」とか言いながら、仕草をやって見せてくれた。


 そんな癖があったのか。

 よく見てる、いや、よくやっちゃうのか。


《あ、あれ。ななさんと西願寺さんは?》

 看護師さんも居ない。


「あぁ、もう仕事だと言って出てったぞ。親っさんを連れてな」

《あ~、そうなんだ》

「俺も、もう行くわ。まぁ、なんだ。ゆっくり養生しろよ」


 頭を掻きながら、病室のドアを開けてチラッとこっちを見る。


《あ、うん。バイバイ》


 そう書いたメモ帳を持って、手を振って見送る。

 ころころとベッドで行ったり来たりして、鏡を見ては自分の顔を確認する。

 お昼頃に仮眠、目が覚めてから手鏡を持っても同じ女の子の顔が見える。

 トイレに連れて行ってもらった、手洗い場の鏡も同じだ。

 窓ガラスにも知らない女の子が居る。

 ころんっと、ベッドに倒れると、ちょうどお父さんがノックをして入って来た。


 何やらガサゴソと大きめのビニール袋からA4サイズ・A3サイズとB5サイズのノートやらスケッチブックを買ってくれたようだった。


「あら、わざわざ買いに行ってくれたのね」

「ん、必要だろう」


 しばらく居ないと思ったら、文房具店に言っていたらしい。

 お父さんは相変わらず物静かに、淡々と短い言葉で喋る。


「それと、コレ」

「あら、それは?」

「ある人からの贈り物だそうだ、西願寺さんが幸十に渡してくれと」


 A4サイズ位のタブレットパソコンを手渡された。


「設定等は相手方がやってくれた、セキュリティソフトとかも最高だそうだ」


 あのお父さんが、一生懸命な姿は珍しい……というより、初めて見た気がする。

 いつもは一言で終わるのに。


「あら、へそくりで買ったとかでは無いのね」

「それも、少し考え……あ」


 へそくりの事がばれて、ちょっと落ち込むお父さん。


「でもそうね、それなら服とかに使ってもらおうかしら? 携帯電話も」

「ん、それも良いか」


 あ、元気になった。


「それじゃ、お礼に背中流してあげるわね」


 あぁ、更に元気になっている。

 ここは病院ですので、少し自重をしてもらいたい。

 なんか、変わらない両親を見て自然に笑ってしまう。


《わわぁ!? なに?》

 急にお父さんに頭を撫でられた。

「幸十、君にも一つ覚えておいてほしい」

 お父さんは少し屈んで、オレの目をジッと見てくる。


「君がどんな姿になろうとも、名前が変わろうと。君達は母さんと父さんの子だ」

《えっと……》


 ギュッと握られた両手が少し痛かった。

 その分の気持ちが強く伝わってくる気がした。

 オレは今、どんな顔になってしまっているのだろうか。


 自分でどんな表情をしているのか、さっぱり分からないけれど、両目から頬を伝う暖かい涙の感覚だけは良く分かってしまう。


「明日は仕事だから残念で無念な私なんだが、千代さんは今日、この病室に泊っても良いという許可をね、貰ってきたんだよ」


「あら! 本当に」


 お父さんは本当に不思議な人だと思う。

 オレや母さんの事を良く見ているというか、気が付きすぎる事が多々ある。


「色んな事があった後だ、悪いが我慢する事を私は許さない。そして私達も我慢はしない、幸十には甘えてもらうし、甘えたい願望を押し付けていこうと思うんだ」


「あらら、良いわね」


 あ、あれ? なんか話が変な方向にいってる気がする。


「という訳で、千代、最高のモノを頼む」

 力強く今までカッコ良かったお父さんが、デジタルカメラを母さんに渡す。


「任せて、究極の一枚を目指すから」

《あ、あの。あれ、えっと、お父さん?》

「私のへそくりが無くなるだろうから、それ相応の対価を貰っても良いだろう」

《あ、はい。そうですね》

「拒否権は無いから。しっかり母さんに甘えなさい」


 なんか違う、こんな感じでいいのだろうか。

 そっと母さんが耳元で囁く、「諦めなさい、」っと。

 まぁ、別に悪い気はしないので良いけど。

 釈然としないというか、本気でオレの心の中を見透かされているようで困る。

 変な雰囲気から畳みかけ、オレの意地やら自尊心で素直に甘える事は無かった。

 相変わらずというか、なんというか。この両親には色々と敵わないな、ほんと。


 そんな事を思いながら溢れてくる涙が止まらず、ギュッと母さんに抱き着いた。



 それから後の事は朧気で、何時の間にか寝てしまっていた。




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