②
シスターの要望に了承の返事をした私達は、当時のまま残しておいてくれた自室で休んでいました。大変遺憾ながら、私はリディと同室だったのです。
「……リディ、シスターのお願い、どうして受けたのですか?」
「それはわたくしの台詞ですわ。貴女みたいな弱小魔女では、せいぜい野蛮人共のオモチャにされて捨てられるのがオチですわよ」
私の質問に対して腹立たしい事この上ない言い方をされた私は、二段ベットの下から蹴り上げてやりました。
「そう言えば貴女、昔に比べて少しは強くなったんでしょう?。誰か師匠でも取ったのかしら?」
「師匠は取るなんて言い方しませんよ。でもまぁ、師匠……と言うか先生が居る事は確かです」
「そう、どんな師匠なのかしら?。貴女の様な弱小魔女を弟子に持つ位ですもの、よっぽど変わり者の師匠なんでしょうね」
「確かに師匠は変わり者ですが……リディにその様な事を言われる覚えはありません。ハッキリ言って不愉快でしかないので訂正してください」
「あら?ごめんあそばせ、まさか師匠が変わり者と言われて起こるとは思いませんでしたわ」
「……次言ったら、その箒と魔法の杖、帽子とマントも消し炭にしますよ」
割と本気で怒った私は、ベット越しでも伝わる程の大量な魔力を溢れ出させて警告しました。
「はいはい。所で師匠と言うのは何て方なのかしら?」
「……レミィです」
「はぁ!?!?」
私の言葉に驚いたリディは、その場で跳ね起きると、そのままベットから落ちてしまいました。
そして私の転がるベットまで這い上がって来ると「嘘おっしゃい!レミィ様って……世界最強にして超最高位の「流星の魔女」の二つ名を持つ御方じゃありませんの!。オマケに負け知らずとも言われる生きる伝説ですのよ!?」と唾を飛ばす勢いで言ってきました。そして舌を噛んでうずくまりました。
「そうらしいですね。ですが多分世界最強では無いと思いますよ?、少なくとも負け知らずでは無いです」
私は淡々と答えながら起き上がりました。少なくとも3回に1回は私が勝てる辺り、絶対に世界最強の負け知らずでは無い筈です。
「し、真相の程はともかくとして、よくもそんな御方を変わり者なんて言えましたわね」
「実際変わり者ですよ?。私が先生や師匠と呼ぶと怒りますし」
「……では何と御呼びすれば?」
「……お姉ちゃんと呼ばされてました。しかもそう呼ばれると、毎回体をくねらせるのですよ」
「お……お姉ちゃん……」顔が引きつった笑みのまま固まるリディ。
そんな話をしつつも、少し小腹が空いてきた私は、近場の屋台に言ってご飯でも食べようと思い立ち上がりました。
窓越しに外を見てみると、庭では子供達がシスターと共に昼食を食べ始める所でした。……何故呼んでくれないのかと思いましたが、まぁ私達は急に帰って来た家出娘、食事の準備が間に合わなかったのでしょう。
「……そう言えば貴女、5年前は何も言わずに出て行きましたわね」
「そうですね……皆心配してました?」
「そりゃあもう。シスターなんて体調崩して1週間近く寝込んでいた位ですのよ?」
「……そうですか。後で怒られてきましょう」
「ずっと気になってたのですけれども、どうして誰にも何も告げずに出て行ったんですの?」
「…………」
私は当時の事を思い返しながら、リディの返答に応えるべく、ゆっくりと話し始めました。
〇
……このフリクセン修道院では、私の居場所がありませんでした。
根暗で誰とも話さず、一人でいる方が幸せ……そんなオーラを纏っていた様に、周りからは見えていたのかもしれません。
ですが実際はその様な事は無く、いつも皆と仲良くなれるキッカケを探していたのです。
恋バナにお洒落、読み書きの他にお絵描きも上手くないと、他の女の子の輪の中には入れない……そう思って必死で勉強して、全てをこなせる様になりました。
「これできっと皆の輪の中に入れる!」……そう喜んで皆に話し掛けた私でしたが、一人でそんな事をやっていたのが気持ち悪いと言われて、やっぱり皆の輪の中には入れませんでした。更には見えない所で起きていた嫌がらせがエスカレートして、この日を境に皆が向ける私への態度も、あからさまに悪くなるのでした。
「きっと……此処にわたしの居場所なんて無いんだ……」
そう悟ったのは、私が6歳の頃でした。
それからの私は、皆と話したくても話せないと諦めて、早く此処から出て行ける為の力を身に付ける……ただその一心で毎日を過ごしていました。
この頃の私は、全くと言って良い程に他人に興味がありませんでした。困ってる人を見掛けても、他人に助けを求めないで自力で解決する努力をすれば良いのに……と、かなり冷めた目で見ていました。それと同時に、自身の抱える苦しみや辛さを他人と分かち合おうとする人達に、嫌悪感の様なものさえ抱いていました。その様な事をしても、自分達の抱える苦しみは変わらない……だったら苦しみから解放される努力を最優先で行うべきと思っていたのです。
