先生の家に戻ると、使用人が手を叩いて私を迎えてくれます。先生曰く、凄まじい戦闘に感動した――との事でした。……だとすると最後の最後で恥ずかしい姿を見られてしまいましたね。

 さて、先生の要望で昼食にステーキを作った私と使用人は、久々に見る牛肉の脂身に固唾を呑み込みました。……美味しそうです。

 そして三人で仲良くステーキを頬張った私達は、幸せに包まれながら寛いでいました。はぁ、お肉って幸せの味だと思います。

 暫く寛いでお腹も落ち着き始めた頃、私は先生との戦闘で体が汚れてる事に気付きました。

「私、体洗ってきますね」二人にそう告げると、私は着替えを持ってお風呂場に向かいました。


 その後、これからの立ち振る舞いを考えてた私は案の定長風呂になり、湯船に水没してないか心配になったであろう使用人が確認に来てくれたタイミングでお湯を出ました。

 そして先程まで座っていた椅子の場所まで戻ると、何やら大きさの異なる袋が二つ置かれています。

 そして袋には「プレゼント」と書かれているあたり、恐らく先生か使用人からの私に当てた物なのでしょう。

「お、上がって来やがりましたですね」先生が自室から顔だけを覗かせながら声を掛けてきます。「それは使用人がお前の事を考えて選んだプレゼントだそうです」

「使用人が?」私は頭に疑問符を浮かべながら、小さな方のプレゼントを開けました。

 すると中からは可愛らしいマリーゴールドが描かれたピアスと、猫が大切そうにハートを抱きしめるネックレスが出て来ました。ネックレスは嬉しいですがピアスは……耳に穴を開けるのが怖くて手を出した事がないのですよね。

 そしてきっと先生から私の好みを聞いたのでしょう。使用人の選んだ物は、本当に私好みの物だったのです。嬉しいです。

 さてさて、お次の大きなプレゼントなのですが……何と中からは上物の魔女が着るローブが出てきます。触り心地が滑らかで肌触りがいいですね。

 私はリディとの決闘でマントと帽子を失っていました。なので純粋にこのプレゼントはありがたいと思いました。

「ありがとうございます、使用人。大切にさせて頂きますね」

 私が微笑みながら気配を感じた方に向かって言うと、嬉しそうに頷いた様な気配を感じました。

「所でエレナ」先生は何かの作業を終え、私の前に移動しながら聞いてきます。「聞こうと思って忘れてたですが、私の隣に立つって、どう言う意味です?」

 …………。

 正直、今話すのは使用人も聞いてる事ですし少し恥ずかしいです。

 ですが昔から先生の隣に立てる様になりたかったのは事実ですので、私は少し声を籠らせながら呟く様に言いました。

「……尊敬する人の背中を追い掛ける人なら、同じだけの実力を身に付けて横に並びたいと思うのは普通ではないですか」

「エレナは十分強いですよ?、セコい事しても蹴り倒せなかったですし」

「それでも、戦う事を主軸にする先生の隣に立つなら、私も戦って互角にならないと隣に立てないのですよ」

「……頭のいい奴は何考えてんのか分かんねぇです」

 …………。

 先生はその事が聞きたかっただけらしく、話が途切れると「私も軽く体を洗ったら昼寝するです。お前たちは好きにしてていいですよ」そう言い残して部屋を出て行ってしまいました。

 私は椅子に座ると、プレゼントのピアスを手の上で遊ばせながら使用人に言います。

「私、とある村でレーナと言う女の子にあったのですが、彼女に箒と杖をプレゼントしたのですよ」

「…………」使用人は座る私の肩に手を当てながら話を聞いてくれています。

「彼女、プレゼントを喜んでくれていました。泣く程に嬉しかったそうです」

「…………」

「最初はよく分かっていませんでした。貰い物で心を打たれる程に嬉しい事など、そうそう無い――そう思っていたのですが」私は使用人の手を優しく覆うと、口角を上げて言います。「貰ってみると、本当に嬉しいものですね……ありがとう」

 私のお礼を聞いた使用人は、背後からそっと私を抱きしめてきました。喜んでもらえると、プレゼントした側も嬉しくなるのですよね。私もレーナの喜ぶ顔を見て嬉しくなったと記憶しています。

