【閑話】琥珀の目覚め



           ★☆★【閑話】★☆★




 オレが翡翠として生きていくと決まった時に、母さんから渡された【琥珀ちゃんと翡翠ちゃんの❤交換ノート❤】というもの。ちなみに交換ノートと書かれた文字を囲う様にして、ハートや星のマークが赤と緑色の二色で綺麗に描かれている。


 もう一人のオレ、つまり琥珀からオレ当てに書かれた物らしい。

 翡翠になるって事は一緒に生きていく事になるからって事だろうが……。

 なんで無駄にファンシーな感じにしたのだろうか。

 皆の話からすると、精神的には奴も男のはずだ。


『はい、え~、元気? 違うか。えっとね――』


 ――無駄に長いテンション高めで分かりにくい文章が、永遠と書かれていた。


 ただ、一ページ目。

 書き出しで何度か書きなぐっては消した様な跡がある。


『そうそう、ボクの名前は琥珀に決定です』


 あ、やっと自己紹介。


『ボクだけが君を知っているのはちょっとモヤモヤ……ん~、違う。ズルな気がしてね。だからさ、こうして交換日記的なモノを思いついだんだよ。


 ちなみにボクは最初から君の……翡翠の事は覚えていたし、知っていたんだ。理由は、分からないんだけれどね。ただ、君が翡翠きみで、ボクは琥珀ボクって事だけは何故か無駄に自信をもって、ハッキリとした記憶だってことは言えるんだよ。


 初めは翡翠のこと以外は無かったんだけど、徐々に翡翠の記憶が、こう何て言うのかな、ボクに流れてくる感じで思い出していったんだよ』


 ここまでは別に普通……というか、それなりに頑張って纏めて書いたのだろう、という事が非常に良く分かってしまう。


 前半にあった無駄話的なノリとテンションで書いた文は一気に流れる様に書いたに違いないだろうが、ちょっと丁寧に纏める様な文には必ずと言って良い程に、何度か消しては書いて、書いては消してという様な跡が見て取れる。


『いや~、ボクが目覚めた時には翡翠の事しか覚えてなかったから、記憶がないも同然でね、色々と周りの人達に迷惑かけっちゃって大変だったんだよ』


 ――なんだろうか、急に嫌な予感。



   ◆◇◆




「はぇ? ここって」


 清潔感のある白い天井、ふわふわな掛け布団。


「カプセルの中に居ない?」


 声にちょっと違和感があるけど、幸十ってこんな高い声をしてたっけ?

 いや、それ以前にボクは…… いったい……。

 幸十は……君の意識は無いのか?

 なんか頭の中が、こんがらがって滅茶苦茶だ。

 寝ているだけ? だよね。

 大丈夫なはずだ、幸十は無事。

 手足に力が入りにくいけど、動くのに問題はなさそうだ。

 まずは、ここが何処か調べないと。


「あれ? ベッドが高い?」


 周りのモノが無駄に大きいのかと思ったが――どうやら、そうでもないらしい。

 飛び降りる様にベッドから立ち上がるって周りを見ると良くわかった。


「幸十の背が小さい?」


 幸十は確かに身長が低い方だったはずだけれど、こんな感じに小さかったのか? これじゃあまるで子供の様な身長な気がする。


「いや、今は無駄に考えても意味ない、ここがどういう所なのか調べる方が先だな」


 周りに注意しながら、忍び足で部屋の入口付近まで近づく。


「花や果物があるけど、なんでだ?」


 無駄に良い個室っぽいけど、なんだってこんな所で寝ていたんだろう。

 ドアをそっと少しだけ開き、外の様子を窺う。


「手枷も足枷も無い、閉じ込められている訳でも無いようだけど…… あれ?」


 外に見張りも、居ない。

 罠か? ボク達の様子を何処かから伺い見ているとか?

