私がルフランのお願いを聞いてから、かなりの時間が経ちました。外は既に暗闇が覆っている時間帯です。

 その暗闇の中を、大きな月や綺麗な星々に紛れて、私達は飛んでいました。

「ルフラン、どうして夜空を飛びたいと思ったのですが?」

 私の質問に、意識が朦朧とし始めていたルフランは一生懸命答えます。

「私……妹と見る夜空……好きだった……」

「……そうですか、綺麗ですよね、夜空」

「…………」首を動かして、彼女は返事をします。

 血を吐いてからのルフランは、一瞬の内に弱ってしまいました。末期と言っていたし、かなり無理をしていたのでしょう。

 彼女が薬の研究をしていた机に置かれていた木版を読んだのですが、あの風土病の経過観察をしていると、咳の後に高熱が出て、血を吐き弱ってしまい、最終的には意識が無くなり……死んでしまう。そう書かれていました。

 そして机の端には別の木版があり、無理矢理体を健康状態にする薬の作り方や、反動の大きい麻薬に近い病を押さえる薬の作り方が書かれていた事から、彼女がその薬を投与していた事は想像に難くありません。弱り方が異常なのは、恐らく薬の副作用も手伝ってしまっているのでしょう。

 本当は、何か話した方が良いのかもしれません。その方が天国に逝った後、妹や両親に話す事が増えて楽しくなる事でしょう。

 でも、私個人の意見としては……このまま眠らせてあげてしまいたい。もう苦しみを忘れさせてあげたい。

 だけど、もしも私がルフランと同じ立場なら、無理してでも話したいと思ってしまうでしょうし、性格を考えると彼女も話す事を望んでいるかもしれません。

 …………。

 悩んだ末に、大変心苦しいですが、私情を殺して話し掛けてあげる事にしました。

「ルフラン、見えますか? 沢山の流れ星ですよ」

 私の声に小さく反応したルフランは、私に体をもたれ掛けさせたまま顔を動かしました。

「初めて……見た……」

「そう言われれば、私もあまり見た記憶が無いですね……いつも空を飛んでいるのに」

「エレナ……上じゃなくて……前しか見てないですからね……」

「あはは、仰る通りです」

「これからは……星空も見ましょうね」

「えぇ、そうします」

 次は何を話そうか、そう考える私の耳元でルフランが小さく呟きます。

「エレナ……私が死んだら……空を旅させてください……」

「それって……」

「面倒かもしれませんが……火葬して……散骨してほしいんです」

「……分かりました、約束します」

 私の返事を聞いたルフランは、小さく「ありがと……」と言うと、力なく全体重を掛けて私にもたれ掛かってきました。

 今にも箒から落ちてしまいそうなルフランの腰に手を回した私は、力強く彼女を抱き寄せます。

 それからも、何となく思い付いた事を話題にしたり、ルールが破綻しかけた、しりとりをした私達ですが、遂に最後の時が訪れます。

「う~ん……パパイア」

「…………」

「ルフラン……?」

「……ありがとう、エレナ」

「『な』ですかぁ……」

 私が頭を悩ませていると、ルフランは先に言います。

「もう……大丈夫ですよ……」

「……逝くのですか?」

 小さく頷いたルフランは、消え入りそうな声で「少し……怖いです……」と呟きました。

「大丈夫、最後まで傍にいますから」

 だから、安心して休んでください、そう言って高度を降ろしながら、ルフランの顔を膝の上に転がします。

 そして安心した表情で目を閉じた彼女の頭を、優しく撫でました。

「大丈夫、大丈夫。何も怖くないですよ」

「…………」

「此処には私が居ます。空に旅立った後は家族が居ます……貴女は一人ではない」

「…………」

「だから安心して、家族の元へ逝ってあげてください」

 その言葉を最後に、鼻歌を歌いながらルフランの頭を撫で続けていた私ですが、彼女の手から力が抜けたのを見て、私の役割が終わりを迎えた事を察しました。

 箒から彼女を降ろし、その場で火葬の準備を始めた私は、まるで生きているかの様な、ただ眠っているだけかの様な、そんな綺麗な彼女の頬を撫でて呟きます。

「……お疲れ様でした、おやすみなさい」

 微笑みながらそう言った私は、距離を取ると火の魔法をルフランの亡骸に向けます。そして――。

「――っ!」力んだ私は、高温の炎で彼女を包む様に魔法を放ちました。

 さて、私は人の死に目に何度も立ち会っています。しかしその殆どが土葬で、たまに水葬もありましたが、火葬は初めてでした。

 私はずっと、人間は強い生き物だと思っていました。本人が諦めなければ何があっても死なない、ちょっとした不死身生物の様に感じていたのです。

 でも、ルフランの亡骸が燃えていく様を見て、その認識は大きく変わりました。

「……人って、こんなにあっさりと燃え尽きるのですね」

 火が消えて、その中に横たわっていた白骨の手を掴みながら、私は呟きます。

「ルフラン、貴女……もう骨になってしまいましたよ。人間って脆いですね?」

 ……そんな事を言っていると「何ふざけた事言ってるんですか、もっと前向きな事言ってくださいよ」って怒られそうですし、心に感じた寂しさや虚しさを振り払って、骨を細かくしましょう。

 白骨を魔法で空中に浮かせた私は、そのまま魔力で潰し、骨を細かくします。

 せっかくの空の旅なのです。どうせならどこまでも遠くに飛んで、色々な景色を見てほしいと思うのは変な事ではないでしょう。

 そして、あっという間に骨を細かくし終えた私は、再び夜空に舞い上がっていき、彼女を世界に解き放つのでした。

 小さな骨の粒が星や月の光に反射してキラキラと輝きます、まるで私に何かを伝える様に。

 ……きっと彼女の事ですし、去り際に「ありがとうございました」とか言っていたのでしょうね。うん、そう言っていたと思う事にしましょう。

「後から追い付きますから、ゆっくりと世界を回ってくださいね……ルフラン」

 そう呟くと、風が強く吹いて骨の粒は私の目の前から消えていきました。

 ……さてと、しんみりするのは私らしくないですし、歌でも歌いながら進んで行きましょう。

「ふぁ~……よくよく考えれば夜ではないですか、眠いです……」

 急に訪れた睡魔に負けそうになった私は、箒をフラフラと左右に揺さぶりながら空を見上げて飛んで行くのでした。

 彼女との出来事、それは私の長い人生において僅か数日と言う短い期間でのお話で、恐らく誰の記憶にも残る様な出来事では無かったのかもしれません。

 それでも、私は彼女の事は忘れません。

 だって彼女は、命をとして風土病から村人を救った、私の尊敬する小さな英雄なのですから。

 最後の最後まで強く命を輝かせ続けた、私にとっての一番星なのですから。

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