先生と戦って三十分程が経過しました。私の攻撃は初手の奇襲以外は当てる事が出来ず、今は防戦一方になっていました。

 先生の猛攻を防ぎつつ攻撃を続けていた私でしたが、数回程の蹴り技を受けた事によって体力は一気に持っていかれ、息も上がってきています。

「はぁ、はぁ……」頬から流れる汗と血を拭った私は、箒を杖の様にして立ち上がりました。

 全身が痛いです。眩暈と吐き気もします。何なら戦いたくありません。

 しかしその様な私と違って、先生はかなり楽しそうです。今も私が立ち上がるのを待ちながら、意味もなく体を動かしています。

「どうしたです? 殺戮魔女の眼力が消えてるですよ? お前の強さはその程度ですか?」

「……まだ、やれますよ」

 何故でしょう? 先生の煽りに少しイラッとした私は、かなり踏ん張りながら立ち上がり、再び戦闘態勢を取ります。本当は戦いたくない筈なのですが……。

 まだ戦う気がある事を確認した先生は、杖から上級魔法を連射で撃ち放ってきます。

 飛んで逃げれば楽に避けれそうですが、先生の魔法の弾速は全体的に速過ぎる為、箒に乗る猶予すら与えてはくれません。よって自身の足で走りながら逃げる他ないのです。

 私は疲労で重たくなった体を酷使して走りますが、背後で火属性の魔法が爆発した事によって吹き飛ばされ、受け身を取る前に空中でかまいたちの様な鋭さの風魔法が私の全身を斬り裂きました。

「ぐぅっ!」

 反射的に体を丸めて腕で胴体と顔を庇いますが、想像以上の破壊力に私は更に吹き飛ばされ、岩に直撃して倒れました。

 既に立ち上がる気力すら残っていなかった私に、先生は追撃で針の様に尖った氷を降らせて攻撃してきます。

 全身に氷が刺さり、ブラウスを赤く染めていきます。

「うぅっ!」痛みに悶絶した私の口からは、苦しみの声が漏れました。

「ほらほら、まだやれるって言いやがったですよね。避けてみやがれです」

 更に物量を増やし、先生は氷の魔法を空中にびっしりと展開させています。避けれないと私は凍ったサボテンになってしまいそうですね。……かなりピンチです。

 そして放たれる大量の氷魔法。走って避ける事が出来ないと思った私は、もたれ掛かっていた岩に爆発魔法をぶつけ、その爆風で氷魔法の攻撃範囲から逃れました。そしてそのまま時間促進魔法で傷を治しつつ5属性全ての魔法を大量に展開した私は、法則性もなく全方位から先生を攻撃しました。

 大きな爆発の後、先生の闇魔法が見えました。どうやら最初の数発しか当たっていない様です。今更ですが化け物じみた反応速度してますよね、先生。

 ですが先生の得意な闇魔法で防がれるのは計算済みです。実は基本属性の魔法を飛ばした瞬間、空中に闇魔法を作って落下させていました。こうなる事を予想して……ね。

 先生の体を闇魔法が侵食していきます。そしてこの時、どうして最初の奇襲で闇魔法が先生に効かなかったのか、私は理解してしまいました。理解した上で訳分かりませんでした。

 なんと、闇魔法の細胞分裂させて破壊するよりも速いスピードで時間促進魔法を掛けていたのです。

 これは異常な事で、本来の時間促進魔法は血が止まって、瘡蓋になり、傷が治る。この行動を高速で行う事で瞬時に回復してる様に見えるのです。ですがこの魔法は高速治癒であって瞬間治癒ではありません。常に細胞を分解する闇魔法に治癒が追い着ける筈無いのです。

「……うっそぉ」驚きの余り呆然とする私。

 そんな私に、先生は「エレナの驚く顔は面白いから好きですよ。もっと驚きやがれです」と言って、全身に蒼い雷を纏わせました。そしてその雷は徐々に足に集まっていき、遂に歩くだけでスパークが発生する程の密度で収束されていました。

