「うん!美味しい!」

 私が作った夕飯を、本当に幸せそうな顔をして食べるアベルを見て、私は戸惑っていました。

 普通に考えるなら、私がクローカスでない事がバレた時点で依頼失敗です。ですが彼は私の正体を知っても、怒るどころか追い出す事さえしない。……私は予定通りに、彼を看取るべきなのでしょうか?。

「あれ、君は食べなの?」

「あ、すいません。考え事していました……」

 クローカスになりきる事を諦めた私は、今まで通りの普通の口調でアベルに返事をしました。しかし彼は驚く事は無く、寧ろ「その話し方の方が好き」とさえ言ってくれました。……まぁ私の心の内の声が聞こえ続けていたなら、この喋り方の方がしっくり来るでしょうね。

 さて、何だかんだで夕飯を食べ終えた私は、今までと変わらずに食器を洗いながらアベルと談笑を楽しんでいました。……出来ればクローカスの話はしてほしく無かったのですが、彼は「どんな事があったにせよ、彼女には幸せに生きてほしいなぁ」等とぬかしやがりました。ブーツの踵の部分で踏んで差し上げましょう。

 そして食器が洗い終わり、お風呂に入った後に外で夜風を浴びている時、私はとうとう気になってる事を彼に聞きました。

「あの……どうして私がクローカスでは無いと分かっていたのに、騙されていたフリを続けたのですか?」

「ん?そうだなぁ……。何て言うか、彼女を必死に演じようとする君が可愛かったから……かな?」

 ……うん、確かに必死でした。似てるのは見た目と声だけで、性格はそこまで彼女と私は似ていません。なので必死で彼女の言動や口調を頭の中でイメージして、あらゆる状況にも返答出来る様に心の中で声に出していたのです。

「では、全てを打ち明けてしまった私を追い出さないのは何故です?」

「……それについては、後で話そうと思っていたんだけど、まぁ今話しても良いか」

「…………」

 私が黙って待っていると、アベルはゆっくりと口を動かし始めました。

「ちょっと恥ずかしいんだけど……君と過ごす内に、君に好意を持ってしまったみたいなんだ」

 ほぅ、嬉しい話ですね。好意を向けられて嫌がる人なんてそうそういません。

「あのさ……」アベルは照れながら私の方に向き直ると「短い時間になってしまうけど……暫くで良い、彼女を演じる君では無く、君自身が僕の恋人になってくれないか?」とお願いしてきました。

「…………」

「…………」

 暫くの静寂が、私達を包み込みました。

 彼の恋人になれって?、私が?。

 ……そんなの、断れる訳が無いじゃないですか。

 アベルの差し出して来た手を両手で握り返した私は「私などで良ければ、喜んで!」と返答し、彼には見えていないというのに満面の笑みで笑い掛けました。

「改めまして、僕はアベルです」

「エレネスティナです。エレナと呼んで下さい」

「分かったよ。短い間になってしまうけど、よろしくね。エレナ」

「はい。たとえ短くても、絶対に貴方を幸せにする事をお約束します。アベル」

 そして、この日から私はアベルの彼女になるのと同時に、クローカスへの報告を止めるのでした。



 アベルの恋人になって数時間が経ち、家の中に戻って来た私は、少し不機嫌でした。

 だってあんな良い感じの雰囲気だったのに、キス所か抱き合う事さえ無かったのですよ?。それなりの覚悟をしていた私の気持ちを返して下さい。

 しかしゴネても何も始まりません。そして別に、私はアベルの事が好きな訳では無かったので、何も無いなら内心は別にそれで良かったのです。

 確かに私は彼に惹かれていました。好意も持っていたと思います。でも恋人にしたいという願望は無かったのです。

 ですが彼の恋人になった今なら話は別です。お願いと言え、彼の女になった訳ですから、それなりに本気で好きになろうと努力をして、彼を愛し始めていました。

 なのでそれなりの欲をぶつけられる覚悟も、身を委ねる覚悟もしていたのです。なのに何も無いって……。

 ……まぁ良いです、きっと彼は奥手なのでしょう。その気になるまで待つ事にします。

 そんな事を思いながら、私は眠りに就きました。



 アベルと付き合い始めてから1週間後の夜、私は今日もいつもの様に彼と外で夜風に当たっていました。因みに何も手は出して来る事はありませんでした。

 彼が亡くなると予想されていた時期を既に数日を過ぎています。もしかしたら病気が治ったのでは……?。その様に考えて私は、彼と過ごす日が長くなる事が嬉しい様な、辛い様な……何とも言えない感情が胸に芽生えていました。