そんな生活を続けて8歳の頃、私はシスター以外に居た大人達からも気持ち悪がられる様になってました。大人でさえ一苦労な100人分の掃除、家事、洗濯、その全てを誰よりも早くこなせる様になっていたのです。
そしてこの頃から、私は体の中に不思議な力が芽生えている事を知りました。
「この不思議な力を物にすれば、きっとわたしにも居場所が出来る!」……そう思った私は、寝る時間を削って力の事を調べ上げました。
そして不思議な力が魔力だと知った私は、夜な夜な修道院から抜け出しては、魔法を上手く使う練習を始めたのです。
そんなある日、いつもの様に練習に出て来た私は、魔物と遭遇しました。
実戦の練習になると思った私は、正面から魔物に魔法をぶつけました。
この時点で私が使えた魔法は、基本属性全てでした。なので何があっても負けは無い……そう自負していたのです。
……ですが現実はそこまで優しいものではありませんでした。
魔物は慣れた動きで私の魔法を全て躱して急接近、その鋭くて大きな爪で私の胸を斬り裂いて来たのです。
痛みと共に宙に舞う私の鮮血が、強い衝撃で息が止まり、その場でのたうち回る私の顔に降り掛かってきました。
今までに怪我した事が無かった訳ではありません。指を包丁で切ったり、針を指に刺したり、洗濯中に桶のささくれが手の奥まで刺さり、それを抉り取ったりした事もありました。ですが今負った怪我は、その全てを遥かに超えた痛みと、言葉に出来ない程の恐怖を私に植え付けて来たのです。
やっと息が出来る様になった私の眼前には、返り血で真っ赤に染まった魔物が、まるで悪魔の様な笑みを浮かべてる様に見えました。
斬り裂かれた胸がジンジンと痛み、止まる事無く血が溢れ出していました。
自分の胸から溢れ出る血と、魔物に対する恐怖で足が震えて立てなくなった私は、後ずさる様にしてその場から逃げようとしました。
しかし魔物は一歩、また一歩と私に近付いて来ます。
「やだ……来ないで……」締め付けられた様に震えた声で、そう魔物に言いますが、魔物はその声を聴くと、ニヤリと表情をさらに歪めて、一気に距離を詰めて来て、そしてその大きな爪を振り上げて……一気に振り下ろしてきました。
――グサッ。
「がっ!……ああああああっ!!」
右胸に深々と魔物の爪が突き刺さった瞬間、私の視界は真っ赤に染まりました。
初めて感じる痛みに、自分でも聞いた事が無い様な声が血と共に口から溢れ出します。
魔物は暫く私の苦しむ姿を楽しむ様に制止すると、落ち着き始めたタイミングで右胸に刺さった爪を左側に引き裂いていったのです。
「ああああああああああっ!!!!」
視界が赤黒く点滅して、耳から聞こえる音も遠退いて、痛みと恐怖と死期だけを感じて、もう自分で自分がどうなってるのかが分からなくなった時、私は初めて助けを求めたのです。
「やだ……死にたく……ない。誰か……たす……けて……!」
喉の奥から溢れ出る血が邪魔して、しっかり喋れてたかは分かりません。ですが瀕死の私に奇跡が舞い込んできたのです。
――ザシュッ。
耳が遠のいていても、しっかりと聞こえる音と共に崩れ落ちた魔物は、私の体に覆いかぶさって即死していました。
……既に視界は闇が覆っていて何も見えない中、誰かが駆け寄って来る音が聞こえました。
「酷い怪我……待ってて下さい、絶対に貴女を助けますからっ!」
若い女性の声です。彼女は私の胸の傷を縫って治療すると、自分の血を輸血し始めたのです。きっと水系の魔法を使っていたのだと思います、私の体に流れ込んで来る血に、とても優しい魔力を感じました。
そして私の意識が飛ばない様に、この女性は色々な事を質問してきました。生まれや育ち、今の家や自分の部屋、歳や誕生日、好きな食べ物や苦手な食べ物の事、とにかく沢山聞いてきたのです。
そして女性の声が聞こえなくなった時、遂に私の意識は途切れてしまいました。
次に目が覚めると、私は自分のベットの上で寝ていました。
全て夢なのかと思い、胸を撫でてみましたが、そこには何針もの縫い跡と傷が残っていたのです。
この頃でしょうか……本当に助けを求める人が居るのだと認識して、私も助けてくれた女性にしっかりと顔向け出来る様にと、目に見える全ての困った人に手を伸ばす様になったのは。
そしてその時に、私が修道院を出て行きたい理由が少し変わりました。
「困ってる人達を皆救いたい」その思いを胸に、私は独り立ちの準備を本格的に進め出したのでした。
〇
そこまで語った私は、服と下着を脱いで、胸をリディに晒しました。
「これが、その時に負った傷です。今でこそ胸が膨らんで分かり難いですが、横一文字に綺麗に斬り裂かれています」
私は傷口をなぞる様にして話しました。今でも当時の痛みを、傷口の上から感じる事があります。まぁ愚行の代償という事で、今はこの痛みを受け入れているのですけどね。
「……治らなかったんですの?」
「いえ、消そうと思えばいつでも消せる傷です。ですが私がこの傷を消す時は……私の命の恩人である女性に返せるだけの恩を、他の誰かに返した時になります」
