「いやぁ、まさかあの液体が爆発物だとは思いもしませんでした」

 あの後どうにか無事だった私は、時間逆転の魔法で周囲の物を直すと、ヘルトリスと共に遅めの朝食を取っていました。

「アタシだって驚いたよ。まさか知的好奇心の体現者みたいな魔女様が、錬金術を知らないなんて」

「魔女だからって何でも知ってる訳ではないですよ?」私は食事を口に運び、飲み込むと「興味は湧きましたけどね」と言います。

 因みに私達が食べている食事は、先程のマンドラゴラです。先生の弟子として過ごしてる時に食べさせてもらった事があるのですが、かなり美味しいのですよね。まぁゲテモノほど美味しいとか言いますし、マンドラゴラも多分その類でしょう……見た目はニンジンだし。

「で? 錬金術とは何をするものなのですか?」

 私の問いに、ヘルトリスはフォークを口元に運んで唸りました。

「簡単に言うと、合体……かな?」

「いや、ますます意味不明ですが……」

「例えばさ、魔法って言うのは魔力と自然の力で出来上がってる訳でしょ?」

「えぇ、元素に魔力を当てて、属性魔法にしますね」

「それと一緒だよ。魔力と元素は素材、魔女はこの2つを混ぜる釜って事」

「……ほぅ?」

 首をかしげながら返事をする私に、ヘルトリスはタメ息を吐いて椅子から立ち上がりました。

 そして食べかけのマンドラゴラと水を持って釜の前に移動した彼女は、ごほんと咳ばらいをしながら私を見ます。

「聞くより見た方が分かり易いかもね」

「見せてくれるのですか?」

 私の問いに笑顔で頷いたヘルトリスは、おもむろにマンドラゴラと水を釜の中に落とします。……詳しくは分かりませんが、分量が適当なのは駄目な気がする。

 そして釜の中を長い棒で混ぜ始めた彼女は、微量ではありますが魔力も注ぎ込みつつ、ゆっくりと棒を動かしていきます。

 しばらく釜を混ぜ続けたヘルトリスは、小さく「出来た」と呟きながら、釜の中に手を入れて何かを取り出しました。

「それは?」彼女の手の中にある、気味の悪い色の液体が入った瓶を見ながら私は聞きます。

「万能薬だよ。マンドラゴラの薬になる成分を水で液状化させたの、因みにこの瓶は食器を分解した後に再構築した物から出来上がってるの」

 そう説明するヘルトリスの声を聞きながら、私は深く頷きます。なるほど確かに合体ですね。

 見た事の無い業に感動しながら、私はヘルトリスに拍手を送ります。

「凄いですね! まさか残飯から薬が出来上がるとは!」

 私の純粋な褒め言葉が嬉しくもあり、むず痒かったのでしょう。彼女は視線を足元に落としながら小さく身悶えをしていました。

 そして「私ね……」と、釜に寄り掛かりながら何かを語り始めます。

「この力を使って色々な物を作りながら、近くにある村の人を助け続けてきたの」

「とても立派な事だと思います」

「でも……私の技術は未熟で、お母さんの様な凄い錬金術師になれなかった」

 落ち込みながら言うヘルトリスの隣に立った私は、今にも泣き出してしまいそうな彼女の肩を抱き寄せました。

「大丈夫、貴女はまだ子供でしょう? 直ぐにお母さんと同じ位の錬金術師になれますよ」

 慰めるように言った私でしたが、ヘルトリスは首を横に振ります。その顔から温かい雫を流しながら。

「無理だよ……私は一生、お母さんに追い着けない」

「諦めてしまったら、それこそ一生お母さんに追い着けません。まだ無理だと結論を出すには若すぎると思いますよ?」

「……だって」肩を震わせて泣きながら、ヘルトリスは言います。「お母さん……もう死んじゃったんだもん!」

 …………………………………………。

 配慮不足でした。この家の環境や彼女の発言、行動を思い返せば、既に親が居ない事は明白でした。

 何も掛ける言葉が浮かばなかった私は、正面に向き直ってヘルトリスを強く抱きしめます。彼女も甘える様に私の服にしがみ付き、涙でブラウスを濡らしていくのでした。


 暫くして落ち着きを取り戻したヘルトリスは、釜の前に座る私の腕を掴みながら、鼻声で自分の事を話してくれます。

 彼女の家は、昔から錬金術を生業とする家系だったそうです。世界の崩壊前、先祖は作り上げた物で沢山の人を救った事もあるのだと嬉しそうに言います。

 そしてこの優秀な血筋を途絶えさせない為にも、代々長男長女は錬金術を教わり、自分の子に全ての技術を継承していく、いわば一子相伝の様な風習があったのだとか。

 彼女のお母さんは、祖母に錬金術の全てを継承されていたそうですが、どうやらヘルトリスは何も教えてもらえていないそうです。今の錬金術は、全てお母さんの見様見真似で作った、劣化品だと言いました。

 だから、私は一生お母さんに追い着けないし追い越せないのだと、涙声で言いました。

「そうだったのですね」

「…………」

「でも、お母さんを越える方法なら残っていますよね?」

「え……?」

 驚いた顔をするヘルトリスの頭を撫でながら、私は言います。

「この錬金の力は、言ってしまえば人助けをする便利な業です。ならば、お母さん以上の成果を出せれば、それは貴女がお母さんを越えた証になる……そうは思えませんか?」

「……でも、それは代々継いできた錬金術じゃない」

 まぁ、この位の歳の子なら、まだ純粋で家族の事を第一に考える優しい子なら、継ぐ事に固執するのも仕方ないですよね。きっと継ぐ思いには、家族との思い出や、語られてきた今までの歴史などの温かい何かを感じてるのでしょうし。

