馬車を丘まで走らせたヴァンは、着替える私に背を向ける形でサナを荷台から降ろしていました。

「さっきは、ごめんなさい……取り乱しました」

「構わないさ……俺の所為で酷い目に遭ったんだもんな」

 私の体の傷は思いのほか酷かったので、やむを得ず時間促進魔法で傷を癒しました。本当は老化が速くなるので、使いたくは無かったのですが……動けないのでは話にならないので、仕方ないです。

 さて、あまり気乗りはしませんが、馬車で何も聞けなかった分、ヴァンには色々と話してもらいましょう。1つひとつ、ゆっくりと。

「ヴァン、牢獄から出て行った後、何があったのですか?」

 ヴァンは私の方を向きな直りながら、馬車の荷台に腰を掛けて口を開きました。


 ベルグと共に牢獄から出て話をしていたヴァンは、彼の口から私の行く末を聞かされました。

 私は、この地域では珍しい髪と目を持っていたそうで、そう言った珍しい物好きにも需要があったそうです。

 そしてベルグの知る、奴隷を高額で買い取る富豪は、全ての奴隷を性処理に使い、数日で自殺に追い込んでしまう程に扱いが荒く、私もきっと自ら命を絶つだろうと予言を立てられてたのだとか。

 最初こそヴァンは、サナを救う為に私を見殺しにしようとしました。でも、無理だった。

 初めて会った時に見せてくれた優しさ、不安を掻き消してくれる様な笑顔、自分の事よりも相手を思いやる優しさ。私のその様な姿が、ヴァンの脳裏にこびり付いていました。

 あと何回、彼女を辛い目に遭わせるのだろう? 何回、裏切る様な真似をするのだろう? 彼女はサナを助け出す手伝いをしてくれたのに。本当は捕えるべき相手に情を掛けて、自らを危険に晒してくれたのに……。その思いにヴァンは支配されていました。

 そして、ベルグは私がどの様に汚されていくかも事細かく話し、味見をするとも言ったそうです。

 その話しを聞いた時、ヴァンの中で何かが弾けました。

 怒り、憎悪、殺意……それ以外にも言葉に出来ない思いが彼の中を駆け巡り、気が付いた時には……近くにあった石斧で、ベルグを殴り殺していたそうです。

 そしてベルグの馬車を奪ったヴァンは、この様な村が存在する事自体間違いだと思い、ランタンや松明を全ての建物に投げ入れ、抵抗してきた奴隷商人を石斧で殴り殺しました。

 そして全てを片付け、最後に牢獄へ戻ったヴァンは、自分の過去を語り、私に何かを刺そうとしているサナが狂っていると気付き、手元にあった角材で彼女を殴り倒しました。


「これが、君の前に現れるまでの経緯だよ」

 そう言い終わったヴァンが黙るのを確認した私は、彼の頬を思い切り叩きました。

「私の為とはいえ、貴方のした事は褒められた行動ではありません!」

「…………」

「でも」俯くヴァンを抱きしめながら、私は言います。「本当に、ありがとう」

「エレナさん……」

 …………。

 雰囲気が暗くなってしまいましたね、少し話題を変えましょう。

「そう言えば、ヴァンが私を鞭で叩いた時、私パンツ穿いてましたよね?」

「う、うん……それが?」

「ベットの上で目が覚めた時、私全裸だったのですよ」首をかしげて聞きます。「私のパンツ、どうしたのですか?」

 ヴァンは気まずそうな顔をしながら「言わなきゃダメ?」とか聞いてきます。当たり前でしょう、私のパンツなのですし。

 私が深く頷くのを確認したヴァンは、右手で目元を覆いながら口を開きます。

「……俺が、脱がしました。そんで捨てました」

「はぁ!? どうして!?」

「……濡れてたから」

「…………………………………………」

「その……覚えてないなら言わない方が幸せかと思ったんだけど……」

「えっと……何と言いますか……ご迷惑をおかけしました……?」

 私は赤くなった顔を隠す様に頭を下げました。理由はどうであれ、この歳でその……漏らすのは死ぬほど恥ずかしいのです。

「俺の所為だから、お願いだから頭を上げて」

「別に謝ってる訳ではありませんよ!」

 こっち見ないでください!、そう言いながら私はヴァンに背中を向けます。

「……これから、どうするのですか?」

左目に当てがわれたガーゼを剥がしながら、私はヴァンに問い掛けました。

「村には戻れないし、きっと奴隷商人の生き残りが俺達を恨んで追って来るだろう」再び馬車の荷台にサナを乗せながら、ヴァンは言います。「俺達の安住の地を探しながら、少し世界を彷徨ってみるさ」