 しかし彼の病気が治ったという私の勘違いは、この日の夜を境に消える事になりました。そして不治の病では無いにしろ、彼の治療には既に時間切れである事も悟る事になってしまうのでした。

 その日の夜中、アベルは急に苦しみだすと、咳が止まらなくなってしまったのです。そして咳に交じって、不思議な粒子状の物を一緒に吐き出していました。

「この症状……まさかっ!」

 彼の苦しむ姿に見覚えがあった私は、一時的な治療法を試してみる事にしたのでした……。


「エレナ、おはよう」

「…………」

「朝だよ。起きて、エレナ」

「ん……。アベル……?」

 眠い目を擦りながら起きた私の視界の先には、朝食の準備をするアベルが映りました。どうやら私の考えは正しかった様で、彼の症状が和らぎ視力の回復も出来たみたいです。

「良かった……。アベルの目、見える様になったのですね」

「うん。多分だけどさ、君が直してくれたんだろう?」

 ホッと胸を撫で下ろす私に、彼は近付いて来て頭を撫でてきました。

「また世界を見える様にしてくれて、ありがとう」アベルの感謝の言葉が私の胸に突き刺さりました。だって私がした事、それはただ意味も無くアベルを苦しめるだけの行為だったのですから……。

 そう、彼の死は確実に迫っていたのです。私では、彼の症状を治しきる事が出来なかったのです。

 暗い感情のまま朝食を食べ終わった私は、アベルに症状を治しきれなかった事をしっかりと打ち明けました。

「ごめんなさい……」謝る私は手を握りしめ、その手の甲に涙がポタポタと零れてきました。

 そんな私の顔に手を伸ばしたアベルは、涙を拭うと笑顔で「それでも、ありがとう」と言ってきたのです。

 泣き止んだ私を見て、病気の真相を教えてほしいとアベルは言ったので、私は彼と共にベットに座ってから話し始めました。

「アベルのあの症状……咳に交じって粒子状の何かが出るのは、訓練時代の魔女達の間ではよくある話なのです」

「そうなの?」

「えぇ。私も魔女なのですが、師匠との訓練時代に数回、同じ症状が出た事があります。一見すると、ただの風邪や熱の様に見えるので気付き難いのですが、症状がピークに達した時、咳や排せつに交じって魔力の粒子が出て来る事があるのです」

「魔力の粒子……か」

「そうです。これは仮説でしか無いのですが、もしかしたらアベルが私やクローカスの心の声を聞けるのって、魔力に乗った思いを貴方が吸収していたのではないのでしょうか?」

「そんな事が出来るもんなの?」

「聞いた事はありませんが……それなら色々と辻褄が合うと思いませんか?。クローカスより私の方が魔力は上の筈です、それなら触れなくても溢れ出る魔力を吸収する事は可能でしょうし」

「…………」何だか上手く呑み込めていない様子のアベル。

「それじゃあ、少し魔法や魔女の成り立ちについてお話しますね」

 少しは理解し易くなるかと思い、私はなるべく丁寧に、それでいて必要無い部分は省きながら説明を始めました。

 生きとし生ける物は全てが魔力を内包しています。ただ内包量には個人差があるのですが、内包量が少ないと自身が魔法を使えるという認識すら持てないものなのです。

 そして生き物全てが魔力を内包してる理由ですが、国の魔法研究機関では空気中に漂う魔力の元……魔素を息を吸ったりした際に吸収してしまうが故に、それを蓄える器官が生き物に出来たのではないかと、そう言われています。

 そして魔法使いの象徴である存在が女である理由、それは女性の方が体内に溜め込める魔素の量が多く、魔素を魔力に変換して使用する事に長けているからだそうです。だから魔女は居ても、魔男は居ないのです……もしかしたら語呂が悪いから魔男と呼ばれていないだけかもしれませんが。

