国の任務に就く、魔女のお話

「それでは! 行ってまいりますよ! 仕事を完璧にこなしてくるから、お楽しみに!」

 そう張り切って先生の元を離れ、既に数週間が経ちました。だけど残念、ここ何処よ?。

 私は師匠に出会って、先生の下で修業を積んで、かなりの速度で魔女に昇格したスーパー魔女です。それもこれも、師匠と先生が優秀で、私に見込みがあったお陰なんだろうけども、あの二人と比べると自分のちっぽけさに泣きたくなります。

 ……とか、しんみりした事を言ってはいても、今は二人と同じ場所に立てた事が嬉しくて、今日も元気に魔道協会の任務に就いています!。

 ……さて、そろそろ現実逃避を止めて、現状の確認をしましょう。

 私は辺境の地に、ある事を任務で調査しに来ました。場所は山の麓にある崖っぷちの村で、その周辺に双丘の山が立ち並んでいる……筈なんだけど。

「わぁお、とってもフラットだよ……此処」

 私はバックから地図を取り出して、目的地点と現在地を確認しました。うん、間違いなくこの場所なんだけどなぁ。

 一旦引き返した方が良いのか、箒の上で胡坐をかきながら私は考えます。

 …………。

 うん、戻るのも面倒だし、ちょっと周辺を探検してみようかな。

 何毎も前向きに! それが先生から最後に貰ったアドバイスだったし、もしかしたらフラフラ~って漂ってたら村が見つかるかもしれない。

 よし! もう少し周囲を探索しよう。もちろん、遊びじゃなくて仕事として……ね。

 自分に言い聞かせた私は、箒に捕まってバレルロールをしながら初動を動かしました。

 肩まで伸びた黄緑色の髪が、私の動きに合わせて大きく靡きます。


 私の名前はレーナ。数日しか一緒に居られなかった師匠に憧れて、善行を積む『北風の魔女』です。

 今はまだ未熟だけど、いつか師匠に追い着いて、彼女を陰で支えてあげるのが私の夢です。

 その夢を叶える為、そして困ってる人を助ける為に、私は今日も師匠から貰った大切な箒で空を駆けて、魔道協会からの任務を全うしていくのでした。



 ある場所に、ずぶ濡れになった魔女がいました。

 水の滴る長い髪を寒風に揺らす魔女は、箒に乗って低速で空を漂っています。

「いやぁ、災難でしたね」

 魔女は自分の体を拭く事も濡れた服を脱ぐ事もせずに、両手の中で何かを包んでいました。

 そんな手の中からは「ピィピィ」と、小鳥の泣き声が聞こえます。

 そう、実はこの魔女、濁流に呑まれていた小鳥を助けて全身を濡らしていたのです。

 そして自分の事よりも小鳥を優先して、寒風に当たらない様に小鳥を庇って温めていたのでした。

「さて! 乾きましたよ……飛べますか?」

 魔女の問いに鳴いて答えた小鳥は、彼女の周りを何週か回ると、空で待機していた他の仲間達の元へ飛んで行くのでした。

「さて、私も着替えま――へっくし!」

 寒さに体を振えさせた魔女は、器用にも箒の上で全てを脱ぎ、着替えを見に着けてから、火と風の魔法で濡れた衣類を乾かしてからバックに畳んで入れます。生乾きは臭いですもんね、良い判断です。

 さて、小鳥の為に風邪を引きそうになった優しい魔女ですが――。

 実は、私の事なのでした。


 体の震えが収まった頃、私は温かい場所を目指して空を駆けていました。こういう日に限って天気が曇りなのは、なかなか解せないですね。

 そして妙に温かい場所を発見した私は、その場に留まって体に熱を浴びせます。あぁ……生きてるって幸せ……。

「ふぃ~」完全に警戒を解いて寛ぐ私。

 ――そんな時でした、不意に強い魔力が私の後方から向けられた事に気付きました。これは魔女クラスの魔法です!。

 崩していた態勢から動き始めるのに時間が掛かると踏んだ私は、箒を蹴飛ばして真下に落下しながら杖を抜きます。そして態勢を整えてから呼び寄せた箒の上に着地しました。

 ――ボンッ。

 私の真横を火球が通り抜けます。……どうやら私の回避行動は読まれていた様ですね。

「急に攻撃とは、穏やかではないですね」攻撃の飛んで来た方を睨みながら、私は言います。

 するとその場所には、ローブ姿の小柄な魔女が、箒の上に立っていました。顔はフードで覆われていて確認出来ませんが、恐らく私よりも年下の魔女でしょう。

「貴女は『星屑の魔女』のエレネスティナとお見受けする」

「……だったら?」

 警戒して杖を構える私を見て、相手の魔女も杖を構えます。距離は離れていますが、その姿はさながら剣士同士が決闘の際に剣をぶつけ合う、それに酷似していました……まさか、やる気ですか?。

