②
「えっとさ、何してるの……君?」
「何って、見ての通りですが」
私の箒の後ろに乗って、少し離れた村で布切れみたいな服を買ってきたヴァンは、丘の上に戻って来た時に、紐と合わせて布切れみたいな服を私に差し出してくれていました。
そして私は、ヴァンの前でおもむろに服を脱ぎ、その布切れを着てみていました。後は首に紐を結び付けて、奴隷ちゃんの完成です。
さて、布切れを着てみた感想ですが……丈がスカートよりも短い所為か、何も穿いて無い感じがして気持ち悪いです。しゃがんだらパンツ見えそう。
ヴァンはタメ息を吐いて言います。
「見ての通りって、君が奴隷の服を着てる様にしか見えないんだけど?」
と言うか、異性の前で服を脱ぐんじゃありません、そうボヤきながら、彼は視線を空に移して目を右手で覆い隠していました。
「そうです、ヴァンの見た通りの光景で間違い無いですよ」
私はその場で体をくるっと回しながら「似合います?」と聞きました。
「様になってるけどさ……奴隷は? 俺が買い物をしてる最中に君が用意するって言ってなかったか?」
「えぇ、ちゃんと準備出来てますよ」
「……何処にも見当たらないが?」辺りを見渡しながらヴァンは言いました。
「鈍いですねぇ……」首に巻き付けた紐の先端をヴァンに手渡しながら、私は言います。「私が、貴方の奴隷になるのですよ」
「はぁ!? 何言ってるんだよ!」
私の肩を掴みながら怒りの表情を露わにするヴァンの口に人差し指を当てて制止させた私は、彼の剣幕に戸惑いを覚えつつも笑って言います。
「冷静に考えてみてください、自ら酷い目に遭いに行く女性……世界中を探しても私位ですよ?」
「……君は酷い目に遭いたいってのか?」
そんなまさか、首を横に振りながら私は言いました。
「困ってる人が居て、私が助けてあげられるのなら、喜んで手を伸ばすし胸を貸す……それが私の生き方なのです」
後、この紐を思い切り引いてみてください、そう言いながら、私は目を閉じました。
すると次の瞬間、私の頭がガクンと揺れて息が止まりました。
首に巻き付けた紐が喉を潰す勢いで引き絞られます。自分で息を止めるのとは全然違い、ただただ恐怖を覚える苦しみと痛みが襲ってきたのです。
紐を緩めようと手を回しますが、ピンと張った紐が首に食い込んで緩める事が出来ません。
「ヴァン……紐……離し……死ぬ……」目に涙を浮かべながら、私はヴァンを見て訴えかけます。
私の声にハッとなったヴァンが紐を手放した事で、首に食い込んでいた紐が緩み、肺に酸素が供給されていきました。
「しっかり締まりますね。後は手を拘束すれば、奴隷の完成です」四つん這いのままむせ返った私は、涙とよだれを拭いながら言いました。
「ごめん、苦しかったよな……」
「気にしないでください。今から奴隷市に向かうのです、必要だと思ったら躊躇わずに絞めてくださいね」
「でも……」
優しさの片鱗を見せるヴァンに、私は強めの口調で言います。
「婚約者を救いたのでしょう? それなら覚悟を決めてください」
ヴァンは辛そうに俯き、両手を強く握りしめていました。
「一思いにやってくれないと、私も辛いのです。だから婚約者の為にも、私の為にも、躊躇いは捨ててください……お願い」
覚悟を決めたヴァンは「……分かった」と言うと、私を抱きしめながら頭を撫でました。
「ありがとう、エレナさん」
感謝の言葉に心が温かくなった私は、微笑みながら彼の背中に手を回して軽く叩きます。
「行きましょう」
〇
難なく村の中に入る事が出来た私達は、早速ヴァンの婚約者を探し始めました。
村の中は質素な作りで、大体が破れかけたテントを家にしている様でしたが、商人の止まるであろう宿と医療施設、焼却場と奴隷の売り出し会場は豪勢な作りになっている様に見受けられます。
露店等も出ている訳ではなく、本当に『奴隷の売買をする為だけ』の村……そう言った感想しか出てきません。
アルコール臭と生臭い何か、後は不潔な人の特有の臭いとアンモニア臭で吐き気が酷いです。……これは早急に出て行きたい所。
因みに私は奴隷という事なので、本当はむやみやたらと単独行動を取る事は推奨されません。なので『ご主人様の命令で、探し物をしている』と言う肩書を作りました。