 サナが一緒なら、辛い事は何も無いさ、そう笑いながら言います。

「それなら、先立つものが必要ですよね」

 そう言いながら、馬車に乗るヴァンの傍に近付き、私はカバンからチューベローズと言う花とクロユリをドライフラワーにした栞と、小さな袋と護身用に持っていた鉄製のナイフを2本取り出して、彼の手の上に置きました。

「……これは?」

「少ししかありませんが、餞別です」

 微笑みながら私は言いました。

「ほんと……何から何まで世話になりっぱなしだね」

「気にしないでください、貴方達が元気でいてくれるのなら、私も報われますから」

「ありがとう、エレナさん」自分のカバンにお金の袋と栞をしまったヴァンは、ナイフを見ながら聞いてきます。「このナイフ……鉄製だけど良いの?」

 私は微笑みながら頷きます。

「いいですか? 私はそのナイフを他人の血で染める為に渡した訳ではありません、貴方達が生きる……いや、幸せである為に渡したのです」

 その事を、どうか胸に刻んでおいてください、そう言いながら、私は馬車から離れました。

「……必ず、幸せになってくださいね?」

「分かってるよ、エレナさんとの約束だから」

「…………」

「俺さ、この後サナの目が覚めたら、彼女を満足させてあげようと思うんだ」

「…………」

「そしていつか、俺は彼女の全てを受け止めるし、彼女にも俺の全てを受け止めてほしいと思ってる」

「…………」

「それが叶ったらさ、またいつか会おう。その時に今回の事、色々とお礼させてほしいんだ」

「…………」

 私は微笑むだけで、何も言いません。

「それじゃ、名残惜しいけど俺達は行くよ」

 ヴァンはそう言うと、馬車を走らせていきます。

 サナを乗せた馬車が見えなくなるまで見送った私は、彼等とは反対方向に向かって飛んで行くのでした。……表情を暗くさせながら。


 ……国の図書館に置かれている昔話に、こういった内容の本があります。

 タイトルは『愛の一歩通行』。この物語は、歪んだ性癖を隠し続けた魔導士のカップルのお話です。

 このカップルは、パートナーに内緒で自身の性癖を色々な場所で発散し、欲求不満を解消していました。

 ですがある時、この二人の性癖は一人の悪い魔女によってバレてしまいます。この魔女は男性魔導士の性癖をよく知る欲求解消の為の女で、女性魔導士の親友でもあったのです。

 そして魔女は男性魔導士に恋をしていて、二人を別れさせる為にお互いの性癖をバラしたのです。

 その後、カップルの内輪もめに巻き込まれた悪の魔女は頭を割られて死んでしまいますが、今度は優しい魔女が出てきます。

 優しい魔女はカップルの内輪もめを止め、お互いを受け入れる事が出来る魔法を掛けました。

 そしてお互いを受け入れる事が出来たカップルは優しい魔女に感謝し、魔女も満足しながら、伝説の聖剣の破片から作られた杖を二人に渡します。これからも幸せであれと願いを込めた餞別として。

 優しい魔女がカップルの前から去って数週間後、魔女の掛けた魔法が解けた時、このカップルは死んでしまいます。死因は杖で心臓を貫かれた事でした。

 そう、結局歪んだ性癖はお互いに受け入れる事が出来ず、口論の果て殺し合いに発展してしまったのです。そして凶器は、幸せを願った魔女の渡した杖。

 魔女が善意で餞別として送った筈の杖は、カップルにとっては死に逝く者への手向けになってしまったのです。

 その後、二人の様子を見に戻った優しい魔女は、二人の墓の前で泣き崩れ、取り返しのつかない絶望の葉て、自ら首を切って死んでしまうのでした。おしまい。


 このお話、当時読んだ時には『善意が人を救えるとも限らない』と言う暗示を込めた本だと思い、この様な訳の分からない状況に巻き込まれに行く魔女も居ないと考えていましたが、今回の件……私の立ち位置は『優しい魔女』と似てないでしょうか?。

 だとすると、カップルの魔導士はヴァンとサナで、悪い魔女はベルグ、役者は綺麗に揃っています。そしてカップルが歪んでいる事も、悪い魔女がカップルを引き裂こうとしたのも、優しい魔女がカップルを繋いで、二人に餞別を送ったのも。

「…………」

 私は振り返る事無く箒を飛ばします。そしてヴァン達の事を思い出さない様、心に決めました。

 私の送った餞別が、死への手向けになってる所は見たくありませんから。

 私はまだ、取り返しのつかない絶望の果てに首を切りたくありませんから。

「さて! 振り返らずに前だけ見て進みましょう!」

 私は心に残ったモヤを振り払う様に頬をぺちんと叩くと、空を見上げながら飛んで行きます。

 そんな私が見上げる今日の空模様は、今にも雨が降りそうな鈍色だったのでした。

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