私は服を着直しながら、リディにそう告げました。
「……本当に大馬鹿ですのね、貴女って」
「そこは否定しません。自分でも馬鹿だと思いますし……」
「で?、貴女が出てったのは10歳の頃でしょ?」
「そうですね。では、普通の馬鹿が大馬鹿になるまでの話を続けるとしましょう」
〇
私が女性に命を救われてからというもの、遂にはシスターからも、私は気味悪がられていました。
と言うのも、私はわずか8歳にして大人達よりも読み書きが出来、難しい計算も暗算で難なくこなし、最近入って来た子供達の面倒を見つつ、大人達以上の働きをしていたのです。
ですがシスターが私を気味悪がった理由は、多分別にありました。
その日の仕事の殆どを一人でそつなくこなした私は、一杯のコーヒーを飲んでいました。
「ふぃ~、やっぱりホットのブラックですよね~」
多少の疲れが出たのか、私は椅子にグッタリと座りながら、額から零れる汗を拭っていました。
「おーい、エレナ!風呂の時間だぞー」少し擦れたシスターの声が聞こえました。
基本的には節約の方針で生活していた修道院では、男性陣と女性陣の2回に分けて皆でお風呂に入っていたのです。
「すいません、今日もパスで!」大きめの声でシスターにそう言った私は、再びコーヒーを飲み始めました。
私はあの日以来、誰にも裸を晒していないのです。傷を見たら、きっとシスターは心配しちゃうでしょうしね。
そしてシスターが私を気味悪がる理由も、これでした。
あの日から1月以上経つのに、私がお風呂に入ってる姿を誰も見ていないのです。それなのに毎日洋服は着替えてるし、髪からはシャンプーの良い匂いを漂わせ、到底不潔とは思えない身だしなみをしていました。
……とは言え本当にお風呂に入っていない訳ではありませんでした。皆が寝静まった深夜帯に、私はお風呂に入っていたのです。
そして今日もいつもの様に、冷めきった水を抜いて、火と水の魔法を合わせてお湯を作った私は、ゆっくりと体を洗っていました。
これからもきっと、私は胸の傷を誰にも晒す事無くこの場所を出て行くのだろうと……そんな風に思っていました。――その時でした。
――ガチャ。
「――っ!?」
急に浴槽のドアが開いたのです。そしてそこに立っていたのは……シスターでした。
私はとっさに胸の傷を隠しましたが、シスターは私のその不審な動きを察知して、強引に腕をどかして来たのです。
「きゃっ!」
急な事にたじろぐ私でしたが、そんな私にはお構いなく「エレナ……その胸は何だい?」と恐ろしく低い声量で聞いてきました。
……きっと今嘘を吐けば、シスターは本気で怒る。そう悟った私は、本当の事を打ち明けました。
「…………」
私の話を黙って聞いたシスターは、深くタメ息を吐くと、急に険しい顔をして腕を大きく動かしました。
驚いた私の目には、シスターの大きな手が迫って来ました。そして。
――パァンッ。
ビックリする程に大きく響いたシスターのビンタで、私は吹き飛ばされて尻餅を着きました。
まさかぶたれると思っていなかった私は、赤くなった左頬を抑えながらシスターを呆然と見上げていました。
「お前は一体、何をやってんだいっ!」
修道院内に響き渡ったシスターの怒号を聞いて、寝ていた大人達が集まって来ました。
とりあえず立ち上がった私は、傷を隠す様に皆に背を向けました。
……怒られた理由は分かる。シスターが恐ろしい形相になるのも、皆が驚いた表情で私を見るのも、しっかり分かってるつもりです。
……でも、どうしてシスターが胸を押さえて泣きそうになっているのか、それだけは分かりませんでした。
「……エレナ、何で私が怒っているか、分かるな?」
「……はい」
「……こっちに来なさい」
「……はい」
私は胸を隠したまま、シスターの前まで歩いていきました。するとシスターは私の事を胸に抱きしめて来たのです。
そしてシスターを見上げる私の頬には、彼女の涙が、ぽつり、ぽつりと零れて来ていました。
「エレナが無事で……本当に良かった……」
「シスター……」
その後、結局大人達からガッツリと怒られた私は、暫くの間外出禁止を言い渡されるのでした……。
そんな出来事があってから、あっという間に2年が経ち、私は10歳になっていました。色々と皆の手助けをしてた甲斐もあって、今では私を慕ってくれる友人も出来ました。それでも私の事を嫌っていた子……リディからの嫌がらせは続きました。
更には私と仲良くする子にも、彼女は嫌がらせを仕掛けて、私が此処を出て行く最後の年には、修道院内はジメジメとした嫌な空気が流れていました。
……もう皆が困った顔をするのは見たくない、私が居なければリディは他の子に嫌がらせをしない。そう思った私は、最後にリディの顔にペンでガッツリ落書きをすると、誰にも家出を悟られない様に、シスター宛の置手紙を残して、夜中にコッソリと修道院を出て行くのでした……。
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