②
次の日の朝、私は相変わらず透明なままの使用人のお手伝いをしながら朝食を作っていました。
するとそこに、眠そうで気怠そうな先生が大きなあくびをしながら出て来たのです。
「あ、おはようございます。先生」
「…………」ぺこりとお辞儀する様な気配を使用人から感じます。一応挨拶しているのでしょう。
「二人共、おはようです」
先生は庭に朝の体操をしに行き、朝食の準備を整え終わった私たちも途中から体操に参加します。これが先生の朝のルーティーンなのです。
因みに参加しないと魔法で殴られる上にイジけるので、彼女のメンタルケアにこっちのメンタルが死滅します。
なので体調が悪かろうが、手が離せない程に忙しかろうが、少しだけでも顔を出せば先生は満足するので、とりあえず挨拶がてら少し体操をするのが吉なのでした。
その事を把握出来ていると思われる使用人も、透明なままですが体操をしている様で、時折可愛らしい吐息が聞こえてきます。
そして朝の体操を終えた私たちは、そのまま朝食にパンとグリルチキンのアヒージョを頂き、仲良くお風呂に入りました。
しかし朝のお風呂は目が覚めます。体操で掻いた汗をお湯で洗い流す事の何たる気持ちのいい事か。
お風呂が好きな私は、基本的に長風呂です。以前魔法でお湯を沸かし続け、水を飲みながら寛いでいたら半日ほど経過しており、先生にガチギレされました。なのでそれからは一時間で上がる様にしていますが、やはり物足りなさを感じずにはいられません。それ位お風呂が好きなのです。
さて、体まで洗い終わった私は、早速お風呂に浸かってのんびりしました。
「エレナ、少し太りやがったです?」
「……年頃の女の子に対して失礼ですね」
「寧ろ年頃の女ならもっと食いやがれですよ。エレナは年の割りに細過ぎやがりますです」
「……!」ブンブン――と使用人も頷きます。……多分。
しかし困りましたね。私はお腹いっぱいに食事を取っているのですが、なかなか体形が変わらないのです。お腹も胸もお尻も、全然変わらないのです。まぁ私自身が自分のスタイルに興味が無いから、多少変わっていても気付いて無いだけかもしれませんが。
「善処はしますが、多分見た目は変わらないですよ?」
「体重だけが増えるって事ですね。因みに今は何キロです?」
「えぇと……最後に計ったのが一月くらい前になりますが、40キロでした」
「軽っ!」
使用人の驚きの声が浴槽に響き渡ります。そこまで驚く程軽くもないと思うのですが……。まぁ平均体重を下回ってると言われた事はあるのですけどね。
「エレナ……その体重は少し身長の高い13歳と同じ程度です。使用人より軽いです」
「……もっと食べなくてはいけないのでしょうか?」少し体重に不安を覚えた私は、困り果てて先生に聞きました。
「ですです」
先生の「ですです」は、大体が「はい」とかの肯定と同じ意味を持ちます。なので、もっとたくさん食べなさい――と、そう言う事の様です。
「分かりました、頑張って食べます」
気合を入れた私は、ガッツポーズを取りながら立ち上がって決意表明をしました。そしてまたしても使用人は鼻血を拭き出していました。面白い人ですね。
「そうしやがれです。……所でエレナ」先生は私の胸の傷跡をなぞりながら聞いてきました。「その傷、まだ消さねぇのです?。使用人が心配してやがったですよ」
「そう、ですね。この傷を消すのは、彼女から受けた返しきれない程の恩を他の誰かに返した後になります」
「そう言えば、その恩人には会えたんです?」
先生の問いに、私は首を横に振りました。悲しい事に痕跡一つ見つける事が出来ていません。今でも私の体の中には、あの女性の優しい魔力を感じているので存命はしているのでしょうけど、何故かその魔力を纏った女性と会えていないのです。
さて、湯船で長話を聞いていたら使用人の鼻血の量が尋常では無くなってきたので、私達は早急にお風呂から上がり、氷魔法で使用人を冷やして落ち着かせた後、思い出したかの様に先生と勝負する為に庭まで出て行くのでした。出来れば忘れててほしかった……。
