③
「おはよう、エレナさん」
「……おはようございます。今日の予定は、近場を少し散歩しに行く感じです」
まだ朝焼けが眩しく、殆どの人が夢の世界から帰って来ようとしている頃、私はクローカスと会っていました。彼女にアベルの状況や変化を報告する為です。
しかし余り彼女の事が気に入らない私は、予定だけ伝えると、さっさと彼の元に帰っていくのでした。
背後では嬉しそうに赤ん坊に何かを話すクローカスの声が聞こえてきます。……きっとアベルの事を話しているのでしょう。その赤ん坊の父親はアベルでは無いというのに……。
彼の家に戻って来た私は、朝食の支度を始めました。
お昼にはサンドイッチを作る予定なので、朝は卵を使わずに簡単な物を作ります。
まずはパンの両面に焦げ目を付けてバターを塗り、牧場近くの小さな果樹園から取れたイチゴで作ったジャムを塗って完成。
次にベーコンを2枚焼き、気持ち程度のレタスとプチトマトを1つ飾って、完成です。
うん、朝食ならこれで問題無いでしょう。本当はチーズも使いたかったのですが……まぁ良しとします。
「アベルー?。朝ご飯出来たわよー」
「ふわぁぁ……おはよう、クローカス……」
私の声で起きたアベルは、大きなあくびをした後に眠そうな目を擦ると、ベットに横向きで座りました。
「おはよう。今日の朝ご飯は、イチゴジャムのパンと、ベーコンレタス、プチトマトの飾り付きです!」
私がドヤァとしながらテーブルに並べて言うと、彼は「おぉ!ジャムなんて小さい時以来だ!ベーコンも高くてなかなか買えなかったんだよ、楽しみだ!」と言いながらお腹を鳴らしていました。
「私が付いてってあげるから、先に顔を洗うのよ?」
「分かってるって」
手を繋いで顔を洗いに行った私達は、速攻でテーブルまで戻ってくると直ぐに朝食を食べ始めるのでした。……そんなにお腹が空いてたのでしょうか?。
「ぷはぁー!。ごちそうさま!」
「お粗末様でした。美味しかったかしら?」
食べ終わった朝食の食器を片付けながら、アベルに尋ねました。と言うのも、調味料が殆ど無いという事もあり、私的には少し薄味に感じてしまったのです。
しかし彼は「昨日のシチューもだけど、本当に美味かった!。料理が上手になったね、クローカス」と褒めてくれました。作った物を褒められて嬉しくない人なんていません、私だってそうです。
「お口に合った様で何よりだわ。お昼も楽しみにしててね」
ちょっと嬉しくなった私は、ルンルンしながらサンドイッチを作る準備を始めるのでした。
〇
お昼頃になり、森に出掛けた私達は、相も合わらず他愛無い話で笑い合っていました。
そんな時です、不意にアベルが質問を投げかけてきました。
「そう言えばさ、朝のバターもイチゴもベーコンも結構高いよね?どうやって仕入れたの?」
「え?普通に買って来たけど……」
「君のお金で?」
「えぇ……変かしら?」
「…………」
何故か黙り込むアベル。もしかして何かやらかしちゃいましたかね?。
「君に払わせて、申し訳ないな……」
「なんだ、そんな事?。気にしなくて良いわよ、私だって食べたかったんだから」
いや実際そんな事で済んで良かったです。……と言うか私からすると、結構安く買えた気がしたのですが。一般的に国で売られてる魔女装束とか30倍位の値段しますし。と言うか毎度思う事があるのですが、専門品って異様に高い事が多いですよね……。
しかし彼は納得が出来ない様で、何か恩返しをさせて欲しいと申し出てきました。
暫く悩んだ私でしたが、「またデートしましょう?それが私にとっての恩返しになるわ」と言いました。「だから、それまでは絶対に生きてね」と付け加えて。
「そう、だね。それまでは頑張って生きないとね……」
彼のその言葉を聞いて微笑んだ私は、手を握りながら森の奥へと歩みを進めて行くのでした。
暫く歩くと、そこには今までの閉鎖的な森とは打って変わって開けた場所に辿り着きました。
「うわぁ……」思わず声を漏らした私は、開けた場所に大きく広がる湖が日の光でキラキラと反射し、国では絶滅したと思われていた黄金色に光る蝶が舞う幻想的な景色に見惚れていました。
「……君は昔からこの場所が好きだったよね」
「えぇ……」
半ば呆け気味に彼に返答した私は、ついつい素の自分が出てしまっている事に気付き、小さく首を振ってから改めて歩き始めました。
1番日の当たる木の傍に座った私達は、早速お弁当を食べる事にしました。……まぁお弁当と言っても、ただのサンドイッチなのですけどね。
さてさて、それでサンドイッチの具なのですが……まずはスクランブルエッグとレタス、ハムをサンドした物と、目玉焼きに塩コショウとマヨネーズで味を調えた物の2種を用意して来ていました。
普段は旅先の露店等で食事を済ませるので、余り作る事はしていないのですが、元々私が過ごしていた修道院では毎日全員分の食事を作っていました。なので家事洗濯には自信があったりします。
「さぁ、召し上がれ!」
「うん、いただきます!」
手を合わせ終わった彼は、早速サンドイッチを頬張りました。私も幾つか食べましょう。
その後、彼との談笑を楽しみながら食事をしていた私達なのですが、気が付いた時には既に全てのサンドイッチを食べ尽した後でした。アベルの食欲は凄まじいです……2つしか食べられませんでした。
