風土病の治療薬を作る、墓守のお話

 この日、私が訪れた場所は、とても墓場の多い大きな村でした。

 墓場は村の縁に沿う様に並び立ち、人が入れない様に簡易的な策で覆われています。

 そして墓場に背を向ける様にして民家が立ち並び、村の中央には世界の崩壊前に使われていたと思われる大きな時計塔が、半壊した状態でそびえ立っていました。

「何と言いますか……」私は半壊した時計塔を見上げながら呟きます。「とんでもない村ですね。色々と」

 時計塔をぐるっと一周し、箒に乗って頂上まで登ってきた私は、見晴らし台の手すりに腰を落として村を見渡しました。

 ふむ……民家の数も多いのですが、その倍の面積が墓場ですね。もしかしたら生者より死者の方が比率的に多いのではないでしょうか。

 そして生者よりも死者が多い村は、理由はどうであれ滅びます。それが村人の全滅による滅びなのか、見切りをつけて村を捨てて廃村になるかの二択が主ですが、どちらにせよこの村の未来が長くない事は容易に想像が付きます。

「しかし、この村は妙に息苦しいですね……」

 咳き込みながらそう呟いた私は、水筒をバックから取り出して一口飲みました。

 ……これで喉は潤った筈なのですが、何故でしょう……まだ喉がイガイガしてる気がします。感覚としては、喉の奥に魚の骨みたいな食べれない物がこびり付いた感じでしょうか。とにかく気持ち悪いです。