それにしても、先生とこうやって歩いてると、初めてあった時の事を思い出します。
そう、あの日も今日みたいに晴れた日の事でした――。
〇
――ドォォォォン。
急な爆発魔法で吹き飛ばされた私は、着ていた服をボロボロにさせて、いきなりの事に恐怖を感じ、涙目になりながら空に浮かぶ魔女を見つめていました。
「お前です?。誰からも相手にされない哀れな魔女ってヤツは」
「――っ!」その言葉が胸に突き刺さった私は、我慢していた涙を溢れさせて泣いてしまいました。
気にしない様にしていたのですが、実際相手にされないと言われると……修道院での生活を思い出して辛くなってしまうのです。
そして急に泣く私にたじろいだ魔女は、私の傍に降り立つと「ピーピー泣くんじゃねぇですよ!。前を見やがれです!」と、説教してきたのです。
ますます意味の分からなくなった私は大号泣。魔女の着ていたコートを掴んで文句を垂れ流し、溜め込んでいた罵声を浴びせて泣き続けました。
「どうせ貴女も私を弟子にしてくれないのでしょう!?。馬鹿にする為に、笑う為に出て来たのでしょう!?。そんな酷い人の言葉なんて聞きたくないです!」
「…………」
「皆……どうして私の話さえ聞かずに弟子入りを拒否するのですか!。どうして目を合わせて話してくれないのですかっ!」
「…………」
「この国の魔女なんて、大っ嫌いですっ!」
その後、ひたすら魔女にしがみ付いて泣いた私は、気が付くと寝てしまった様で、爆心地付近のベンチで魔女に膝枕をされていました。
私が目覚めた事に気付いた魔女は「私は『流星の魔女』レミィです」と自己紹介してきました。
「…………」
「ほら、お前も名乗りやがれですよ」
「あ……エレネスティナです。『北風の魔女』です……」
「ふぅん、お前がエレナですか……」
その後、挨拶がてらにお菓子とジュースを貰った私は、魔女に弟子入りしたい理由をレミィと名乗る魔女に話しました。
そして私の話を黙って聞いた彼女は、立ち上がると私に手を差し伸べて来たのです。
「え~、ゴホンッ」噓くさく咳払いするレミィ。「私が貴女の師匠になってあげますよ」
「……え?」
「聞こえてねぇんです?。なら耳の穴かっぽじって、よーく聞きやがれです」レミィは大きく息を吸うと、大きな声で高らかと他の魔女達に聞かせる様に言いました。「『流星の魔女』レミィが!、『北風の魔女』エレナの!、師匠になってやるって言ってんです!」
「…………………………………………」
「だから――」彼女は驚きと嬉しさで涙を流す私の目元からその水滴を拭って、微笑みながら語り掛けてきます。「そんな悲しい顔をするんじゃねぇですよ。お前みたいな頑張ってる魔女なんざ、この国にはいねぇです。そんなスゲェ奴を弟子に出来るのは光栄ってもんです」
「でも……誰も私を弟子にしてくれなかったのですよ?」
「そりゃお前……並の魔女よか強ぇとなったら、教えられる事なんざ基本的にねぇんですよ。それに魔物や自分基準での悪人を殺してるって、そりゃビビッて誰も声を掛けらんねぇですよ。いつ自分が悪人判定されるか分からねぇんですから」
「…………」
「だから、私の弟子になった以上、これからは無暗に魔法で何かを殺したり傷付けるのを禁止するです。覚悟しやがれですよ」
私は再び涙を流しながら、レミィ「先生」の手を取り、立ち上がりました。
「不束者ですが、よろしくお願いします。レミィ先生!」
こうして私は、先生の弟子になったのでした。
その後の修業も辛くて泣いたし逃げ出したり言い付けを破って怒られたりもしましたが、それはまた何処かで綴りましょう。
〇
「エレナ、何呆けてんです?」
先生の声で現実に呼び戻された私は、先を歩く彼女の元に駆け寄りました。
「ごめんなさい、本当は戦いたくなかったので現実逃避していました」
「……前から思っていたですけど、本当に私と戦うの嫌がってやがりますですよね、お前」
「だって先生の蹴り技、本当に死にそうになりますし……と言うか魔法での戦いに蹴り技主体ってどうなのですか?」
「蹴りすら防げない魔法じゃ話になんねぇです。その点エレナの魔法は蹴り応えがあって好きです」
