母親を想う、小さな錬金術師のお話

 暖かな光が射し、優しい風が吹き抜ける午前中、アタシは山盛りにガラクタを入れたカゴを傍に置いて、世界が崩壊する前に使われていたであろう乗り物の残骸の上で転がって、ひなたぼっこを満喫していた。

「今日もいい天気だな~。こういった日には、何か素晴らしいアイデアが生まれる気がするよ」

 アタシはそう呟きながら、空に絵を描くようにして指を走らせる。だけどピンとくるアイデアは閃かない。

「う~ん、もっとこう……効率的に死んだ大地を蘇生薬で生き返らせる、画期的な何か……例えば、広範囲に振り撒く仕掛けとか、もっと効果範囲の広い薬とか、そう言った何かが閃けばな~」

 唸りながら空に指を滑らせるアタシは、ふと空を駆ける影を見上げた。

 鳥かと思ったそれは、なんと箒の上で屈伸をする器用な魔女だった。……いや何してるの?。

 アタシは箒の上で朝のストレッチを続ける魔女を眺め続ける。どうせなら足を滑らせて落ちてくれると面白いんだけどなぁ、とか期待をしながら。

「いっち、にー、さーん、しー」魔女は元気な声を出しながら上半身をひねる。

 ――ズルッ。

「……あっ」

 足を滑らせた魔女は一瞬だけ空中に留まると、スカートを押さえながら逆さまになって落ちていく。言わんこっちゃない。

 だけど流石は魔女。体が重力に引かれて落ちるのと同時に、箒を足に絡めて逆さ吊りになって難を逃れた。

 そしてその時だった、アタシは魔女と目が合ってしまった。……非常に気まずい。

「おはようございまーす」とりあえず挨拶をするアタシ。

 すると魔女も「おはようございます、いい天気ですね!」と、両手を振りながら返事をしてくる。スカートがめくれ上がってるぞー。

 ……さて! 面白い魔女も見たし、良い感じに頭もリセットできたし、そろそろ家に帰って仕事に取り掛かろうかな。

 アタシは立ち上がると、お尻に付いた埃を払い落として、改めて魔女に手を振ってから自宅に帰っていくのだった。大事な、大事なカゴを胸の前で抱えるように持ちながら。



「ふぅ、心臓が飛び出るかと思いました……」

 箒の上に座った魔女は、胸を撫で降ろしながら小さく息を吐きました。

 彼女の名前はエレネスティナ。この崩壊した世界を旅する少し変わった、お節介な程に優しい魔女です。

 そしてこの魔女、箒の上で運動をしていて足を滑らせるドジッ子でもあります。

 そんな面白さと面倒臭さの塊みたいな魔女の正体なのですが。

 実は私の事なのでした。

 箒に座り直してズレた三角帽子を被り直した私は、今さっき出会った10歳ほどの少女の事を目で追っています。というのも彼女、カゴに入れていた物が変だったのです。

 目に見える上の部分だけで、装甲車の残骸とか、ポリタンクとか、折れたライフルとか。少なくとも今を生きる人が使うような代物ではありません。

「あんな物、何に使うのでしょうね……?」

 暫く少女を見つめていると、彼女は淡い紫色の長い髪を左右に揺らしながら、瓦礫を退かして地面に向かって続く階段の中に消えていきます。アレです、崩壊前の戦時中に使われていた、一般人が避難する為の防空壕とか地下基地とかの類の階段でしょう。

 実際、防空壕とか地下基地を居住区にしてる人は少なくないです。ただ大きさの関係上、1家族しか住んでいなかったりします。大きい場所では複数の人と住み、小さなコロニーを形成していたりもしますが、それはかなりレアな話です。