 さて、今日も先生の家でゆっくりしようと思っていた私は、夕飯を終えてお風呂を済ますと、自室で椅子に座って机の上に置かれた鏡と睨めっこしていました。

「…………」覚悟を決めた様な表情で横髪をたくし上げた私は、ヘアピンで髪を固定して少し横を向きました。そして――。

 ――パチンッ。

「うっ!」

 室内に無機質な弾ける音が聞こえ、それと同時に恐怖と痛みを感じた私のうめき声も上がりました。

 ぽたりと赤い雫が肩に零れます。

「……よしっ」ちょっと顔をしかめた私は、そのまま反対側の髪もたくし上げ、少し横を向きながら目を細めました。

 ――パチンッ。

「いっ!?」

 目元に溜まった涙と肩に零れた血を拭いた私は、鏡の前に置かれてた物を手に取り、そのまま作業を続けます。

 そして作業が終わった私は、緊張によって疲弊した体を休ませる様に布団に沈み込み、深い眠りに落ちるのでした。


 次の日の朝、私は朝食を作る為に早起きしていました。

 とんとん――と、調理場からは包丁がまな板に当たる音と共に、美味しそうな匂いが立ち込めています。

 鼻歌を歌いながらリズミカルに手元を動かしていると、不意に居間の方から視線を感じました。どうやら使用人が居るみたいです。

「おはようございます。今日の朝食はカレーですが……重いですか?」

 ――ブンブン。

 首を横に振る気配を感じます。先生は朝からごってり系の物を好んで食べる為、朝からエプロンがほんのり油臭くなる事も珍しくありません。その為、先生の元に居る人達の胃袋は強制的に頑丈になっていきます。そう言った意味では、使用人も先生のごってりに毒されてるのでしょね。……同情しますよ。

 さて、私は朝食を取らずに出て行くつもりだった為、二人分のカレーを作りました。

 そして準備が終わった私は火を止めると、エプロンを外してローブを着ながら箒と杖を手に取ります。

「……ねぇ」

 初めて使用人が声を掛けてきました。綺麗な声ですが、どこかで聞いた事がある気がしますね……誰でしたっけ?。

 そんな風に悩んでると「それ、着けてくれたんだ」と一言。

「え?、あぁ、ピアスとネックレスの事ですか」私は耳に着けたピアスを指先で少し弄りながら聞きます。「どう?、似合います?」

「うん……綺麗だよ」

「――っ!?」私は思わず口元に手を当て、照れる様に頬を赤らめながら「あ、ありがとうございます……」と呟きました。

 不意に真剣な声で「綺麗だよ」と言われると……アレですね。とてもドキッとする。

 そうこうしながらも玄関前まで移動した私は、先生宛に木版に字を掘っていました。紙もあったのですが、少し使うのが勿体無く感じたので木版に綴ります。

 本当は声を掛けてから出たかったのですが、先生は寝起きが悪いです。下手に声を掛けると魔法で吹き飛ばされかねません。

 そして絶対に言っておきたかった事を書き終えた私は、使用人に挨拶をすると家を出て行きました。

 強い日差しが目に入り、私は体を逸らせながら右手で視線を遮ります。今日は良く晴れていますね、最高の旅日和です。

 そんな時でした、私の頭の上にフワッと何かが落ちてきたのです。

 眩しさが消えた様に感じた私は、ゆっくりと目を開きます。すると視界の端には黒い帽子の鍔が。

「……これは?」頭に被せられた三角帽子を手に取った私は、空を見上げました。

 すると屋根の上には先生が座っていて「くれてやるですよ」と言いながら、急に飛び降りてきました。

「エレナ……前にも話したですが、お前『流星の魔女』を継ぐ気はねぇですか?」

「前にも話しましたが、絶対に継ぎません。私は『星屑』で十分です」

「どうしてです?」

「…………」私は少し黙り込み、貰った三角帽子を深々と被りながら言います。「流星って、流れ星ですよね?。それに対して私はデブリ……宇宙を漂うだけの存在。流動する事は無い」