 咳払いをしながら墓場を眺めていた私ですが、何やら女性の声が足元の方から聞こえてきました。

「おーい! そこの魔女さーん!」

「……?」私の事でしょうか?。

 ぶらぶらと揺さぶっていた足の隙間から、地面を覗き込んでみます。

 するとそこには、シスターの様な服の上から白衣を着た少女が、私の事を見上げながら叫んでいました。

 私は笑顔で彼女に手を振り返します。まぁ距離が遠いし表情は見えていないと思いますけども。

 ……そう言えば、あの少女がこの村での第一村人ですね。

「家の数からしても、ざっと百人近くは住民が居そうですが……もしかして皆、既に死んでしまっているのでしょうか?」

 口元に手を当てて呟いた私は、その真相を確かめる為に未だに足元で叫んでいる少女の元まで降りて行きました。

 そして私が降り立った場所まで駆け寄ってきた少女は、挨拶も無しにいきなり怒り始めたのです。

「魔女さん! 貴女どういうつもりですか!?」

 ……何かしましたっけ? 私。

 意味も分からずに怒られた私は、キョトンとした表情で首をかしげました。

「魔女さん、もしかしてこの村の事知らないんですか?」

「墓場の多い村……としか言えませんが」

「いやいや、そうじゃなくて……」少女は深くタメ息を吐きます。

 そして彼女の声に釣られたのでしょうか、今まで姿を確認出来なかった村人達が家の窓際から私に冷たい視線を向けていたのでした。

 …………。

 ふーむ、無自覚ですが、どうやら私は何かいけない事をしてしまったみたいですね。もしかして時計塔に登るのは駄目だったのでしょうか?。

「状況は分かりかねますが、何かいけない事をしてしまったのですよね?」

 私は三角帽子を取り、限りなく白に近い薄紫色の髪を風に靡かせながら、深々と頭を下げます。

「すみませんでした」

「無自覚……って事は、この村の事を知らないんですね?」

「だから墓場村でしょう?」

「墓場村って……」

 再び深いタメ息を吐いた少女は、腰に手を当てながら「いいですか?」と、何かを説明し始めるのでした。

 いや、村の説明の前に私の罪状が知りたいのですが……。

 しかし私の気持ちなど気にも留めない少女は、村の中を私に見渡させながら言います。

「どうです? この村は」

「再三言っていますが、墓場です」

「うん、言い直す度に村の評価が悪化してますね」

「その様な小さな事を気にしてると……ハゲますよ?」

「女にハゲとか言わないでくださいよ。後、この村に住む私達からすれば小さな事じゃないです」

「それは失礼しました」笑いながら軽く謝罪の言葉を口にした私は、改めて聞きます。「それで? この村を墓場以外に見る場所は無くないですか?」

 多分彼女も話が盛大にずれている事に気付いていなかったのでしょう、可愛らしくゴホン、と咳払いをすると、やっと村の事を説明し始めました。

 いや、だから私の罪状とは……?。面倒ですし、わざわざ聞く事はしませんけども。

「この村は、病が蔓延っています」

「病、ですか……」

 彼女は頷きます。

「俗に言う、風土病ってヤツです。そしてこの風土病に掛かった人は、必ず死んでしまうんですよ」

 なるほど、墓が多い理由は風土病感染者が原因なのですね。

 そして私にその話をするという事は、今でも風土病はこの村に蔓延っているのでしょう。そして必ず死んでしまうと言う辺り、きっと治療薬も開発されていない事が窺えます。

 ですが、私にはどうしても腑に落ちない事がありました。

「それ、私が時計塔の上に登っていた事と関係があるのですか?」どう考えても関係ない気がするのですが。

 しかし少女の返答は、私の予想とは違う答えでした。

「ありますよ、貴女との関係」

「どのような?」

 私の質問に、少女は私の胸元に指を向けて言います。

「ある意味、貴女自体が問題なんです」

 ……酷い。

 少女は続けて話します。

「貴女が魔法を使えば使う程、この村での風土病患者は増えます」

「……言い掛かりにしか聞こえないのですが」

「言い方が回りくどいですね、すいません」少女は言います。「正確には、この村で魔法を使うのが問題なんですよ」

「何故です?」

「魔法が、いや……魔力の元となっている魔素に、風土病が反応するからです」

 魔法に反応する病……俄かには信じ難いのですが、少女の目には嘘を吐いている素振りは一切ありません。

 つまり、この村に私が居るのは大変な事なのでは?。

 しかし少女は私を追い出す事もせずに「個人的に、もう少し話したい事もあるので、私の家に寄って行ってください」と、寧ろ歓迎する様な行動を取ってきたのでした。

 個人的な話って何でしょうね。まぁ表情的にも困っているみたいですし、少し付き合ってあげましょう。

 こうして私は、少女の後を追い掛けて村の奥の方へ姿を消すのでした。


 そして少女に案内された私は、古ぼけた教会の前まで来ていました。どうにか窓は残っていますが、天井に崩落跡があります。……まさか此処に住んでいるとか言いませんよね?。

 しかし少女は教会のドアを慣れた手付きで開けると、後ろを着いて歩く私に向き直って「どうぞ」と、招き入れる素振りで手を動かしました。

「……此処が家、なのですか?」

「正確には、私の仕事用の家です」

「崩落跡もあるし、ボロボロなのですが?」

「しっかりと板で埋めてあるので、雨風の心配はないですよ」

 どちらかと言えば崩落の心配をしているのですが……まぁいざとなったら魔法を解禁すれば良い訳ですし、ここは流れに身を任せてみましょう。

「それでは、お邪魔します」

 私は少女に招かれる様にして、家の中に足を踏み入れました。

 しかし意外。外見はボロボロでしたが、内装はとてもしっかりしていました。所々に死体を入れる袋が転がっていますし、謎の研究をしている痕跡もありますが、それを除けば普通に教会として機能しそうだと感じます。

 そして切り株を椅子代わりにした物を2つ転がして持ってきた少女は、片方を私の傍に置きます。きっと座れって事なのでしょうね。

 少女が切り株の椅子の上に座るのを確認した私も、恐る恐る切り株に座ります。

 ――クサッ。

「んぴぃ!?」そして切り株のささくれがお尻に刺さりました。地味に痛い。

「大丈夫ですか?」

「お……お気になさらず」

 私がそう言うと、少女は本当に気にする事無く先程の話の続きを始めました。……もっと客人を心配してくれてもいいのよ?。

「さて、風土病が魔素に反応するって事は話しましたよね?」

「えぇ……」お尻に刺さった、ささくれを取りながら私は返事をします。

「でもですね、実は今この村には魔力が必要なんですよ」

「どういう事ですか?」

 私の問いに、少女は後ろの謎の研究の痕跡を指差しながら言いました。

「私、風土病を止める為に、薬の開発をしているんです」

「ほう」

「で、その薬の効果を爆発的に高めるには、魔力が必要だと言う結論が出ました」

「ふむ」

「だから、最高品質の魔力を保持する、魔女である貴方に、薬の開発を手伝ってほしいんです」

 ……随分と突拍子も無い事を言う子ですね。後、魔力に品質は無いです。

 そもそも自分が風土病に掛からないと言い切れないし、魔法を使えないとなれば協力する人なんて普通は居ませんよ。きっと見返りも期待出来ないでしょうしね。

 と言うか、その前にやらなくてはいけない事もやっていません。本当に自分勝手な要求です。

「その前に、自己紹介くらいしたらどうですか?」

 私の言葉にハッとなった少女は、切り株から立ち上がると「すいません、焦り過ぎました」と言ってから、手を差し出して名乗りました。

「私、ルフランです。薬の研究をしながら墓守をやっています」

「エレネスティナです、呼び方はエレナで構いません」

 差し出された手を握り、握手を交わした私達は、改めて切り株に座り直しました。

「で、協力の話しなのですが……言い分が自分勝手な上にリスクとリターンが見合わない、オマケに魔女なのに魔法を使う事まで制限される。それで協力すると思いますか?」

「で、でも! この村に魔女が来る事は殆ど無い、エレナが来たのは最後のチャンスかもしれないんです!」

「ですが、そのチャンスの果てに私は風土病で死ぬかもしれない。貴女の言っている事が馬鹿げてる話だと微塵も思わなかったのですか?」

「…………………………………………」

「魔女だって人間です、見返りも無しに風土病に掛かるリスクを背負ってボランティアをする訳がない」

 言い返す言葉が出て来なかったルフランは、泣きながら俯いてしまいます。

「その言い方では、普通の魔女は協力しません」

「……分かり、ました。引き留めてしまって、すいませ――」

「おっと、早まらないでください?」ルフランの言葉を遮った私は、改めて彼女に手を差し伸べます。「私、普通の魔女は協力しないと言った筈ですよ?」

「はい、そう聞きました」

「ルフラン、そもそも村の中が危険だと分かった上で貴女と話す私が、普通の魔女に見えますか?」

「……?」

 涙を拭きながら、彼女はキョトンとした顔で私の事を見つめていました。

 私の性格を知ってる方なら分かるかと思いますが、誰かの為に頑張ってる人には無条件で手を差し伸べたくなってしまう、とても損な生き方をする親切馬鹿……それが私なのです。

「自慢では無いのですが、私は普通の魔女ではないのですよ」

 だから協力させてください、微笑みながらそういった私は、更に彼女の前まで手を差し出しました。

「ありがとう、エレナ」涙を拭いたルフランは、私の手を両手で包む様にして掴みました。

「風土病を無くす為に、頑張りましょう! ルフラン」

「はいっ!」

 こうしてルフランと共に風土病の薬を作る事になった私は、まずは風土病の病原菌がどういった物なのかを説明してもらう所から始めるのでした。

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