 いや、それにしては警備が粗雑すぎ。


「特に監視カメラっぽいのは、部屋にはない。廊下にはちらほら見えるけど……」


 しばらく廊下をうろついてみる。


「あら? 君は……」


 後ろから不意に掛けられた声に肩が大きく跳ねた。

 サッと振り返って、慌てて距離をとる。

 ナース服を着た女性が目を大きくさせてボクを見てくる。


「目を覚ましたの!? お、起きて大丈夫なのっ!」


 な、なんでナース服を着た女性が居るんだ!?

 あの研究施設には怪しい白衣を着たおじさん達が居たけど。

 女性は居なかった覚えがある。

 居たとしても白衣みたいなのを羽織っている。

 ナース服なんて着ることはないだろう。


「怖がらないで。ねっ、なにもしないから」


 そんな事を言いつつ近づいて来ないでほしい。

 彼女が一歩近づく度に、ボクは二歩、三歩と後ろに下がる。


「……えっと、ここは――」


 あまりにボクが警戒しているからなのかな。

 止まってから何かを言おうとする。


 けど、その前にボクは力の入らない体を無理やり動かして、よろけながらもその場から逃げ出して、急いて階段を掛け降りていく。


「ちょっと、待って!?」


 待てと言われて逃げ出した奴が止まる訳ないと思うけど。

 大きく叫んだ彼女の声を振り切るように全力で逃げることに集中する。


「え~っと、たしか5の75って角の部屋……」

「えっ!? わっ、わわぁ!?」

「うぉ!? なんだっ!?」


 下から上がって来た美少年に気付かなかった。

 力の入らない今の体では急には止まれない。


 彼へ倒れ込む様にして、力強く抱きしめられてしまった。


「うぉ! 意外に胸が!?」


 胸? コイツは何を言っているんだろう。


「あ、秋堂君、その子をそのまま捕まえて」

「へ? あ、えっ!?」


 もう追いついてきたか、あのナースの人。

「何時まで抱きしめてんの、この変態」

 足をジタバタさせて、お腹の辺りを思いっきり蹴り込んだ。

「ぐふっ、この、なにしやがる」


 力が緩んだ隙に彼から飛び降りて、小さく舌を出してベーっと馬鹿にしてやる。


「幸十ちゃん、お願いだから待って。話をちゃんと聞いて!」

「はっ? 幸十!? いや、でも今の…… 女の子……」


 女の子? またコイツは何を言っているんだ。幸十は男の子だ。

 ボクも男のはずだ。


 とにかく下の階に逃げようとすると、秋堂と呼ばれた美少年が透かさず道を塞ぐ様に立ちふさがって、両手を左右に大きく伸ばしてとおせんぼしてくる。


「ちょっと邪魔なんだけど」

「よく分からないが、病院ではもうちょっと大人しくするもんだ」

「病院? ここが?」


「えぇそう、ここは病院。だから安心して、私達は貴方に絶対、危害を加えないわ」


 男の子とナースさんの顔を交互に見てから、確かにあの施設の研究者達の仲間にしては変だと思った、でも病院って―― 何時の間に助けだされたんだろう。


 病院……、もう幸十が辛い目に合う事はないってこと? もう幸十は変な実験に付き合わされない? 本当に大丈夫? 守れたのかな。


 力が抜けて階段に座り込んだボクを見て、二人とも落ち着いた様子のボクを見て安堵した優しい表情をボクに向けてくれた。


「それより、この子が幸十って言っていませんでしたか?」

「えっと、秋堂君はどうして、ここに?」


「ななさんと西願寺さんからここに来れば会えると言われたんです…… 幸十の両親から、ちゃんと許可を貰っています」


「そう、それなら良いんだけど。詳しい理由は、いくら貴方でも話せないわよ」


「関係者でも、ですか?」


「これは彼女自身の問題でもあるし、彼女を守る為でもあるのよ。それに、もしかしたら貴方にだから話せない事だってあるかもしれないでしょう。私は彼女の意思を無しに物事を決めたりしない主義なのよ」


 美少年はそれ以上なにも言えない様子で、頭を軽く掻きながら俯いてしまう。

 そういえばこの美少年、なんか覚えがあるような。

 考えこもうとして腕を組んだ時の事だった。

 むにゅっと柔らかい感触が手に伝わる。


「んっ? え?」


 パジャマの首元を引っ張り、服の中を覗き込む。

 幸十の胸板はこんなにあった?