「…………」先生は黙って聞いてくれています。

 そんな先生の横を通り過ぎながら、私は箒の上に乗って眩しい空を見上げます。

「そう、私は漂うだけなのです。だから私より高い場所に居る先生は……『流星』はいつか、『星屑』の元まで落ちて来る」

「…………」

「本気の先生と戦って分かりましたから。私が本気で戦っても、先生の足元にも及ばないって」

 先生は首を振りながら私に近付くと、額にチョップを当ててきます。

 ですが私は先生のチョップを防ぎ、その少し冷たい手を握りしめました。

「言いたいことは分かっています。先生と私の戦いは……魔法の在り方は違うと言いたいのでしょう?。ですがそれを踏まえても、私は先生に並べません」

 だから、私は先生が落ちて来るのを待とうと思います。――そう、笑顔で言いました。

「だから、待ってます。先生が来てくれるのを、いつまでも」

 私はそれだけ言い残すと、先生にお辞儀して飛んで行くのでした。



「行っちまったですね」私は青空の遠くに見えるエレナの姿を見ながら呟いた。

 そう言えばエレナに私の事を白状しようと思っていたが、すっかり忘れていた事を今になって思い出した。追い掛けるのも面倒だし、また会った時に話せばいいですか――そう思いながら私は使用人と家の中に戻る。

 そして使用人なのだが、本人の希望という事もあってエレナの前では使用人と言っていただけで、実は二人目の弟子だったりする。

 そして玄関付近に置かれたエレナの文字が綴られた木版を読んで、燃やして破棄をする。

 内容は裏の魔女の事に関する報告だった。何でもエレナの姉だかのリディって魔女が、裏の魔女と接触したそうで、その時に聞いた事とエレナ自身の裏の魔女に対する思いや対策、本当の活動目的に迫る事が書かれていた。

 エレナの考察能力は高い、普通なら裏の魔女の本当の目的が偽りだなんて思いもしないだろう。だけど裏の魔女は秘匿主義の集団、なのに目的の情報だけが漏れてるのは不自然だと考えての考察だった。

「アイツ、変な事に巻き込まれねぇといいですが……」

 私は呟きながら自分の魔法研究をしている部屋の椅子に腰掛けた。ギシッと軋む音がしたが、私が重い訳ではなく年季なだけだ。

「それにしても、エレナは強くなりやがったですねぇ」

 これじゃあ追い抜かれるのも時間の問題です――そう呟きながら写真立てを手に取り、私と一緒に映る迷彩柄のコートを着る男性の顔を指で撫でた。

「……お前の残したかった種子は、既に私のお守りを離れる程に強くなったですよ」

 ぽたぽたと涙がガラス越しの写真に零れた。涙が出たのは久しぶりに感じる。

 それもそうだろう、今までは彼の事を思い出さない様にしていたのだから。

 だけど今日は特別。弟子が感動する程に強くなっていて、優しくなっていた。彼の、そしてエレナの両親が願った通りの優しさを持つ子に育っていた。

 ……これ程嬉しくて、今を生きる私が報われたのは初めての事だった。

 暫くすると、彼女がハンカチを差し出して来た。

「ありがとう」私はお礼を言いながらハンカチで涙を拭い、彼女を見た。

「どういたしまして、先生」

「……お前も私を師匠や姉とは呼んでくれやがらないのですね」

「私の師匠は……エレナさんだから」

 目の前に現れた少女は可愛らしい笑顔を私に向けると、手に持っていた杖を胸の前で大事そうに握りしめる。

 そう言えば彼女が私の元に尋ねて来た時も、エレナから貰った大事な物と言っていた事を思い出した。

「……所でお前、どうしてエレナに姿を見せたくなかったんです?」

「今はまだ弱いけど、いつか強くなったって褒められたかったから……」彼女は頭を掻きながら照れくさそうに呟いた。

 私はタメ息を吐くと、窓の外に広がる青空を眺める。

「……だったら、そろそろお前にも修行をつけてやらねぇといけねぇですよね」

 私は呟きながら立ち上がると、目の前の少女の頭を雑に撫でながら言う。

「それじゃあ、『北風の魔女』の二つ名を継ぐレーナよ」

「はいっ!」

「今日からお前を強くなれる様に揉んでやるです、覚悟しやがれです」

「はいっ、先生!」

 こうして私は、レーナと共に家を出て行くのだった。

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