 魔女はゆっくりと、そして大きな声でハッキリと言いました。

「『星屑の魔女』……私との決闘を所望するっ!」

 そう言いながら魔女は、複数の属性魔法を飛ばしてきます。

「私の意見を聞かずに攻撃するのは、決闘者の恥では?」

「普段から決闘をしてる訳じゃない! 貴女がエレナだから戦いを挑んだんだ!」

 ふむ、それって私が不殺を貫き通しているのを知っての行動でしょうか?。もし知ってて挑んで来てるのなら、相当タチが悪いですね。

 頭の中で色々考えながら空を舞う私に、魔女は怒涛の攻撃を仕掛けてきます。

「どうした! 逃げてるだけか!」

 ……安い挑発ですね、乗る訳無いでしょう。

 とは言え、あの魔女の実力は本物です。属性魔法だけに頼らず、普通の魔力も飛ばして攻撃のレパートリーを増やしています。それに精度も良い。

 さて、以前も魔女同士の決闘の事に付いて触れた気がしますが、高レベルの魔女と戦う際には、どの属性の魔法が弱点なのかを誤魔化す為に、通常の魔力も飛ばし合います。何ならメインになるのが普通の魔力です。以前戦った雷の彼女や蹴り技の彼女がセオリーをガン無視するだけで、この地味な戦いが普通なのです。

 そして彼女の分析結果ですが、まぁ前述にもある通り強いです。でも、それまでです。私が苦戦する相手じゃない。

 件の雷の彼女もそうでしたが、本気にならずとも血を流す事無く勝ちを拾うのは容易です。圧倒的な力の差を見せ付ければいいのですから。それに、首元に杖を突き付ければ、攻撃しようがしまいが、その時点で勝ちです。率直に言うと、楽勝ですね。

「そろそろ避けるのも飽きたので、終わりにして良いですか?」

「降伏でもするのか?」

 まさか。降伏させるに決まってるじゃないですか。

 私は正面から魔女に接近します。それに対して魔女も反撃してきますが、既に彼女の扱える属性を見切った私に、魔法は当たりません。

 彼女の魔法は火属性、水属性、風属性の3属性です。なかなかレアですが、分かってしまえば全てを扱える私が有利なのは明白でしょう。

 魔女の魔法をことごとく相殺した私は、権勢に火属性の魔法を飛ばします。

 しかし彼女は不思議な挙動で私の魔法を回避、反撃の為に停滞しました。……その瞬間を待ってた!。

「ふぇ……?」魔女は態勢を崩します。

 魔女は風の魔法を噴き出して飛んでいるだけです、ならばその風を乱してしまえば……まぁ見ての通りの結果が起きるって訳です。

 ぐらっと体勢を崩した魔女は、近くの村の噴水目掛けて墜落していきます。

「ひゃぁぁぁぁぁ!」

 ――どっしゃぁん。

 水の中に堕ちた魔女は「いててて」と言いながら、その場に足を立てて座り込みます。

 そんな彼女に、噴水の中に入った私は杖を突き付けました。

「……私の勝ち、ですよね?」

「…………………………………………」

「もう抵抗は――」

 私が話している最中、魔女はいきなり大笑いしてきます。

「あっははははは! やっぱり優しいな、エレナさんは」

「???」……頭でも打ちました?。

 頭の心配をする私を他所に、魔女はフードを脱ぎ、その黄緑色の髪を靡かせながら、懐かしい顔を見せてきたのです。

「久しぶり、エレナさん」

「……レーナ? レーナじゃないですか! 美人になりましたね!」

 私の伸ばした手を掴んで立ち上がったレーナは、犬の様に首を振って水気を払い飛ばします。……思い切り私に掛かってるし、何なら髪でビンタされてイラッとしましたが、ここは我慢します。

「いやぁ、まさかエレナさんに会えると思わなかったなぁ」

「私もですよ……魔法、上手になりましたね」

 頭を撫でてやると、レーナは甘えた声を出しながら頭を押し付けてきます。可愛いですが、以前はもっとツンとした性格をしてた気が……。

 ……さてと、感動の再開もそこそこに、ちょっと事情を聞かせてもらいましょうか。

「レーナ、どうして私を攻撃したのですか? それに貴女はここで何を?」

 私の問いに、甘える犬の様な顔から真面目な表情にシフトさせたレーナは、順番に話していきます。

「エレナさんを攻撃した理由は、勝てないと分かってても師匠と戦って見たかったからだよ」

「……次からは不意打ちをしないでくださいね、反射的に攻撃しちゃいますから」

「はぁい。で、私がここに居る理由なんだけど、実は魔道協会の任務で来てるんだ」

「ほう、魔道協会ですか」

「そうだよ! 聞いてエレナさん。私、魔女になったんだよ!」

「そうですか、魔導士になったら私を探すと言っていた気がしますが……魔女ですか」

 ちょっと落ち込んで見せます。本当は落ち込んでなんて無いのだけど。

「ご、ごめん……何かとんとん拍子で魔女になっちゃってさ、エレナさんの師匠の下で修業を積んでたんだ」

「なるほど。所でレーナ、話の続きをお願いします」

 いい加減足が冷えてきた私達は水辺から上がると、火と風の混合魔法で足と靴を乾かしながら話し続けます。

「実はこの辺、地震が多いらしいんだよ。村にも被害が出てるって話だしね」

「それはそれは、災難な村ですね」

 こうして、意外な再会を果たした私達は、暫くお話に花を咲かせるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る