…………。
うん。少し考えてみましたが、その褒め方は嬉しくないですね。
と言うか何ですか? 蹴り応えのある魔法って……。
そんな事を頭の中で悶々させていると、不意に歩いてた先生が立ち止まって振り返りました。先生の立ち止まった場所は、いつも私が修行をつけてもらっていた場所です。
「さて、いつでも掛かって来やがれです」
「……怪我しても知りませんからね?」
「ナメんじゃねぇですよ。毎回ハンデをくれてやる程度には、今までのお前の魔法は未完成です」
「……三回に一回は負けてる人が何を言っているのですか」
「安心しやがれです。あの頃のお前はまだ未熟だったから手を抜いてやってたんです」先生の体から魔力が溢れ出し、まるで悪魔の様な見た目に変化させながら、初めて聞く殺意の籠った声で言います。「今日は手加減抜きです。油断してると最強クラスの魔女であるエレナでも……即死するですよ」
「…………」私の体は、少し震えていました。正直、怖いです。
先生の目は本気でした。
私が手を抜いてる事に気付いた途端、本当に殺すつもりで構えています。私も殺すつもりで戦わないと……確実に殺される。
私は構える前に大きく深呼吸をすると、杖に光魔法を放つ準備をさせながら、鋭く睨む様に構えました。
「ほぅ、殺戮魔女だった頃のエレナは健在ですか。いや、寧ろそっちが本性だったですね」
「…………………………………………」
私は何も答えませんでした。それが正論だからではありません。確かにこれが、悪と断定した者を殺して回ってた非道な私が本当の私ですが、今は断じて違う。偽りの私を演じてるつもりはありません。誰でも手を貸そうとするお節介な私こそが、今の本当の私なのです。
ですが、先生やリディの様に戦わざる負えなくなる事は多々あります。その時に今の甘すぎる私では、魔法で傷付けない事を絶対の信条にしてる私では、いつか必ず命を落とします。
しかし私は死にたくありません。だからこうして、思い返すだけでも嫌になる私を呼び戻せる様にして、身を守れる様にしているのです。
「……行きますよ、先生」
私は構えてた杖を魔法諸共解除して降ろすと、一瞬にして先生の背後に回り込み、闇属性の魔法で彼女を包み込みました。
それに対抗しようと、先生は杖に溜めた光魔法で相殺を試みようとします。ですがその様な事はさせません。私は先生の杖を蹴り飛ばしたのです。
「なっ!? お前、怪我する事さえ恐れねぇんですか!?」
先生の言う通り、私の右足からは光魔法のダメージで血が噴き出して、即座に蒸発していました。
しかし私の重症とも思える足は、緑色の光に包まれると瞬時に回復していきました。これは時間を巻き戻すのではなく、寧ろ進ませて活性化させる魔法です。それに時間逆転魔法は無機物にしか効果がありません。なので傷を治すのなら時間促進魔法しかないのです。
「それにお前……手に持ってた箒は何処へ――」
私の手に箒がない事に気付いた先生は、周囲を警戒しますが、もう遅いです。
先生の足に雷を宿した箒が直撃し、体勢を崩させます。そしてそのまま強引に闇魔法の中にねじ込みました。
闇魔法だけでもダメージは十分。寧ろ殺しきれる筈ですが、そこに私は追撃として上級魔法の業炎玉をぶつけました。
――ドォォォォォォォォン。
大規模な爆発と共に周囲の草木が消滅します。しかし私は構えを解く事なく一点を見据えていました。
するとそこからは、信じられない事に衣服が破れたり焦げたりしているものの、無傷のまま先生が出て来たのです。
「自身も闇魔法もフェイクで本命は箒による攻撃、だけどフェイクの筈の闇魔法も実はしっかり当てる必殺技……やるじゃねぇですか」
「…………」倒せる……とは思っていませんでしたが、こうも無傷だと恐ろしいですね。
そして余裕そうに肩を回して近付く先生は、何処か楽しそうに呟きました。
「今度はこっちの番です。覚悟しやがれです!」
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