集金者を縛り上げた次の日、彼等は騎士に連れられてシスターの前で土下座を通り越した土下寝をしながら謝っていました。やっぱり土地の高額化は不正だったみたいで、本来は一切の値上がりはしていないそうです。

「シスターの目が死んでますよ……。相当彼等の相手が面倒みたいですね」

「まぁ良かったじゃありませんの。これで修道院での揉め事は一件落着ですわ」

「えぇ、そうですね」

 暫くの間シスターの事を見守っていた私達ですが、話が纏まった様なので、そろそろお暇しようとして私は修道院から出て行きました。

「また何も言わずに出て行くんですの?」後ろから着いて来たリディが呆れた様に言いました。

「私は旅人ですし、フラッと現れてフラッと消えるのが性に合っているのですよ」

「ふーん」

「…………」

「…………」

 何か話したいのに何を話したら良いのか分からなかった私達は、暫くの間無言で向き合っていました。

「私……」しかしずっと喋らないのも不自然だと思ったので、チグハグながら私から話す事にしました。まぁこれも思い出話みたいな物ですけど。

「私、ずっとリディが羨ましいと思っていました。生まれ持った天性のカリスマ性で、いつも友達が傍に居て……貴女の様に生まれたかったと思っていました。勉強も運動も、何も練習しないのに全てこなせるリディが、本当に羨ましかったです。ですが羨ましいのと同時に、貴女みたいにはなりたくないとも思っていました」

「どうしてですの?」

「私がリディの様になったら……色々な人を傷付けていたと思うからです。別にリディがそう言う人間だという話ではありませんよ?、ただ……私の場合は調子に乗っちゃいそうなのです」

「……そう」

 私の話が途切れたのを確認して、今度はリディが語りだしました。

「わたくしも、貴女が羨ましかった。今までの嫌がらせも、貴女を出来損ないと呼んだのも、全ては羨ましくて妬ましく……少しでもわたくしに興味を持って欲しくて、酷い事をしていましたの」

「…………」私はリディから思いがけない告白を聞いて固まっていました。まさかリディがその様な事を考えていたとは、思いもしなかったのです。

「確かに最初の頃、貴女を出来損ないと呼んだのは、何一つとして才能を持ち合わせず、皆の足を引っ張っていたから、そう呼びました。ですが貴女は、わたくし達に出来ない程の努力を重ね続けて、気が付いたら天才に近付いて来ていたんです。……正直凄いと思いましたし、怖いとも思いましたわ。努力は天才を越えられない……そう聞きますけど、貴女は最終的に天才を通り越して、いつしか皆の中心になっていきました。それが堪らなく許せなかった」

「ごめんなさい……貴女の居場所を奪いたかった訳では無いのです」

「分かってますわ。それにわたくし自身、貴女に振り向いてほしいと思っていましたし、一緒に居られるならば今の座なんてくれてやりましたわ。ただ……自分で言うのも変な話ですけど、感情の表現が苦手なんですのよ……わたくし」