「婚約者の見た目は、どの様な特徴があるのですか?」
村の中に1軒だけ建つ大きな宿屋で作戦を練り始めた私は、ヴァンと色々な打ち合わせをしていました。
例えば、目標の婚約者を見つけ出した後の脱出方法とか、ヴァンが奴隷商人では無いと疑われた際に、私に振う暴力の種類とか、私が魔女だとバレた際の言い訳に、折れた杖みたいな木の枝を用意したりとか、そう言った対策です。
そして大体の対策を取り終わっていた私達は、外が少し暗くなってくるのを見計らって、最後の確認を取っていた訳です。
「俺の婚約者の名前は、サナ。髪と瞳は黒で、肌は白い」
「ふむ、典型的な東洋人の末裔ですね。先祖は日本人でしょうか?」
「さぁね……昔の事は忘れたがってるから、あえて触れない様にしていたんだ」
「そうですか」暗い表情をするヴァンに、私は続けて聞きます。「髪の長さとか、大体の身長とかは?」
「どっちも君と同じ位だよ、身長は彼女の方が高いけどね。体格も君と同じ位だけど、胸はもっと大きかった」
胸は君の5倍の大きさだ、間違いない、彼は自信満々にそう言います。
…………。
男性って、本当に女性の胸しか見ないのですね……。私は髪の方が自信あるので、そちらを重点的に見てほしいものですが。
とりあえず情報の整理が出来た私達は、早速行動を開始し始めるのでした。
二手に分かれてサナを探す事にした私達なのですが、形だけでも奴隷を装っておかなくてはいけないので、首からは紐が垂れ下がり、両手は体の全面で拘束されています。転んだら立つのが大変そうですし、気を付けて歩いています。
しかし私は奴隷、商人に目を付けられると悪質な嫌がらせを受けます。
「おい、奴隷」
「……?」なるべく感情を殺した顔を作り、声を掛けてきた男性を見上げます。
するとこの男性、急に服の上から私の胸を掴んできたのです。
急な事に驚いた私は、半歩後ろに下がって男性から距離を取ろうとします。しかし胸を掴まれて恥じらう態度が気に入らなかったのでしょう、私の首に繋がった紐を掴んだ男性は、その紐を思い切り引き絞ってきたのです。
「がっ……!」苦しみの声を上げながら男性の前に跪く私。
「奴隷風情が逃げようとするんじゃねぇよ!」
男性はそう言うと、私の背中を木の棒で叩き、正面から首を掴んで持ち上げてきました。
反射的に抵抗しようと手を動かす私ですが、縛られていて上手く動かせません。
睨み付ける様に男性を見ると、楽しそうな表情を浮かべながら血のこびり付いたナイフを私の胸元に突き付けています。抵抗するなら刺すぞ、と……そういう脅しなのでしょう。
本当なら風魔法で縛ってイカダにでも乗せて漂流させてしまいたい外道ですが、その様な真似をしたらヴァンはサナを見つける事が出来なくなってしまいます。
大変遺憾ではありますが、今は怯えたふりをして無抵抗のままでいましょう。
目を閉じて体の力を抜いた私は、嘘泣きをしながら涙を流して見せます。
脅しが効いたと勘違いし、その事で満足したのか、男性は鼻息を荒くしながら私の体をくまなく触っていきます。しかも服の上からではなく、直に触れて来るのです。
「……っ!」ビクッと体を動かして、触られるのを嫌がる私。
その時でした、男性は私の太ももを擦ると、そのまま腰に手を滑らせてパンツに指を掛けてきたのです。
「止めて……ください……!」
「うるせぇ!」
更に強く首を絞めつけられた私は、うめき声を上げるだけで何も抵抗が出来なくなりました。
周りに人は居ますが、誰もかれもが私が襲われてるのを見て見ぬフリしています。
それもそうでしょう。だって、ここに居る人達は、奴隷に人権があると微塵も思っていないのですから。
奴隷にされた人達を、人間だと認識していないのですから。
まともな抵抗も出来ないまま、私のパンツは少しずつ脱がされていきます。
体が震えます、演技ではなく本当に涙が溢れ出してきます。
……ヴァン、助けてっ!。
パンツを脱がされ、布切れをたくし上げられそうになったその時でした、不意に男性の動きが止まりました。
恐る恐る目を開けると、そこには息を切らしたヴァンの姿が。
「……兄ちゃん、誰だ?」