 これは先生の必殺技の極限加速フルスロットルと言う珍技です。原理は分かりませんが、とにかく速くなります。どの位速いかと言うと…………とても速いです。目で追えない速度です。簡潔に纏めるなら意味不明なヤバい珍技です。

 ですがこの珍技、とても速くなって魔法を一方的に破壊する程に蹴り技も強力になる反面、魔法の威力は落ちるし持続時間が8秒と、かなり弱点を持っています。そしてこの珍技が終わりを迎えた時、先生の全体的な能力もガクッと落ちます。

 この8秒を耐え抜けば、疲弊した私でも勝機があるという事です。

 私は魔力のヴェールで全身を覆い、自身に雷魔法を付与して反射神経と反応速度を極限まで高めました。後は集中して8秒凌ぐだけです。

「行くですよ!」

 先生は超高速でその場から消え、瞬時に私の背後に回り込みます。ですが目を瞑って感覚だけに神経を集中させてた私は、ギリギリのタイミングで先生の蹴りを回避し、反撃の為に杖を向けました。

 しかし先生との距離が想像以上に近く、魔法を放つと私まで怪我しかねないです。仕方ないので杖で突き刺す事にします。

 私の使う杖はかなり異質で、本来は木製の杖が主流の中、私の物は謎の鉱石が杖の様な見た目をしてたから、杖として使っていると言うだけの細い鉱石の塊でした。しかも先が尖っているので刺突武器としても応用出来る代物です。

 そんな私の刺突を、先生は余裕そうに回避。右腕を掴んで、そのままへし折ってきました。

 ――バキッ。

 体内に鈍い音と激痛が走り、私は顔を歪めながら半歩下がり、腕を元の位置に戻してから時間促進魔法で高速治癒しました。

 先生の体術には何をしても敵わない。彼女の射程に入ったら一方的に攻撃されるだけです……なら範囲外から攻撃すればいいだけの事!。

 私は転がっていた箒を魔法で手繰り寄せ、槍術の構えを取ります。杖は腕が折られた際に先生に奪われてしまいました。もう上級魔法も究極魔法も使えないです。

 自分の杖と私の杖を両手に持った先生は、交互に多種の基本魔法から応用魔法までもを乱射しながら蹴りを入れてきます。

 私はその全てを箒で防ぎましたが、時間逆転の魔法で常に箒を新品の状態にしているにもかかわらず、ヒビが入ったままになる程の猛攻に反撃する隙なんてありませんでした。

 そして遂に膝を着いた私に、先生は飛び上がりながら二回転して踵蹴りを仕掛けてきます。その踵蹴りを、私は箒で受け流しました。

 しかしその瞬間、箒は魔法の力を失い、折れてしまいました。

 ですが先生の珍技も、この踵蹴りで終了。今がチャンスだと思った私は先生に飛び掛かり、馬乗りになりながら手に火属性の中級魔法を集め、放とうとしました。

「……止めです」

「えっ?」

 驚きのあまり、私は魔法を消して先生の顔をキョトンと眺めました。

 そして実は、先生は両手に持った杖で光と闇の魔法を作っていた事に気付きます。……あのまま続けていたら私は死んでいました。

「いや~! すっげぇ強くなりやがってますね! まさか極限加速フルスロットルを耐えられるとは思って無かったですよ!」

「…………」

 正直、嬉しくないです。強くなっていても、本気の先生の足元にも及んでいなかった事がショックで仕方ありませんでした。

 気が付くと、俯いて座る私の手には涙がぽつぽつと零れていました。

「……なに泣いてやがるんです?」

「悔しいんです。私だって先生の隣に立てる程、強くなれたと思っていたのに!」

「……そりゃ無理な話ですよ」先生は私に馬乗りにされたまま、涙を優しく拭って言います。「まだまだ弟子に先を越される訳にゃいかねぇですから、私だって今でも一人で修行してるです」