 あぁ、なんだ……。私達って実は似た者同士だったんですね。そう思うと、何だか嬉しくなってきました。

「私達、本当はもっと仲良く出来たのですね」そう言って私は手をリディに差し出しました。

「そうですわね……本当に」自分達にあきれた様子のリディは、私の手を握り返してきました。

 暫く握手をしたまま固まる私達。ですがいつまでもこうしてる訳にはいきません、そろそろ別れを告げて先に進まなければ……。

「……名残惜しいですが、私はそろそろ行きますね」

「分かりましたわ、お気を付けてくださいまし」

「ふふっ、貴女に心配される日が来るとは思いませんでしたよ」

「当たり前ですわ。次に会う時には、わたくしは必ず光魔法を会得していますわ。その後は絶対に貴女を倒して見せます、だからそれまでに死なれては困りますのよ」

 笑いながらも、リディの本気は伝わって来ました。良いでしょう、次は私のライバルとして手加減無しで戦ってあげます。

 私は「もちろん、死なないですよ。そして貴女にも負ける気はありません」と笑顔で返して、国の方へ飛んで行くのでした。

 いつもと違い三角帽子やマントが無い分、スピードが出てる気がします。

 ……いや、違いますね。本当はリディと分かり合えたのが嬉しくて嬉しくて、心が躍っていてテンションが高かったからスピードが出ていたのだと思います。

 早く強くなったリディと会いたい……その思いが先走ってるのでしょう。

「本当はライバルとしてでは無く、親友として再開したかったのですが……ぶつかり合わなくてはいけなのは、私達の宿命なのでしょうね」

 独り言を呟き、「ふふっ」と笑った私は、あえて更にスピードを出して、思いっきり風を感じながら飛んで行きました。

「戦うとしても、次に会えるのを楽しみにしていますよ。リディ」



 エレナの後姿を見送ったわたくしは、もう一度修道院に戻ってきていました。

「やっと……やっとエレナと分かり合えましたわ」

 嬉しさを噛み締めながら、庭から正面玄関のドアを開けて入って行ったわたくしは、ある異変に気付きました。

「……?」静まり返った修道院内で、わたくしは辺りを見渡しながらシスターを探しました。しかしシスターは疎か、チビ達さえ見当たりません。

 ……異様な静けさが、わたくしの胸を締め付けてきます。気味が悪くて怖いのか、いつもより心音が強く大きく聞こえます。

 本来、人数が減ったとはいえ、修道院内が静まり返る事は1度もありませんでした。それは修道院のチビ達は外出を嫌がって、大抵誰かしらがエントランスで遊んでいるからです。ですが今は違う。

「何なんですの……?人の気配すら感じませんわ……」不安の声を漏らし、思わず胸の前で右手を握りしめたわたくしは、この異様な雰囲気の正体を探ろうと、修道院内を歩き始めました。

 ついさっき問題が解決したばかりなのに、またしても問題発生したとなれば、流石に手に余ります。

「シスター!」わたくしは大声で叫びます。しかし反応はありません……外に居るんでしょうか?。

「チビ達!居るんですの!?」今度はチビ達に呼びかけます。しかし、これも反応無し。

 流石に嫌な予感がしたわたくしは、室内だと言うのに掃除用に置いてあった箒に乗って、一気に修道院内を回りました。

 結論から言って、此処には誰も居なかったです。

 ですが変な痕跡は沢山見つけました。特に違和感があったのは、厨房でした。

 厨房のキッチンは、しっかりと食器などがしまわれていましたが、何故か包丁が見当たらなかったのです。

 しかも火は使われた痕跡が無かったものの、その上に置かれていた鍋は熱くなっていました。

 そして子供部屋の一室……エレナが楽しそうに話していたケビンとか言うチビの三人部屋のシーツが無くなっていました。

「……一体どうなってますの?」

 杖を抜いたわたくしは、周囲を警戒しながら修道院から出ました。

 ……やはり庭にもシスターは居ません。此処でわたくしは、ある仮説を立てました。

 もしかしたら、意図的に修道院の皆は隠されてるのかもしれない。そうなると犯人は……。

 ――ガサガサ。

「――っ!」

 余り考えたくない事態を考えていた私の真横で、急に草が揺れました。

 反射的に杖を構えた私は、魔力を溜めながら揺れた草の方をジッと見つめていました。

 そして何度か草が揺れて、遂に出て来たのは……ケビンでした。

「何だ……脅かさないでくださいまし」

「…………」

 ホッと胸を撫で下ろしたわたくしは、ケビンに近付くと同じ視線までしゃがみ込んで「皆が見当たりませんが、何処に居るか知ってます?」と尋ねました。

「…………」

「……?」

 しかしいつまで経ってもケビンは口を開きません。……まだわたくしを怖がっているのでしょうか?。

 暫く無言のケビンに付き合っていると、彼の背後からミオとディンが出てきました。

「……皆は向こうに居るんですの?」とわたくしが訪ねるとケビンは無言で頷きました。

 良かった……どうやらわたくしは見当違いな事を考えてたみたいですね。

 わたくしは「皆の元へ案内してくださるかしら?」とケビンの頭を撫でながら聞くと「分かった」と一言だけ言って、ケビンとミオとディンは道ならざる道に歩き始めました。どう考えても人が立ち入る場所じゃ無い様に思えますが、ここは彼等を信じて着いていってみましょう。