「……彼女は俺の所有物だ、勝手に手を出すのは控えてもらおうか」
ヴァンはそう言うと、男性から私を引きはがしました。
ホッと一息つくと、一気に涙が溢れてきます。頭で思ってた以上に、心は恐怖に押し潰されていたようですね。
「ごめんなさい、見つけられませんでした」私は小声でヴァンに謝りました。
しかし彼は私を心配そうにしながらも、少し微笑みながら頷いて見せます。察するに、彼は自力でサナを見つけた、そういう事なのでしょう。
さて、後はサナを助け出して村から脱出するだけです。
そう思っていた時でした、パンツを穿き直した私の首の紐を掴むヴァンの肩を、先程の男性が掴んで動きを制止しました。
「何だ?」不機嫌そうにヴァンは男性を睨みます。
「いやな、兄ちゃんが本当にこの女の主なのか、少し気になっちまってな?」
「…………」
「もし兄ちゃんが本当の主じゃないなら、俺が貰って可愛がってやりたいんだよ」
私のはだけた胸元を見ながら、ニタァと気味の悪い笑みを見せた男性は、背後に引き連れた奴隷から鞭を受け取りました。
「……アンタが彼女を欲しがってるのは分かった。だがコイツは俺の所有物だ、アンタに譲る気はない」
「そうかい。だがこっちも引きたくないんでね、兄ちゃんが女の主である証を見せてくれりゃ、俺も引き下がろうじゃねぇか」
「どうすればいい?」
ヴァンの問いに、男性は鞭を投げ渡してきます。
「鞭ってのはな、死ぬほど痛いんだ。それで叩かれても奉仕出来るほどに『従順』なら、俺の入り込む隙はねぇだろ?」
「…………………………………………」ヴァンは鞭を拾い上げ、私の目を見ます。
「……お願いします」私は微笑みながら彼を見ました。
大丈夫。この胸の傷より痛い事なんて、そうそうありません。死なない怪我程度の痛み、ヴァンとサナの笑顔が見れれば吹き飛ぶ筈です。
その場でヴァンに背中を向けて膝立ちになった私は、胸の前で手を組んで目を閉じました。
「やるぞ」
私は無言で頷きます。
正直……怖いです。それでも誰かの為になるなら、私は恐怖すら耐え凌いでみせましょう。
ヴァンが数回の鞭を素振りして、動きを止めました。
そして風を切る音が聞こえた瞬間、私の背中には想像以上の激痛と、痛みによって引き起こされた呼吸困難が襲い掛かってきたのです。
「が……ああああああああああああっ!!」
体を仰け反らせて私は倒れ込みます。しかしヴァンは、首に繋がった紐を思い切り引いて無理矢理立ち上がらせると、間髪入れずに鞭で叩いて来たのです。
痛みに絶叫する私の視界は、少し白みがかっています。
叫んで息を吐くのに、上手く呼吸が出来なくて酸欠になっているのが自分でも分かりました。
……既に意識が朦朧としていて、何も考えられません。何処が痛いのか、どれだけ叫んでいるのか、既に分からなくなっています。
でも、私の成すべき事だけは、しっかりと分かっていました。
自力で体を起こして膝立ちになった私は、縛られた両手をヴァンの方に向け、乞う様に振る舞いました。
まるで、彼の心が抱く狂った悪意を欲する様に。
まるで、彼の振るう無邪気な暴力を求める様に。
「……もっと、ちょうだい?」私は微笑みながら、彼の全てを求めました。
狂気を感じさせる人の様に漆黒の笑みを浮かべたヴァンは、自分の心の中に芽生えた全ての狂気を、その鞭を握った右手に集め、大きく振りかざします。
「いいですよ? 全部、私にぶつけて?」
ヴァンが腕を振り下ろし、風を切り裂く音から少し遅れて、良く撓った革製の鞭が私の眼前に迫ってきました。
次の瞬間、肉の弾ける音と共に、私の視界の左側が闇に包まれます。
それでも私は、微笑みながら彼に両手を差し出し、彼も応える様に、何度も何度も何度も何度も、鞭で私の体を傷付けました。
そして最後の一撃、周囲のざわめきを掻き消すほどの鞭打ちの音と、この世のものとは思えない少女の悲鳴が村に響き渡ったそうですが、何度も意識が飛んでは痛みで無理矢理起こされるのを繰り返して頭がおかしくなっていた私は、その事実を覚えていないのでした……。
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