 胸板といより脂肪?

 はは太ったのかな。

 むにむにと今度は両手で胸を揉むと、柔らかくも程よい弾力がある。

 嫌な予感がして、さっと股に手をあてる。

 記憶に在るものが無く、掴もうとしたモノが無くてスルっと空を掴む。


「へ? 無い。え、いやいや、ん? 無いんだけどっ!?」

「お、おい。お前、何やってんだよ」


 パジャマのズボンを広げて、つるんと出ているモノが何もなくて可愛らしい色のパンツが見える。ボクサーパンツじゃなくてブリーフに近いけど。

 全然違う布地が見える。


「こらこら、はしたない真似しないの」


 ナースさんが慌ててボクの腕を掴んで、それ以上の行為を阻止する。


「や、ちょっとまって、無いの、大事なモノが……見た事もない膨らみがあるの」

「わかったから、少し落ち着きなさい。お友達も見ているでしょ」

「友達? この男の子が? ボクは知らないけど?」


 ボクの発言に驚いているのか、二人の口が開いたままになっている。


「えっと、もしかして幸十くん、記憶が無い?」

「ん? 幸十の記憶はあるよ?」

「お前、幸十を知ってるのか?」

「ん~、彼の意識はまだ戻ってないけど?」

「え? ちょ、ちょっと待って。じゃあ貴方は!?」


「ボク? ボクは……なんだろうね。でも、ボクは幸十じゃないよ。幸十の体だけどね。生まれは人工頭脳、AIってヤツだけどね」


 幸十の体……だよね。

 自分で言って、自信が無くなってきた。


「なにが、どういう事だ?」

「ごめんなさい、ちょっと良く分からない」


 ナースのお姉さんがブツブツと独り言を言いながら考え始めてしまう。


「えっとね、幸十の心があって、ボクの心がこの体にはあるんだよ」

「それは、確かなのかしら?」

「うん、幸十は大丈夫、ちゃんと居るって分かるから」


 そう、それは良く分かる。


 感覚としか言いようがないけれど、自分の中で寝ている様な動きづらい感じがある、そんなイメージが浮かぶ。


「ただ、この体は良く分からない。研究員の奴等が色々としてたのは知ってる」

 ボクは不安げにナースさんの方に顔を向ける。

「……その体は、風雪幸十君のモノで間違いないわ」

 一瞬だけ樹一の方を見たナースさんは、ボクの目を真っすぐに見つめて言う。

「どういう、ことですか?」


 長い沈黙のあと、重く口を開いたのは樹一だった。


「とりあえず、場所を変えましょう。幸十君の病室に行くわよ」

「俺も行っていいんですか?」


「えぇ、これは予想外の事態だし、貴方にも手伝ってもらわないと、私や先生じゃあ正確な確認ができないでしょう。家族以外で信用のおける人物は君を置いて他に知らないのよ、私は」


「……わかりました」

「それと、幸十……ちゃん? とりあえず布団に、体が冷え切っちゃってる」

「は、はい。でも、その前にトイレに――」


 ボクを抱く様にして、いそいそと会談を駆け上がって逃げて来た道を駆け戻る。




   ◆◇◆




『後は大体が翡翠と同じ反応だったし書かなくても良いよね。

 そこから樹一やお母さん達と話して。

 曖昧だった幸十の記憶をボクが思い出していった感じだね。

 まぁ、その後も色々と事件……というか、事故という事があったけど、それは、その秘密という事でどうかお願いします。

 トイレで女である事に戸惑ってお漏らし、したとか。

 その後に泣いてなんかいないんだからね。

 病院の中庭で遊んでる子供達に交じって、まだ体力的にも、体も馴染んでなくて、はしゃぎ過ぎて翌日に風邪ひいて全身筋肉痛になって、その時にちょうど幸十が目覚めちゃったとか、そんな事は全然ありません。樹一とかナースさんにその話は振らないようにっ!?』



その後、ナースさんに確認したら……はぐらかされた。





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