 暫く進むと、開けた草原に出ました。魔物も猛獣も見当たらない辺り、今のチビ達は此処で遊んでいるんでしょうね。

 ……ですがシスターや他のチビ達の姿が見えません。

 いつの間にかわたくしの背後に立っていた三人に「で?シスターは何処ですの?」と尋ねながら振り返りました。

 ――カチャ。

 三人の手元からは、聞き慣れない金属音が鳴り響き、そして何かをわたくしに突き付けて来ていました。

「銃!?。貴方達、一体何のつもりですの!?」

 しかしわたくしの問いに答える事が無かった彼等は、弾丸を装填して引き金に指を掛けました。そして――。

 ――バァァン。バンバンバン。バァァン。

 幾度となく鳴り響く爆発音と共に、わたくしの体には強い衝撃と痛みが走りました。

 体の至る所に穴が開いて、そこから血を噴き出したわたくしの体は、自分の意思とは関係なく仰向けに倒れ込んでしまいました。

「あ、貴方達……一体どうして……!?」

 肺が潰れたのか、上手く息が出来ない中、わたくしは力を振り絞って肘をついて三人の方を見ました。

 ――バァァン。

 再び鳴り響いた爆発音と共に、わたくしの右肩からは血が噴き出しました。

「ぐぁっ!」

 再び倒れ込んだわたくしは、痛みを食いしばって堪えると、杖を取ろうとして右手を動かしました。その時です、わたくしの右肩を思いっきり踏みつける者が現れました。

「はいはい動かないでねー」

 そう言いながら楽しそうな笑みを浮かべる男性みたいな女性が、わたくしの右腕に長い銃を突き付けてきました。

 ――ドォォン。

「がっ……!」

 爆発音の瞬間、わたくしの右腕はスイカの様に爆散して消し飛びました。

「ウチ等が誰だか、アンタ分かる?」

「…………」

 腕が破裂して消し飛んだ痛みでのたうち回るわたくしは、彼女の問いに答える事はありませんでした。

「ウチ等はね、勝手に裏の魔女の事を話すアホを始末しに来た殺し屋でーす」

「……裏の魔女?」

 なるほど……大体の事情が呑み込めました。どうやらチビ達、裏の魔女との繋がりがあるみたいです。

 ……そう言えばわたくしがエレナに裏の魔女の話をした時、ケビンはエレナにくっ付いていました。

「それじゃあガキ共、後の始末よろー」

 彼女は手をヒラヒラ振りながら去って行きました。

 一歩一歩チビ達が近付いて来ます。早く逃げなければ殺される……!。

「――っ!?!?」

 この時、わたくしは裏の魔女が使う銃が、魔女を絶対に殺す理由に気付きました。……体中の魔力が無くなっていたのです。これじゃあ逃げる事も抵抗する事も出来ない。

「……最後に一つ、聞いても良いかしら?」

「何?」

「修道院のチビ達は、皆裏の魔女の手先なんですの?」

「……そうだよ。シスター以外はね」

「どうして……修道院なんですの?」

「あそこには裏の魔女が警戒してる魔女が居たからね。……お前とエレネスティナの事だよ」

「……そう」

 わたくしが諦めた様に目を閉じるのを確認したチビ達は、何かを話し合った後にミオだけが銃をわたくしに向けてきました。

「わたし、お前が嫌いだった」

「……そう」

 ……どうやら、エレナともう一度会う事は出来そうにありませんね。

 わたくしは「どうぞ、殺しなさいな」と催促する様に言うと、無言で胸に2発撃ち込んできました。

 心音が徐々に聞こえなくなってくる……。

「さようなら……「雷雲の魔女」。お前が裏の魔女を詮索すのが悪いんだよ?」

 そう言うと、ミオはわたくしの頭部に3発の銃弾を撃ち込んできました。

 弾が頭部に直撃する度、無意識にわたくしの体が跳ねますが、既に意識はありません。もう死んでいるのです。

 人の形を成した意識体になったわたくしは、体中の痛みから解放されて自由になりました。そしてわたくしの体を見下ろしました。

 ……自分で言うのも変な話ですが、綺麗な顔で死んでいます。

「任務は終了、眠らせたシスターを起こして修道院に戻す様、他の仲間に指示を」

 キッチンから消えた包丁でわたくしの喉を突き刺し、完全に死んでる事を確認したディンは、ミオにそう言いました。

「了解」

 到底10歳とは思えない程の堅苦しい言葉遣いをしたチビ達は、わたくしの死体にシーツを掛けて、その場を立ち去っていきました。

 ……左手に握りしめていた裏の魔女の事を書いた紙は、血で染まって既に読める状態ではありません。ですが諦めが悪いのがわたくし、実は此処に来るまでの全ての言動や会話を、わたくしは魔力で書いていました。後はこの紙をエレナの元まで飛ばすだけ……。

 意識体になったわたくしは、最後の力を振り絞って死んだ肉体から魔力を吸い出すと、風魔法を起こしてエレナの魔力に追尾させる形で飛ばしました。

(無念ですわね、せっかく仲良くなれたのに……。)

 わたくしの意識が、徐々に消え始めました。それに伴って人の形も少しずつ消えていきます。

(まぁ起きてしまった事は仕方ないですわね。わたくしは一足先に、あの世で光魔法の会得に取り掛かりますわ。……せいぜい長生きしなさいな、エレナ。長生きして、ゆっくり年を取って、幸せに生きてから来なさい)

 こうしてわたくしの意識は、風に散って消えていくのでした……。



 私の手元に血塗られた1枚の紙が届きました。それがリディが持っていた紙だというのは、綺麗な装飾で飾り付けられた縁を見ても明らかです。それに……彼女の魔力も感じます。

「……何か大変な目に遭っていないと良いのですけれど」

 王城を後にしていた私は、紙を大事に握って先生の元を訪れる為に飛んで行くのでした。

 ……その後、手紙に魔力で文字が綴られているのに気付いたのと、リディが何者かによって殺されたと知ったのは、国を出て10日も経った後の事でした。

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