師と再会する、魔女のお話

「はぁ……」

 綺麗に澄み渡る青空の下、一人の魔女が重過ぎる濁り切ったタメ息を吐いて飛んでいました。

 魔女はこの世界で唯一の国である場所にそびえ立つ巨大な建物、魔道協会から飛び立ち、知り合いに挨拶でもしておこうと思ったのです。

 ですがここで問題発生。そう言えばこの魔女……親切にしてくれた人も友達も、誰も居なかったのです。寧ろ恐れられて出会い頭に土下座された事も珍しい話ではありませんでした。悲しくて死にたい。

 ですが魔女には師匠が居るもの。もちろん、この魔女も例外ではありません。例外では無いのですが……。

「はぁぁぁ……」魔女は再びタメ息を吐きました。今度はさっきよりも深く思いタメ息です。

 実はこの魔女、師匠の事は尊敬していますが……何と言うか生理的に受け付けない何かを内包した人物なのです。

 率直に言えば、会いたくないのです。

 とは言っても魔女は15歳。まだ少しは誰かに甘えたい年頃です。それこそ彼女も例外ではありません。だからこそ早急に師匠の傍から離れる事もしないで、でも会いたくないから近付けなくて、中途半端にフヨフヨと空中を漂っているのでした。

 魔女は空を見上げてタメ息をまた一つ。

「まぁ、顔位は見せないと失礼ですよね……行きたくないですけど」

 さて、環境的に不幸だった事実が見え隠れする、少なくとも幸の薄そうなこの魔女ですが、実は私の事なのでした。



 暫く漂い続け、ようやっと国の外れにある師匠の家まで辿り着いた私は、箒を降りると恐る恐る歩き出しました。

 ……今更ですが師匠は私の訪問に気付いてるらしく、魔力で結界を作って私以外の侵入を防いだ上で、家のドアを開けたままにしてウェルカム感を醸し出しています。既に引き返す選択肢は潰されてしまったみたいですね。

「先生、居ますか?」私はドアを潜りながら部屋の中を見渡しました。

 すると師匠……先生は昔と変わらない場所に設置されたテーブルの上にお菓子を並べ、揺り籠の様にユラユラと揺れる椅子に深く座りながら紅茶を飲んで、私に微笑み掛けてきました。

 相も変わらず古ぼけた迷彩柄のコートを羽織り、その下には魔女らしく白いブラウスとロングスカート。そして腰には何故か刀が差されています。

 足元まで伸びた長くほんのり蒼い髪は、今日もキラキラと光に反射して幻想的に輝いています。元気そうで何よりです。

「お邪魔しますね」

 私は家の中に入ると、先生の前に立ちました。

「エレナ」

「はい?」

「「お邪魔します」では無くて「ただいま」と言いやがれです」

「…………」

 私は小さく笑うと「そうでしたね」と言い、先生と向かいの椅子に座りました。

 それにしても先生の汚いのかしっかりしてるのかよく分からない喋り方は健在の様です。嬉しい様な、残念な様な……。

 しかし先生、誰か使用人でも雇ったのでしょうか。片付けが苦手で散らかり放題だった家の中は、全てがビシッと整理されて埃一つ確認出来ません。それどころか凝った装飾品によって飾り付けられた先生の部屋は、私が居た時よりも数段綺麗で華やかに見えます。……何故か悔しいですね。

 部屋の中を見渡す私の元に魔法で飛んで来たカップが置かれて、そこにコーヒーが注がれます。いい豆を使用してるのか、いい香りが漂ってきます。

「いただきます」

 私は差し出されたコーヒーを一口飲み、その苦みと鼻から抜ける風味に表情が緩んでしまいました。

 それにしても雇われた使用人は相当優秀なのでしょう。苦み、コク、風味、どれを取っても点数が高い様に感じます。

 そして置かれているお菓子を一口いただき、バターの香る風味が口の中を楽しませてくれました。今日のおやつ休憩は上物ですね。

 そこで私はふと使用人の存在が気になり、周囲を見渡しました。これだけの上物を選んで買って来れるのです、その上コーヒーの淹れ方も上手い。これは使用人にも差し上げないとバチが当たってしまいます。

 しかしどれだけ見渡しても、使用人の姿は見当たりません。確かに視線を感じるので、恐らく魔法で姿を見えなくしてるのでしょうけど、それを探ろうにも先生の放つ魔力が濃くて探し出せません。

「あの、先生。使用人を呼んでもらえますか?」

「何で呼ばなきゃいけねぇんです?」

「コーヒーが美味しいんで、直接お礼を言いたかったのです」

「その辺で聞いてるし、多分喜んでるし、本人がエレナの前に姿を見せたがらないから放って置いてやれですよ」

「ふぅん」

 ま、本人が出たがらないなら無理に呼び出すのも失礼ですよね。私はもう一口コーヒーを飲みながら「ありがとうございます」と、背中側に居る気配に対してお礼を言い、先生との再会にちょっぴり喜ぶのでした。