 地下に住む、ガラクタをカゴいっぱいに集める少女……俄然何をしてるのか気になりますね。

「……少しくらい、お邪魔してもいいですよね? 行っちゃいましょう!」

 自分に言い聞かせる様に呟いた私は、ちょっとワクワクしながら少女の後を追い掛けて行くのでした。


 少女が降りた階段を箒に乗りながら低空飛行で進んでいた私は、気が付くと謎のアームに摘ままれて、何処かに連れ去られていました。……え? 何で?。

 とりあえずギャグみたいな捕まり方をした訳ですから、少しふざけた事でも言ってみましょうか。

「あ~れ~! さ~ら~わ~れ~る~!」

 …………。

 うん、言ってて恥ずかしくなったので、今のは無かった事にしましょう。

 アームに摘ままれたまま連行される私は、子猫ってこんな気持ちで連れて行かれてるのかなぁ、とか思いながら流れに身を委ねます。行き着く先に興味があったのです。

 暫く進んで行くと、アームは私を小さな部屋に投げ捨ててきました。

「痛ぁっ!?」

 頭から落ちた私は、ぶつけた場所を擦りながら周りを見ます。ふむ、薬やら火薬やらの匂いがしますね。という事は、ここは何かの研究所でしょうか?。

 立ち上がった私は、周囲の物を見回ってみます。かなり暗かったので、火の魔法を使って明かりを確保しながらの観察になります。

 結論から言うと、この場所には出入り口のドアの他には、何もありませんでした。……不思議な色をした大釜を除いて。

「この釜、一体何が入っているのでしょう……?」

 縁に手を置いて中を覗き込む私。不思議な魔力も感じますし、下手に触らない方がいいでしょうね。

「ふむふむ、ピンクと紫と赤と水色を淡くして、最後に白いインクを落としたかのような色ですね。まったく意味が分かりません」後、地味に臭い。

 さて、釜とは本来、何かを作る為の材料を入れる器です。ですが私が三人も入りそうな程の大きさの釜……一体何を入れるのでしょうか?。

「……物は試しです。とりあえず数日前に引き抜いたマンドラゴラと、誰かのアホ毛を――」

「ちょーっと待ったぁぁ!」

 私がカバンから取り出したマンドラゴラとアホ毛を、背後から大声を上げて突進してきた少女が奪い取ります。両方とも生物なので強く握らないでほしいですね。

 しかし私の考えなど気にも留めず、少女はマンドラゴラを地面に叩きつけて、アホ毛を千切る勢いで引っ張り続けます。

「貴女、この釜に何しようとしてるのさ!」

「何って……料理?」

「この釜は料理用じゃないし、ついでにマンドラゴラのアホ毛添えとか食べ物じゃない!」

「料理用ではない? それは失礼しました」私は帽子を取って頭を下げます。

 しかし料理用の釜ではないとなると、ますます意味不明な釜ですね。

 私が釜を不思議そうに見ているのが意外だったのでしょう、少女は釜の前に立つと、指を鳴らして部屋を明るくしながら私の顔を確認してきました。

「貴女、アタシの客じゃない……って、魔女様!?」

 驚いた表情で指を向ける少女に、私は「どうも」と軽く挨拶をします。

「……何してるの? 魔女様」

「いえ、貴女の荷物が不思議だったので、少し見学させてもらおうかと」重ねて私は言います。「後、私の事は魔女様ではなく、エレネスティナと呼んでください」

「エレネスティナ……それが貴女の名前なの?」

「えぇ、そうです。呼び難いのならエレナでも構いませんよ」

 私は「とりあえず、よろしくお願いします」と手を差し出しました。

 多少のギクシャク感も拭えませんが、それでも少女は「アタシはヘルトリスだよ」と名乗りながら、一応手を握り返してくれます。

 さて、挨拶も済んだ事ですし、少し踏み入った事を聞いてみましょうか。

「ヘルトリスは、ここに住んでいるのですか?」

「まぁね、ボロボロだけど商売をするには丁度いい大きさの家だよ」

「ほぅ、商人なのですね」

「大層な商人では無いけどね……」

 困りながらも笑って見せるヘルトリスは、例の大釜の縁を擦りながら呟きます。

「アタシはこれで、皆の助けになる商売をしてるんだ」

「釜で商売……やはり料理用ではないですか」

「違うってば!」ヘルトリスはわざとらしく咳ばらいをすると、小さく跳ねて両手を広げながら言います。「ようこそ、魔法錬金術師の錬金工房へ!」

 …………。

 えっと、何? 錬金?。

「…………」

「エレナさん、どう? 驚いた?」

「えぇと……すみません」私は縮こまりながら、顔の前に手を上げて言います。「錬金って……何ですか?」

 ……きっとこうなると分かっていました。私の反応が求めていた物と違い、不機嫌になるのも目に見えていました。

 みるみる顔を赤く染めていった彼女は、可愛らしく頬を含ませながら怒りを露わにしていきます。

 そして「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」と叫び、ヘルトリスはマンドラゴラを殴ってから、私に投げつけてきました。

 表情を歪めたマンドラゴラが、私の顔に向かって飛んで来ます。多分魔法で掛けた眠りが解けたのでしょう。

 一応解説なのですが、マンドラゴラは土に生えている植物です……多分。

 で、土から抜いた瞬間に泣き叫び、周囲の物を壊す災害植物でもあるのです。

 私はたまたま見つけたマンドラゴラを観察したいと思ったので、魔法で眠らせたまま引き抜き、その生態を見ていたのですが……どうやらヘルトリスが殴った際に目が覚めてしまったようです。

 つまり何が言いたいかというと……私の鼓膜、死んだかも。

 私の顔にマンドラゴラが張り付いた瞬間、このニンジンモドキは喚き散らし、周囲のありとあらゆる物の破壊行動を開始するのでした。

 そして私もマンドラゴラに負けず劣らずの悲鳴を上げていた事は、言うまでもありません。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と、マンドラゴラの悲鳴。

「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と、私の悲鳴が続き。

「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁい!」と、キレたヘルトリスが謎の赤い液体の入った瓶を投げ付けてきます。

 終いには謎の赤い液体は爆発し、周囲の物を色々と吹き飛ばしてしまうのでした。

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