実家に戻った、魔女達のお話

 ある日の昼下がり、修道院前で二人の少女が喧嘩をしていました。

 二人は魔女なのか、似た格好をしています。

 一方は黒いマントに黒の三角帽子、限りなく白に近い薄紫色の腰まで伸びた髪が特徴的な少女。もう一方は純白なマントと三角帽子に金糸で刺繍のあしらわれた贅沢な物を使う、金色の肩下まで伸びた髪が特徴的な少女でした。そして双方の胸元には、国の誇る魔女の証であるペンダントが見え隠れしていました。

「わたくしは下劣で恥知らずな民と富と名声が大好きなんですの!。民無くしてわたくしの大好きな富と名声は一切手に入らなくなる、だから助けるのよ!。このわたくしの素晴らしい考え方、エレナみたいな出来損ないには分からないかもしれませんわね」

 白い魔女が黒い魔女を見下す様にして言ってきました。

 それに対して黒い魔女も全力で抵抗していきます。

「私だって人間とお金は大好きです!。見返りは求めませんが、出来れば何か御馳走して欲しいです!。お金の事しか考えられない貴女の方が、出来損ないの私より人間として駄目じゃないですか!」

 何だか褒めて良いのか悪いのか分からない言い争いをしていた少女達に、とっても痛いゲンコツが飛んで来ました。

――ゴチン、ゴチン。

「うがぁ!?」

「ぬぼぁ!?」

 脳天からプスプスと煙を上げながらうずくまる少女達の前には、一人の老婆が立っていました。

「まったく、ウチの前で何やってんだい!」

 少女達は涙目になりながら老婆を見上げて、まるでホッとしたかの様に微笑みました。

「なんだ、まだ元気そうじゃありませんの」

「えぇ、お久しぶりです。シスター」

 シスターと呼ばれた老婆は、一切それらしい格好はしていませんでしたが、それでも全てを包み込んで許してしまう……そう感じる優しさの様なものを放つ聖職者の様な女性でした。

 私が生まれたばかりの頃は、この修道院は教会で、彼女は当時からのシスターだそうです。だから今でもシスターと呼ばれていると、小さい頃に聞かされた記憶があります。

 シスターは二人の少女を見つめる目を厳しいものから優しいものに変え「大きくなったわね、本当に……」と懐かしむ様に言い、手を差し伸べてきました。

「久々に顔を見せたんだから、少しは上がっていきなさい。リディ、エレナ」

 最初にシスターの手を取ったのはエレナでした。その後「別に、一人でも立てますわよ……」と唇を尖らせながらリディもシスターの手をしっかりと握りしめて立ち上がるのでした。

 立ち上がったエレナは、修道院の外観を見上げると「懐かしいですね……本当に」と感傷的な素振りを見せました。

「エレナ!ボーッとしてると置いてくよ!」シスターが大声でエレナを呼びます。

「あ、すいません。今行きます」

 シスターとリディを追い掛けて、エレナは歩き始めました。

 そしてこの黒い魔女ことエレナとは、実は私の事なのでした。



「あ!エレナねーちゃんだ!」

 シスターと共に修道院内に入った私達を、小さな子供が出迎えてくれました。彼等は私がこの場所を離れる少し前に迎え入れられた孤児なのですが、良く覚えててくれましたね。ちょっと嬉しいです。

「ケビン、ミオ、ディン、お久しぶりです。大きくなりましたね。そろそろ10歳位でしょうか?」

 私は腰に抱き着いて来た可愛い弟達の頭を撫でながらしゃがみ込み、ニッコリと笑って見せました。

「えへへ、昨日10歳になったよ!」ケビンは私の手を握りながら楽しそうに話し続けました。

 ミオもディンも、今週中に10歳の誕生日を迎えるそうです。他の子達も今は外出中で居ませんが、皆元気みたいですね。

 そして私の1つ上に兄が居るのですが、彼はこの場所から出て行く事無く、シスターの後を継ごうと考えているのだと聞き、ちょっと驚いてしまいました。

 と言うのもこの兄、基本的にボーっとしていてマイペース、台風で屋根が取れた日も気にする事無く昼寝をする人だったのです。だから何も考えないで生きているのかなー……?なんて思ってましたごめんなさい。