 それから一時間程先生との会話や旅先での話で盛り上がっていた私でしたが、そろそろ旅に戻ろうかと思い、椅子から立ち上がりました。

「エレナ、今日は泊まっていきやがれですよ」

「え?、どうしてですか?」

「お前の魔女としての腕前、また私が見てやるです。今度は手加減抜きで……ですよ」

「えぇ~……」

 そう、先生は戦闘狂でした。更に魔女なのに肉弾戦が得意な変態でした。更に更に、毎度巻き込まれるのは私なのです。つらい。

 しかし先生が言い出したら何があっても有言実行します、恐らく外の結界は私でも出るには相当苦労しないといけません。そして私が苦労してる間、先生が妨害して来ない訳がありません。今の状況を簡潔に纏めるなら、逃げ場が無いので詰んでます。諦めて先生の相手をしないといけません。

「……と言うか、先生?」

「どうしたです?」

 私は右手に隠し持っていた杖を先生に向けると、彼女のコートに隠れた左手を指しながら言います。

「私達、ずっと戦ってますよね?」

 そうなのです。家の中は防音防振、その上並大抵の事では傷付かない屈強な魔法でコーティングされてるので気付きませんが、家の外では全力で魔力を込めながらお互いの魔法を潰し合う無益な戦いが繰り広げられていたのです。

 これだけの魔法が一か所に目掛けて飛んで来ているから良かったものの、国全体を戦場としてこの意味の分からない戦いを繰り広げてたとなると、恐らく百回は滅んでいるでしょう。それだけ忙しく、止めどなく、流星群並みの密度で、私達の魔法は衝突し合っていたのです。

「まぁ、ソレはソレ、コレはコレってヤツです」

 コッソリと閉まっていたドアが開き、小さな声で「うわっ」と聞こえます。どうやら使用人は女性の様です。しかも若くて綺麗な声でした。

 さて、もう仕方ないので私は諦めて、今日は住み込みで修行していた際に使わせてもらってた部屋で泊まる事にしました。

 そして外での謎の戦闘を中断した私達は、もうじき夜という事もあったので、お風呂に入る事にしました。


「ふぃ~」

 全身を洗った私は、湯船に浸かって寛いでいました。最近は忙しかったし、何よりリディとの戦闘で疲弊しています。気を抜いたら湯船に浸かりながら寝てしまいそうです……。

 それはそうと、私は横目でお風呂の出入り口付近を見ました。

 ポタ、ポタ――と、何もない場所から血が滴っています。視線も感じますし、恐らくは先生の使用人が覗いているのでしょう。ですがそれも仕方ないでしょう、何せ使用人にしてみたら全く知らない人が堂々と先生の家の中を歩いているのですから。警戒するのは当たり前です。

 ですが今後付きまとわれるのも嫌だった私は「そんなに見なくても何も持っていませんから」と言って立ち上がり、両手を上げて見せました。

 ――ブゥゥゥゥッ。

 凄い勢いで血が噴出したかと思うと、急にドアが開いて使用人が走って出て行ってしまいました。いきなり全身を見せられて焦るのも分かりますが、ドアは閉めて行ってほしかったです。


 その後、風魔法で髪を乾かして寝間着を着て、使用人が作ったと思われる夕飯を食べた私は、私の部屋のベットの上でうつ伏せに転がりながら本を読んで寛いでいました。

 と言うか明日には先生と戦わないといけないのが嫌で、現実逃避気味に夜更かししつつ本を読んでいたのです。

 で、やっぱりと言うか何と言うか……使用人の気配を感じます。どうして私に執着するのでしょう?。

 とは言えあれだけの御馳走を作ってくれる人です、私的には無下に扱いたくないので追い出すのも嫌だし、かと言ってずっと立たれてるのも気になるし……。

「あの、私はそろそろ寝ますが」色々と考えた末、透明な彼女を迎え入れたまま寛ぐ方法はコレしかないと思いました。「一緒に寝ますか?」

 掛け布団を開いて私の懐をポンポンと叩くと、一瞬「んぐっ!?」と聞こえました。そしてソロソロと私の隣に入って来たのです。

 さて、これで心置きなく眠れます……明日の事さえ考えなければ。

 とは言えいくら心の中で拒否しようと、確定した事象は絶対に巡って来るもの。色々と覚悟を決めた私は、使用人の方を向いて目を閉じました。

「あの、使用人。聞こえてますか?」

 私の問いに、私の肌に当たる使用人の温かい肌が小さく動きました。

「私、抱き枕があった方が良く眠れるのです。なので……もし嫌でなければで構いません、貴女を抱き枕にしてもいいですか?」私は手を出しながら聞きました。

 一瞬動揺した様に動いた使用人は、カチカチに固まった手で私の手を握り返してくれました。きっと了承してくれたのでしょう。

 彼女の寛大さに感謝した私は「ありがとう」と笑顔で言い、目に見えない何かに抱き着きました。ついでに足も絡めてしまいましょう。

 寝間着のはだけた胸の辺りで荒い息遣いが聞こえます。お腹付近で彼女の胸の鼓動がバクバクしてるのも感じます。そして火照っているのも分かります。……もしかして息苦しいのでしょうか?。

 少し離れますか?――そう聞こうとしましたが、睡魔に勝てなかった私は、彼女の心地いい心拍数とちょっとくすぐったい鼻息を感じながら、寝息を立てるのでした。

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