 これは、あくまで個人的意見になるのですが、一子相伝は後の子の自由を奪う悪い伝統文化だと思っています。現にヘルトリスもその伝統で泣くほど苦しんでる訳ですから。

「良いではないですか。やり方が違うとしても、貴女は錬金術師……しっかり先祖の意思を継げていると私は思いますよ」

「……うん」

「それに、酷な事を言うかもしれませんが……お母さんはもう居ないのです。どうやっても、今までと全く同じ技法は二度と継げないのです」

「…………」

「だから、ここから新しい技法を継いでいけばいいのですよ」

 難しそうな顔をするヘルトリスの手を握りながら、私は優しい声で言います。

「焦らなくても大丈夫、私もお手伝いしますから」

「何も……お礼は出来ないよ?」

「いりませんよ」微笑みながら、彼女の頬を撫でて言いました。「誰かの為に頑張って錬金を続けるヘルトリスを、私は応援したいのです」

 暫く黙り込んでしまうヘルトリスでしたが、顔を上げた彼女からは決意めいた何かを感じました。そして私の顔を見つめながら「何かを掴むまで一緒に居るって、約束して?」と言います。

 そんな彼女に満面の笑顔で頷いて見せた私は、彼女の手を取って立ち上がるのでした。

「ヘルトリス、これからは一緒に頑張りましょう!」

「……うんっ!」

 こうして、私達の錬金生活が幕を開けるのでした。



 私がヘルトリスと共に過ごして数日が経ちました。

 今では少しですが、私も錬金術を教わって何かを作り出す事が出来る様になりました。……まぁ形はヘンテコなのですけどね。

 さて、あれからのヘルトリスなのですが、錬金術にとても精を出しています。私には分かりかねますが、彼女曰く「今は錬金の幅よりも、質を高める方法を模索している」との筝らしいです。なので拾って来る素材も、前以上に厳選しているのだとか。

「改めて思いますけど、ヘルトリスは賢くて偉いですね」

 椅子に座ったまま、私は錬金釜の前で何かをしている彼女の背中を見て言いました。

「急にどうしたの? エレナさん」

「貴女、まだ10歳なのでしょう? それなのに私よりも物事に詳しいし、錬金に取り組む姿勢が職人のそれです」

「……そんなに褒めると、甘えちゃうぞ」

「いつも甘えてるではないですか」私は両手を広げて言います。「さぁ、いつでも私の胸に飛び込んで来て良いのですよ?」

 冗談で言ったつもりなのですが、ヘルトリスは錬金を中断すると、小走りで私の傍に近寄り、一呼吸開けてから本当に飛び込んできました。

 そうですよね、気丈に振る舞っていたとしても彼女はまだ子供、本当は親に甘えたい歳でしょう。

 私は顔を埋めるヘルトリスを優しく抱きしめながら、頭を撫でます。

 彼女の錬金は確かに質が上がりました、でも失敗も増えてきています。そして失敗をする度に、彼女はお母さんと自分を比較している様でした。

 良くも悪くも、ヘルトリスは死者に……お母さんの後ろ姿に惹かれています。どうにかしてお母さんから離れなければ、彼女の成長は止まってしまうでしょう。

 私は彼女の頭を撫でながら、思考を巡らせます。そして、妙案が1つ浮かびました。

「ヘルトリス」

「なに? エレナさん」私の胸に顔を埋めていたヘルトリスは、抱き着いたまま私の事を見上げて聞きます。

「1日だけで構いません、私に貴女のお母さんをやらせてください」

「……どうして?」

「貴女は、まだお母さんに甘えたいのでしょう? 私だって甘えたいと思う事があるのですから」ヘルトリスの頬を撫でながら、私は言います。「でも、お母さんに甘える事は出来ない。居ない人に甘える術はないのですから……」

「そう、だね……」

「私も孤児なので、甘えたくても甘えられない環境に身を置いていました。だからこそ、私には貴女の苦しみが分かるのですよ」

「確かに、エレナさんがお母さんだったら……楽しいかもね」

 私から離れると、ヘルトリスは胸の前で手を組みながら「それじゃあ、お願いしても良い?」と聞いてきます。

 頷いた私は、彼女の両手を包み込みながら笑顔を見せました。

 お母さんの代わりになるとは言っても、私のやる事は殆ど変わりません。でも、お母さんがいると言う事実があるお陰で、ヘルトリスは一層私に甘えやすくなった筈です。これがキッカケで、お母さん離れが出来るといいのですが……。

 さてと、深呼吸をした私は、早速お母さんらしい事をやってみます。

「ヘルトリス、少しお散歩に行きましょう」

「……散歩? 良いけど、どうして?」

 私は笑いながら「深い意味はありません。娘との交流ですよ」と言い、台所に消えていくのでした。

 しかし『娘』ですか……。私は結婚する気もありませんし、子供を産むつもりもありませんので妙な気分ですね。

 でも、頑張る彼女の為になれるなら、私はお母さんだって演じてみせます。それこそ、出来るだけ本当の娘の様に愛して見せます。

「さて、お弁当は何にしましょう」

 ヘルトリスが喜んでくれる事を想像しながら、私は魔法で凍らせて保存していた食べ物を調理していくのでした。

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