婚約者を取り返す、勇敢な青年のお話

小さな村の、小さな小屋の中。貧しいながらも暖かな生活空間が広がる部屋の片隅で、ランタンの明かりに照らされて不審な影が映し出されていた。

「止めろ! 彼女を連れて行かないでくれ!」

 大柄な男性の陰に、痩せ細った男性がしがみ付く。だが大柄な男性は、痩せ細った男性など気にも留めず、まるで寄り付く虫でも払うかの様に手を振ると、そのまま痩せ細った男性を吹き飛ばした。

「諦めな。家賃が払えないのなら、代わりになる物を払うしかない」

「だからって……彼女を連れていく事無いだろ!」

 痩せ細った男性は再び大柄な男性に果敢にも突進するが、結果は分かり切っている。もちろん、痩せ細った男性が弾き返されたのだ。

「~~っ!」大柄な男性に担がれた、顔に麻袋を被せられた女性が何かを訴えながら背中を叩く。

「とにかく、諦めるんだな」

「…………」

 弾き飛ばされた拍子に後頭部を何かにぶつけた痩せ細った男性は、倒れたまま無気力に視線を女性に移す。

 視界が徐々に闇に包まれていく痩せ細った男性は、必ず女性を助けに行くと誓い、気を失ってしまうのだった。



 鈍色の空の下を、一人の魔女が飛んでいました。

 彼女はマジックの練習なのか、箒の後方に座り、前方で彼女の事を眺めている鳥に何かを見せていました。

「はい、右手にあった筈のパンの破片は~」魔女は握りこぶしにした両手をとん、とぶつけて言います。「何と、左手に瞬間移動していたのでした!」

「ピィ、ピィ、ピィ」鳥が魔女の顔を見ながら、つぶらな目で何かを訴えています。

「分かってますよ」

 魔女は左手に持っていたパンの破片を、鳥に差し出しました。すると鳥は、パンの破片を奪う様についばみ、飛んで行ってしまいます。

 魔女は鳥に笑顔で手を振りながら「これでは子供も楽しませてあげられませんね」と呟き、カバンから取り出した白紙の魔導書に魔法の杖で何かを書き綴っていきました。

 さて、マジックの面白さが分かる筈の無い鳥に、子供向けのマジックを披露していた魔女なのですが。

 その正体は、私なのでした。

 上唇に杖を挟んだ私は、思考を巡らせます。

 最近、旅先で子供に出会っても、あの子達を楽しませてあげる事が出来ていないと気付き、何か出来ないか考えていたのです。だから魔女らしくマジックでも披露したら、楽しませる事が出来るかなぁ、と思ったので、急きょマジックを練習しているのでした。


 あれでも無い、これでも無いと、マジックのネタを考えながら空をふよふよ飛んでいた私は、前に国の図書館で読んだ救いの無い内容の本の事を、ふと思い出していました。

 私は基本的に読んだ本のタイトルを、魔導書の端に書いているのですが、この思い出したお話は救いがなかったので、魔法で消してしまっていました。

 ですがマジックのネタを書いていたページが、丁度そのお話のタイトルを書いていたページだったので、思い出してしまった訳です。

 タイトルは『愛の一歩通行』。この物語は昔起こった実話で、歪んだ性癖を隠し続けた魔導士のカップルのお話です。

 このカップルは、パートナーに内緒で自身の性癖を色々な場所で発散し、欲求不満を解消していました。

 ですがある時、この二人の性癖は一人の悪い魔女によってバレてしまいます。この魔女は男性魔導士の性癖をよく知る欲求解消の為の女で、女性魔導士の親友でもあったのです。

 そして魔女は男性魔導士に恋をしていて、二人を別れさせる為にお互いの性癖をバラしたのです。

 その後、カップルの内輪もめに巻き込まれた悪の魔女は頭を割られて死んでしまいますが、今度は優しい魔女が出てきます。

 優しい魔女はカップルの内輪もめを止め、お互いを受け入れる事が出来る魔法を掛けました。

 そしてお互いを受け入れる事が出来たカップルは優しい魔女に感謝し、魔女も満足しながら、伝説の聖剣の破片から作られた杖を二人に渡します。これからも幸せであれと願いを込めた餞別として。

 優しい魔女がカップルの前から去って数週間後、魔女の掛けた魔法が解けた時、このカップルは死んでしまいます。死因は杖で心臓を貫かれた事でした。

 そう、結局歪んだ性癖はお互いに受け入れる事が出来ず、口論の果て殺し合いに発展してしまったのです。そして凶器は、幸せを願った魔女の渡した杖。

 魔女が善意で餞別として送った筈の杖は、カップルにとっては死に逝く者への手向けになってしまったのです。

 その後、二人の様子を見に戻った優しい魔女は、二人の墓の前で泣き崩れ、取り返しのつかない絶望の葉て、自ら首を切って死んでしまうのでした。おしまい。

 ……思い返してみても、モヤモヤした何かを残す実話を元にした昔話ですね。


 その様な事を考えて空を漂っていた私は、とある村の傍に近付いてる事に気付きました。

「……ここは、来たくなかったですね」

 苦い顔をしながら村を見下ろす私は、厳重に管理された村の門の前に列をなして並ぶ人達を見て言いました。

 私では手に負えないのが分かり切っていたので、嫌な噂が絶えないこの村には近付かない様にしていたのですが、知らず知らずの内に来てしまっていたみたいですね。

 この村は、簡単に言えば奴隷を売買する事で金銭を得ている村です。

 もちろん、人の売買は禁止行為です。ですが国の魔導士や魔女が証拠を探りに行っても、瞬時に奴隷と商人を村の何処かに隠してしまうので、彼等を捕える事が出来ずにいました。