 それからも私は、可愛い弟達と楽しい会話を続けていたのですが、リディが「ちょっとちょっと!わたくしの事を無視しないで下さるっ!?」なんて威圧気味に言ったものですから、弟達の表情が硬直、ミオに関しては彼女がトラウマなのか泣きそうになってしまっています。何してくれとるんじゃ貴様。

「はいはい、チビ達は向こうで遊んでな!。二人共、私の部屋まで来な、そこで話そうか」とシスターが言ってきました。

 流石はシスター、場の納め方が強引な気がしますが上手です。

「えぇ。チビは嫌いですし、その方がありがたいですわ」

「分かりました……これ以上はあの子達が気の毒ですし、その方が良いでしょう」

「……それはどういう意味かしら?出来損ない」

「ふふっ、出来損ないに分かる事が理解できないのでしょうか?」

「…………」

「…………」

 私とリディの視線の間に火花が散ってるのが見える気がします。

 ――ゴチン、ゴチン。

 再びシスターのげんこつが私達の脳天に直撃しました。

「まったくもう!何べん同じ事するんだい!」

「す、すいません……」私は頭を擦りながら謝りました。

 しかしリディは相変わらずの態度を貫き通したので、もう一発シスターのげんこつが飛んで来た事は言うまでもありません。


 その後も小さい子に挨拶をしながらシスターの自室に辿り着いた私達は、三人共少し距離を開けて座らされました。私達がまた喧嘩すると思ったのでしょうね……当たりです。と言うかリディとは喧嘩友達感が強いので、別に本気で嫌がってる訳では無いのですけどね。言ってる事は本気で彼女を煽り倒そうとはしていますが……。

「さて、改めて言うけど、本当に大きくなったわね……貴女達」

「そうですね。私が此処を去って5年と半年……本当に懐かしいです」

「本当は此処に戻る気なんてサラサラ無かったのですけれどね、エレナのアホ面が見えたので寄って差し上げましたわ」

 おん?喧嘩売ってるのですか?。良いでしょう受けて立ちます。

 しかし私が喧嘩を買う前に、シスターが予め私を止めに入りました。

「そうさね、もう5年も経つのか……そりゃ私も老ける訳だ」

 そう言って自分の頬を擦るシスター。……確かに前に比べて、ほうれい線が増えた様な気がします。

「それで貴女達、今も魔女をやってるんだろう?」

 シスターが興味深そうに聞いてきました。そう言えば昔、シスターも聖職者では無く魔女になりたかったと言っていた気がします。やっぱり未練みたいなものがあるのでしょうか?。