 そして魔素が濃い地域に居る、或いは魔素の枯渇状態が長く続くと、体は吸収出来る以上の魔素を蓄えてしまいます。そうなると体は、更に魔素を蓄えられる様に器官の拡張をしようとするのです。でも人間の体はそうそう簡単に変わることは出来ません。その為に体調を崩したり、最悪の場合だと死んでしまう事もあるのです。

 それが魔女や魔法使いであれば、適当に魔法を飛ばして体から魔素を抜いてやれば解決するのですが、魔法を使わない一般人だと解決方法が面倒になります。それは体から魔素を奪い取ってくれる魔女の存在が必要になるからです。

 これは魔女しか知り得ない秘儀になるのですが、触れた相手から問答無用で魔素を奪い取る技を教え込まれます。それを使わなければ一般人が助かる術は、ほぼ無いのです。

「以上が、魔女や魔法使いの成り立ち、貴方の抱えている症状になります」

 ザックリと話し終えた私は、アベルの手を握りながら魔素を抜きつつ彼の顔を見上げました。

「なるほどね。何となくだけど分かった気がする……。でもさ、僕が魔素を吸収し過ぎって事は、この村の魔素が濃いって事だよね?でも僕以外にこの症状で苦しんでる人はいないんだけど……」

「そうですね。多分ですがアベルは相当特殊なのだと思います。本来は知識が無くては出来ない魔女だけの秘儀、魔素を相手から吸い取る術、それに似た事を無意識に使ってしまっているのでしょうね。だからこそ普通の人より魔力が多い私やクローカスからだけ、心の声を聞き取る事が出来た。そして魔力に乗った思いを声として聞けるのは、きっとアベルの感受性が高いからなのではないでしょうか?」

 私がそう言うと、彼は難しい顔をしながらも「まぁ……何となくだけど、それも分かった」と歯切れの悪い返事を返してきました。

「でもさ、エレナが僕の魔素を吸収してくれたんだろ?。それなのに助からないってのは、どういう事なんだい?」

「……貴方の魔素を吸収する量は膨大過ぎるのですよ。昨日の夜中に試したのですが、私では吸収しきる事は無理でした。そして魔素を取り除けたとしても、既に貴方の体は限界を迎えてしまっています。……気付くのが遅すぎたのです」

 アベルはとりあえず自分の状態を認識し、納得してくれました。

「…………」

 そんな彼を、私何も言わずにはベットに押し倒しました。

「エレナ……?」

「……構わないのですよ?私は貴方の女なのですから。どうぞ欲をぶつけて来て下さい」

 私がそう言うと、彼はゆっくりと手を伸ばして私の顔を自分の傍に近付けました。そして――。

 ――チュッ。

 小さなキスの音が部屋の中に響きました。ですが彼がキスしたのは、私の頬でした。

「どう、して……?」私は動揺しながら訪ねます。

 そんな私の顔を見つめて「君はこういう経験が無いんだろう?寧ろ怖いとさえ思ってる」と言ってきました。

 確かに経験は無いです。そもそも親しい男性は同じ場所に住んでいた兄妹位ですし、兄妹でそういう事はしないですし……。

「そんな怖くて今にも泣きそうな子に手を出す程、僕は野蛮じゃないよ。それが例え、僕の彼女だとしてもね」

「…………」

 私は思わず、黙り込んでしまいました。

「どうして、ですか……?」

「何がだい?」

「貴方の体はもう持たない!今日にでも死んでしまうかもしれないのですよ!?それなのに……どうして貴方は我慢しようとするのですか!?」

 自分でも驚く程に声を荒げながらアベルに迫る私。そんな私の事を抱きしめながら「なにも彼女が居るからって、欲をぶつけるのが幸せな訳じゃ無いよ。君と居れれば、僕はそれで十分なんだ」と、彼は優しい声で言いました。