「魔道協会の魔導士が総出で探しても、証拠を見つけ出せないのです……私には何も出来ません、ごめんなさい」

 そう呟いて足早に村を通過しようと思った私は、村から少し離れた丘の上に男性が立っている事に気付きました。見た限り、彼は奴隷商人ではなさそうです。では、このような場所で何をしているのでしょう。

 気になった私は、丘の上まで高度を落として、男性に話し掛けます。

「こんにちは、このような場所で何をされているのですか?」

 私の急な挨拶に戸惑った男性は、急に座り込んで頭を下げてきます。

「魔女様! どうか俺を捕えないでください!」

 …………。

 私、人を取って食う様な、おぞましい顔をしている自覚は無いのですが……そこまで鬼みたいな顔をしてましたっけ。

 魔法で鏡の様に反射する板を作り出した私は、その板に笑って見せます。

 鏡に映しだ出された少女は、髪をふわっと小さく揺さぶりながら年相応の可愛らしい笑顔を浮かべています。うん、怖い顔をしているわけではなさそうです。

 だとすると、魔女を恐れる理由は1つしか思いつきません。

「貴方、奴隷商人なのですか?」

「いえ、今はまだ違います! でも、あの村に用があるので、入る為には奴隷が必要なので、協力してくれる人を探して奴隷商人の真似をする予定ですごめんなさい!」

 わぁお、魔女である私に犯罪宣言をする辺り、彼は根っからの善人か、はたまたおバカさんなのでしょうね。

 タメ息混じりに、私は聞きます。「あの村に用事とは?」

 今も尚、座ったまま頭を下げ続ける男性は、全てを説明してくれました。


 遡る事数ヶ月前、彼は婚約者の女性と共に小さな村で生活していたそうです。

 裕福でも無ければ、家畜を飼っている訳でも無い。婚約者と共に狩りに出掛けても、捕えられるのは小さな野兎だけ。身も蓋もない言い方をしてしまうと、とても貧乏でした。

 それでも、恋人と共に過ごす日々は幸せで、毎日が温かかった、男性はそう語ります。

 しかし、貧しくも幸せである彼と婚約者の元に、最悪は舞い込んできました。

 彼の住む村に、突如として大金持ちの人が越して来て、村長に村を多額のお金で買い取らせてほしいと頼んだそうです。

 村長は村の発展を考えて、大金持ちに村長の座と村を明け渡しました。そして……それが彼の地獄の始まりだったのです。

 この大金持ちは、元村長を村から追放すると、残った住民に土地代を請求する様になりました。

 他の皆はお金の代わりに食料や鉱物を献上し、難を逃れていたそうですが、貧しい彼には、何も差し出せる物が無かったそうです。

 そんな時でした、大金持ちは何処かから大柄な男性を呼びつけ、彼の婚約者を献上品として何処かに連れ去ってしまいました。

 村を出た彼は、何日も何日も婚約者を探し続けました。

 そして彼は、ある情報を耳にしたのです。

 ――その婚約者に似た女性を奴隷商人が連れていた、と。

 やっと足取りを掴んだ彼は、婚約者を助け出そうと村に入ろうとしたそうですが、奴隷商人以外は通行料に法外な額を請求されて、村の中に入るのを断念していたとの事でした。


「なるほど、だから奴隷商人の真似をするのですね」

 男性は相も変わらず地に伏せたまま、地面にぽたぽたと涙を零しています。

 …………。

 やれやれ、私のやりたい事を考えると、客観的に見なくても極度のお人好しですよね。自分で自分にタメ息が出ます、と言うか呆れます。

 私は肩を震わせる男性の前に箒から降りてしゃがむと、彼に手を差し出しました。

「私、エレネスティナです。エレナと呼んでいただいて結構ですよ」微笑みながら私は問い掛けます。「貴方は?」

「……俺は、ヴァン」

 彼は差し出した私の手を取り、立ち上がりながら言いました。

「それではヴァン、あの村に入るお手伝いをさせてもらいたいので、着いて来てもらっても良いですか?」

「……えっ?」

 私の申し出に、彼は呆けた顔のまま固まってしまいます。

「だーかーらー、私が奴隷を準備しますから、貴方は奴隷っぽい服と、奴隷を繋ぐ縄を準備してほしいのですよ!」

 ポカンとする彼とは対照的に、私は自信に満ちた表情を彼に向けているのでした。

「ほら! 善は急げです。早く行きますよ!」

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