 そんなシスターに「えぇ、今でも魔女をやってますよ」と、私が先に答えました。「今は世界をブラブラ旅しながらですけどね」とも付け加えて。

「わたくしも魔女を続けてますわよ。最近は強い魔女を探しては決闘を申し込んで、実力の向上に励んでいますわ」

 サラッとリディの口から、おっかない発言が聞こえた気がします。……まさか闇討ちとかされないですよね?、私。

 まぁ魔女同士が実力を確かめ合う為に決闘をする事は珍しい話では無いのですが、私は魔女になって1度もあった事が無かったのですよね。まさかこんな身近に居たとは……。

「そうかい、そうかい」シスターは楽しそうに私達の話を聞くと「で?、リディは分かったけど、どうしてエレナは此処に寄ったんだい?」と聞いてきました。

「私も旅先で遊んでる訳では無いので、まぁ色々と国に報告しなくてはいけない事が溜まって来たのですよ。その報告ついでに皆の様子を見に顔を出したって感じです」

「ほぉー、相変わらず真面目だな、エレナは」

 シスターがしわくちゃな手で私の頬を擦りながら褒めてくれました。私、シスターのこの手が小さい時から大好きでした。

「で?報告ってどんな事なんですの?」珍しく興味ありげなリディが訪ねてきました。

「そうですね、まず一つ目は大規模な違法賭博が行われてる村があったので、その報告。もう一つは……もしかしたら魔女の発展に役立つかもしれない内容になります」

「……それは?」

「魔女は他人から魔素を吸収する秘術があるじゃないですか、それに近しい事を無意識に行う男性と出会ったのです」

「そうですの、その殿方は長生き出来ませんわね。ご愁傷様ですわ」

「えぇ、しっかり看取って来ました……。それで、その男性……魔力を吸収した際に相手の心の内が聞こえる特殊な力も持ち合わせていたのです」

「心の声……?」

「そうです。もし私達もその力が使えたのなら、魔物から国を守る事態に陥った時に連携が取り易そうではないですか?」

「確かに……上手くいけば魔素の塊である魔物ともコンタクトが取れるかもしれないですわね」

「そうなのですよ。これは報告する価値、ありますよね?」

 そんな話に夢中になっていた私達を見て、シスターが笑い始めました。どうしたのでしょう?。

「貴女達、何だかんだで仲が良いわよね」

 何を言うかと思えば……その様な訳無いじゃないですか。

「何を言うかと思えば……そんな訳ないじゃないですの」

 おーい、私の心の声を口にするでなーい。

「いんやぁ、絶対に仲が良いって」

 ……やれやれ、一度言った事は曲げないのがシスターの良い所でもありますが、それと同時に困った所でもあるのですよね。

 私とリディは顔を見合わせると、少し困った顔をしながら肩を上げて見せました。

「さて、笑い話はこの位にして……」

 ……一気にシスターの表情から笑顔が消えました。彼女がこの様な顔をする時というのは、大抵が治安維持の騎士でも手に余る問題を抱えてる時です。

 リディもその事を察して、私達の居る部屋の中には不安で胸が締め付けられる様な空気が流れ始めました。

「元々この話は、直接国王にお話しようと思ってたんだけどね……」

「……私達で良ければ、出来る限りの力にはなりますよ」

「そうですわね。……一応お世話になった人の相談ですもの、適当にあしらったら、わたくしの名誉が傷つきますわ」

 私達の言葉を聞いて、少し躊躇いながらもシスターはある事を聞いてきました。

「貴女達、魔女としての階級はどんなもんなんだい?」

「わたくしは「雷雲の魔女」ですわ」

 ほう、決闘してるだけの事はありますね。中々に高い地位の二つ名です。てっきり「そよ風の魔女」とか「スカートをめくり上がらせる程度の旋風の魔女」とか、その辺りかと思っていました。

「私は――」

「いいえ、貴女の様な底辺な二つ名なんて、聞いても腹の足しにすらなりませんわ」

 何を言う。私は貴様なんぞより次元の違う魔女であるぞ。

 ジト目でリディに視線を送る私。それに気付いた彼女は「ふっ」と笑ってきやがりました。おぉん?喧嘩ですか良いでしょう買ってあげます。

「まぁまぁ、実力が高いのは分かったから喧嘩は後にしなさい」

 思いっきり箒を投げつけようとする私を止めながら、シスターはタメ息混じりに言いました。……今回はシスターの顔に免じて手を引いてあげましょう。

「で、真面目な話なんだが……最近になってこの辺りの土地が法外な程に高くなったんだよ」

 ほう、お金は大切ですからね。物価を上げる人達は悪者です。

「それでこの修道院にも、毎月の様に盗賊の様な連中が請求が来るんだ。「金を出さないなら、子供を一人ずつ代金として頂いていく」とか言ってね。……おかげで今の修道院は昔より貧乏な生活になっちまったんだよ」

「……つまりなんですの?わたくし達の魔女に支給されるお金が欲しいって……そう言う話かしら?」とリディが威圧的にシスターに聞きました。

「そうじゃないさね。娘達の金をせがむ程、この老婆も堕ちちゃいないよ」

「では、私達に何をお願いしたいのです?」

 私の質問に暫く黙り込んでしまったシスターでしたが、意を決したかの様な表情で「奴等に痛い目に合わせてやっておくれ!」と言ってきたのでした。

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