「だからさ、そんな恐怖に怯えた表情じゃ無くて、笑顔を見せてほしいな」

 ……どうやら私は、男性を良く無い目で見ていたのかもしれないですね。反省です。

 そして彼の望みが私と共に居る事、それをしっかりと理解した私は少し溢れ出ていた涙を拭うと、アベルに満面の笑みを見せました。

「うん、それでこそエレナって気がする」

「そうですかね?、私ってそこまで笑う人間では無いですよ?」

「だったらこれからは笑っていた方が良い。君の笑顔は人を幸せに出来るよ」

「そうですか。それならば善処しないとですね」

 そんな話をしながら、私達はいつも通りの生活に戻っていくのでした。

 ですが忘れてはいけません、アベルの体は既に限界を迎えているのです。いつ状況が悪くなっても不思議ではありません。

 その事を念頭に置きながら、それでいて結構充実した日々を送っていた日の夜、遂にソレは起きるのでした……。

 急にアベルが苦しみだしたのです。あれからも欠かさずに彼の魔素は抜き続けていたのですが、やはり窮余の一策……と言うよりはその場凌ぎでしか無かったこの方法にも限界が来たのです。

 既に彼を救う事は出来ません。ですが痛みなら和らげる事が出来ると、それを願って今まで以上に大量の魔素を吸収しました。

「――っ!?」

 必死に魔素を吸収していた私の視界が急に霞むのと同時に、自分の手に生温かい何かが零れ落ちてきました。そしてその零れ落ちた何かが血である事を認識した途端、急に吐き気が込み上げてきたのです。

「がはっ!」

 ボタボタと口から血と魔素が吐き出されました。……どうやら私も限界が近い様です。

 と言うのも、村の中で魔法を使う訳にもいかず、更に一時もアベルから離れる事が無かった私は魔素を排出出来ていなかったのです。

(そろそろ……無理ですね。ですが、後少し……せめて彼の苦しみを抑える事が出来るまでは吸収しないと!)

 必死に魔素を吸収し続ける私でしたが、彼以上に目に見えて症状が悪化していきます。既に白いブラウスは血で赤く染まり、目からも血が流れ始めて来ていました。

 そんな時です、アベルが私の目から流れる血を拭ってきたのでした。

「もう大丈夫だよ、痛みは取れた……息苦しいけどね」

「そうですか……良かった」

 安心して体の力を抜いた途端、一気に疲労が込み上げてきて、私は倒れ込んで動けなくなってしまいました。体中が痛いし気持ち悪い……ですが今は、彼の苦しみを取り除けたことが嬉しくて、笑みを零しながら仮眠を取るのでした。



 その日の夜、アベルは寝る前に「多分、今日が最後になる」と寂しそうに言いました。考えたくは無いのですが、私も今日がこの村で最後の夜になると直感していました。

 ですがこれと言って何をする訳でも無く眠りに就く私達でしたが、今日はいつもより夜更かしをして他愛無い話で笑い合いました。

 ベットの中で手を握り合い、途切れ途切れになりつつも会話を無理矢理続けていた私達ですが……遂に最後の瞬間が訪れたのです。

「……?」

 急に握る彼の手の力が弱くなった事に気付いた私は、彼の顔を見上げました。

 普通に眠ってる様に見えます。ですが恐らく、彼はもう……。

「……アベル?聞こえますか?」

「…………」

「もう……逝ってしまったのですか?」

「…………」

 最初は私を驚かせようとしてるのかと期待していたのですが、彼の胸から心音が途絶えている事を確認した私は「……逝ってしまったのですね」と呟き、彼のまだ温かい亡骸を全力で抱きしめました。

「……今まで、お疲れ様でした。貴方の事、大好きでしたよ……さようなら、アベル」

 涙ぐんだ声で別れを告げながら、最後に頬にキスをした私は、まだ夜中だというのに荷物を纏めて家を出て行くのでした。


 外に出ると、まるで見計らっていたかの様にクローカスが村長宅から出てきました。

「エレナさん……」

「…………」

「どうして、途中から私への報告を怠ったの?」

「…………」

「……何か言ったら?」彼女の言葉に苛立ちが含まれた様に聞こえました。

「…………」

 それでも沈黙を続ける私に痺れを切らしたクローカスは、おもむろに私の胸ぐらを掴んできました。

 ――ヌチャ。

「――っ!?」

 手に触れた生温かくて水以上の滑りに気付いた彼女は、驚きながら一歩距離を取って、ゆっくりと手に付いたモノを確認しました。

「ひっ!?」

「……安心して下さい。それは私が流した血です、彼のものでは無い」

 淡々と語る私を怯える様に見上げた彼女は、口や目元に残った血の跡に気付くと、震えた声で「その血……何よ……?」と尋ねてきました。

「……彼の症状を和らげる為に、私の体にも彼が負っていた症状を写し込んだだけです。その甲斐あって、彼は安らかに逝けた筈ですよ」

「…………」

「それでは、私はこれで失礼させてもらいます。国に報告しなければいけない事が出来たので」

 黙り込む彼女に一応のお辞儀をした私は、村の出口に向かって歩き始めました。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」私の腕を掴んで、彼女は「出て行く前に、彼との事をしっかり話して!」と迫って来ました。