「…………」

「もし本気の私を越えたなら……その時に私の役目は終わっちゃうですよ。そうなったらお前はもう弟子じゃなくなる……まだまだ甘えてもらってねぇですからね、師匠は止めてやらねぇです」

「…………」

「それに、極限加速フルスロットルは魔法を一方的に破壊する事が出来る必殺技。それを凌がれた時点で、ある意味私の負けです。エレナは納得出来ないかもしれないですけど」

「……当たり前です。先生はずっと笑って戦うだけの余力が残っていました……それに比べて、私は――」

「悲観するんじゃねぇです」私の額にチョップしながら先生は言います。「お前と私とでは、実戦経験の差が圧倒的に違うです。だから切羽詰まってようが、死に掛けていようが、余裕を持って動けるですよ」

 先生はそう言うと腰を浮かして私をどかし、スルスルとその場から抜け出して私の前に座りました。

 泣き顔を見られるのが恥ずかしかった私は、先生に背を向けて座り直し、両手で顔を覆い隠して涙を流します。

 そんな私を先生は抱きしめ「でも、お前はそれでいいです」と、初めて聞く様な優しい声で言いました。

「今のお前の魔法は傷付ける魔法じゃねぇんですよね?。『星屑』になって、私の元を去った日に、お前は確かに「私の魔法は誰かの助けになる魔法」って、そう胸を張ってドヤりながら言ったです」

「…………」

「だから、身を守れる程度に戦えれば、お前は完璧だったですよ。……今回は私が暴れたくて適当な事言って巻き込んじまったですけど、本当に自分の命より大事なものがない限り、お前は戦わなくていいです」

「……先生」

「あ? 何です?」

 私は先生がと~っても真剣に、苦手な筈のポジティブな言葉を掛けてくれている中、どうしても我慢出来ずに彼女にお願いをしました。

「思い切り膝で髪踏んでいるので、毛根が取れそうなので退いてもらってもいいでしょうか……」

「おぅ……そいつは悪かったです……」

 私の髪が解放された後、先生は何を言おうとしたのか忘れたらしく、腕を組んで唸っていました。涙が止まった私は、そんな先生の前に座り直して聞く態勢を取ります。

「う~ん……」

「…………」

「……ふ~む?」

「…………」

「うん、何を言いたいか忘れたです」

「……まぁ、そうだろうとは思いました」

「流石私の弟子です!。よく分かってんじゃねぇですか!」

「弟子では無くても先生の事を知ってる人なら大体が察せると思いますが……」

 その後、先生は「こまけぇ事気にしてんとハゲるですよ」と言い、先に家の中に戻っていってしまいました。相変わらずの自由人です。

 …………。

「身を守れる程度に戦えれば完璧……ですか」私は先生の言葉を聞いて、何か肩の荷が落ちた気がしました。

 『星屑』になってから誰かの為に戦う事は無かったつもりですが、心の何処かでは、戦わなくてはいけない――と思っていたのかもしれません。

 考えてみれば、レーナのお爺さん……村長と一対一で剣を向けられながら話したのも、レイジを助ける為にワザと闘技場に放り込まれたのも、リディのわがままを聞いて決闘してあげたのも、全て戦ってると思えなくもないです。

 ですが今の先生の言葉で、私は自分から戦いに巻き込まれに行かない――と言う思いを持つ事が出来ました。関わりたくない戦いに巻き込まれそうなら一歩引く決断が出来る様にもなりました。

…………。

 やはり先生や師匠と言う存在は、力関係だけでなく精神面においても、とても大切ですね。改めて思い知らされました。

「エレナー! 私に負けた罰として昼飯作りやがれでーす!」

「その様な事言わなくても、いつも作ってるではないですか!」と言うか罰があったのですね、その様な話は何も聞いていませんが。

 私は時間逆転魔法で衣服と折れた箒を直すと、小走りで家の中に戻っていくのでした。

 そう言えば、先生に杖を没収されたままですね。後で取り返しておきましょう。

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