 本当は何も話す気は無かったのですが、話さないと死んでも腕を手放さそうだったので、仕方なくアベルと過ごした日の事を遡って話しました。

 2日目のデートの後、彼は私がクローカスでは無い事に気付いていた事を告白した事。実は初めから私がクローカスでは無い事を知っていながら騙され続けていた事。私をエレナと認識しても尚、一緒に居る事を望んでくれた事。それ以降の私とアベルのプライベート以外の出来事は全て話しました。

「……以上が、アベルとの生活をした報告になります。因みに私が報告をしなくなったのは、私自身がアベルの恋人になったからです」

「……どういう事?。まさか人の男を寝取ったの?。そんな事……私が許すと思ってるの?」

「そもそもの話として、アベルは既婚者である貴女の男では無いです。それに万が一私がアベルを寝取ったとして、貴女にそれを責める資格があると思っているのですか?」

「何よ……脅しのつもり?」

「いえいえまさか……ただの事実確認ですよ。貴女は親の都合に振り回されたとは言え、文字通り村長の息子に寝取られた。それでいてアベルの事を忘れられず、今だに恋人を気取っている……それって見方によっては二股では無いですか?」

「だったら……私にどうしろって言うの!?。彼と共に居たくても、親の……ましてや村長絡みになったら断る術なんて無いじゃない!。彼との関係を断ったら村中を敵に回しかねないし、生きていく事が出来なくなる!」

 ……最初と比べてかなり口調が荒々しくなっていますね。もしかしたら素のクローカスは気性が荒くて口が悪いのかもしれませんね。

「まぁそうでしょうね……それが貴女の考えられる限界です。それしか選択肢が残っていないと諦めたのなら、しっかりアベルと話してスッパリ別れるべきでした」

「……私の限界って、だったら貴女ならどうしたって言うの?私の考え以外の選択肢があるなら、是非とも言ってみてよ!」

「そうですね……もしも私が貴女と同じ状況に居たのなら、まずは村長の息子と関係を持つ前に直談判。それが叶わないのなら、彼を連れて村から出て行きます。その結果、屈辱的で惨たらしい死に方をしたとしても、後悔は無いでしょう。そして彼が村を出るのを拒んだのなら……彼と一緒に死んでも構わない」

「……正気なの?」

 さっきとは別の意味で怯えだすクローカス。まぁ確かにやり過ぎ感は否めませんが、死んでも彼と共に居たいのなら、私は間違い無くこの3つを決行します。

「貴女には出来ないでしょうね。それでは、今度こそ失礼させてもらいますよ」

 ……背後からクローカスの殺意の様なものを感じます。ですが彼女には私を殺す度胸も、ましてや殺される覚悟も無いでしょうし、襲って来ない事は容易に想像出来ます、なので無視をして歩き続けました。

「あ……そうだ」私は足を止めてクローカスに振り返ると「アベルは貴女の真実を全て知っても尚、貴女には幸せに生きてほしいと言っていましたよ」とだけ告げると、箒に乗って国の方へ向かって飛んで行くのでした。

 ……飛び立って直ぐの時には、クローカスの泣き叫ぶ声が聞こえていましたが、今は何も聞こえません。泣き止んだのか、私が離れ過ぎて聞こえなくなったのかは分かりませんが、とりあえず私も胸の内をさらけ出してしまいましょう。

「私は旅をする魔女です……初めから誰かのものになる事は出来ません。そして縛られる事もあり得ないのです。だから……!」

 零れ落ちる涙を必死に拭って夜空を見上げた私は「だから、私は貴方の事を忘れます」と、何も無い空に宣言する様に言いました。

「本当にさようなら、アベル……」

 今にも消え入りそうな、か細い声で別れを告げた私は、最後に満面の笑みを夜空に見せると、颯爽と飛び去って行くのでした。

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