食事を終えたアベルは、木に寄り掛かる私の膝枕の上で気持ち良さそうな表情を浮かべながら転がっていました。
「ねぇ、クローカス」
「ん、なぁに?」
「何か歌を歌ってくれないか?」
「歌……?」
急な要求にキョトンとしながら問い返した私は、彼の笑いながら歌を楽しみに待つ姿を見て、とりあえず歌ってみる事にしました。
まぁ旅の道中も暇な時に歌ってたりするので、絶望的に下手って事は無いとは思うのですが……いざ人前で歌うと思うと、何だか恥ずかしいですね。
「……下手でも笑わないでよ?」
「勿論笑わないよ!」
「分かったわ。それじゃあ……」
小さく深呼吸をした私は、少し前に夢で見た出来事を歌として歌いました。
不治の病にかかった妹の命を救う為に旅に出た少女は、神の心臓を求めていました。神の心臓は万物に効く薬になるとの言い伝えが、彼女の暮らしていた場所にはあったのです。
ただの戯言かもしれない言い伝えを信じた彼女は、ただひたすらに神の居ると言われてる険しい道を進んでいきました。
栄養失調にも脱水症状になりながら進み続ける少女は、何度も何度も獰猛な獣に襲われ、遂に片方の腕を無くしても尚、止まる事無く神の居る場所を目指して歩き続けました。
それから数日経ったある日、少女の前に数人の男が現れました……盗賊です。
彼等の正体に気付いた少女は、怪我で動かなくなった足を引きずりながら逃げました。しかし相手はがたいの良い男数人、瀕死な少女は逃げること叶わず捕まってしまいました。
野蛮な彼等に捕まった女がどうなるか知っていた少女は、妹を助けられない申し訳なさと、自身の弱さを呪って目を閉じました。
……そんな時です。目を閉じてても分かる程の眩い光が閃光の様に通り過ぎると、少女の手足を押さえつけていた盗賊が跡形も無く消え去ったのです。
助かった事を悟った彼女は、ゆっくりと目を開けました。そして涙を零しながら喜んだのです。
瀕死な少女を救った者の正体、それは彼女が求め続けていた人の姿をした神……現人神だったのです。
しかし動ける元気が無かった少女は、そのまま意識を失ってしまいました。
次に目が覚めた時、少女は現人神の住む家で寝かされていました。そして彼女の傍には怪我を案じて寄り添い続け、眠ってしまった彼の姿が……。
「……今なら殺せる」そう思った少女は、彼を絞め殺そうとしました。ですが恩を感じていた彼女には、結局殺す事が出来ませんでした。
その後、怪我が完治するまでお世話になる事になった少女は、それでも彼を殺せるタイミングを計りながら過ごしていきました。
そして数日が過ぎた頃、遂にチャンスはやって来ました。何と少女の前で座りながら、うたた寝をしていたのです。
彼を起こさない様にゆっくりと転がした少女は、彼に跨って包丁を構えました。
……しかし少女は彼を殺せませんでした。
妹を救うには彼の心臓が必要な事は分かっています。ですが少女は、神とは思えない程に人間的な彼を愛してしまっていたのです。
戸惑いを隠せない少女は、ただひたすらに葛藤しました。
妹を取るか、彼を取るか……頭の中では分かっています。家族を救う方が最優先です。ですが愛する者を失いたくない少女は、思わず泣き出してしまいました。
そんな彼女の手を、彼は優しく握りました。本当は寝てなどいなかったのです。
彼は妹の為に頑張り続ける少女の事をずっと見続けていました、だからこそ自分の命を差し出そうと――そう思っていたのです。
彼の言葉を聞いて決心を付けた少女は、その包丁で彼の胸を抉りました。
しんと静まり返った家の中には、悲鳴が響き渡ります。彼のものではありません、少女の悲鳴です。彼女は苦しんで泣き叫びながら、彼の胸を抉り続けていたのです。自身の手と、顔を真っ赤な血で染めながら。
彼は遠退く意識の中、少女の妹が無事に助かる事と、何より彼女が泣き叫ばずに済むよう願いながら、遂に絶命しました……。
それから数日後、少女の妹の容体は嘘の様に回復して、庭を駆けまわって遊ぶ姿がありました。しかしそこに少女は居ません……。
妹が助かった後、結局彼の事を忘れる事が出来なかった少女は、申し訳なさと悲しさで気がおかしくなってしまっていました。
そして、彼の後を追いかける様に……彼を殺した包丁で自身の胸を抉りながら、崖の底に落ちて行くのでした…………。
正直、これは私の中で悪夢に近い夢の内容でした。頑張った人達は……誰一人として救われていないのです。きっと妹も姉の事をいつか知り、もしかしたら同じ末路を辿ってしまうかもしれません。
私自身、どうしてこの悪夢を歌にしようと思ったのか分かりません。分かりませんが……これ以外の歌は歌いたく無かったのです。
「ごめんなさい……暗い歌になっちゃったわね」
「ううん。僕は好きだよ、今の歌」
拍手して褒めてくれるアベルは、何故か少し困った顔をしてる様に見えました。
さて、十分に休憩をした私達は、早速水遊びを始めました。水着は用意出来なかったのですが、もう魔法で乾かせば良いやと思ったので着替えも持って来ていません。
そしてただの水のかけ合いを楽しんだ私達は、久々にはしゃいで疲れきり、帰路に就くのでした。
〇
家に戻って来たアベルは、夕飯の準備をする私の手を止めさせて「話しておきたい事がある」と言ってきました。どうしたのでしょう?。
「それで、一体どうしたの?」私は首をかしげて聞きました。
「君は……クローカスじゃないね?」
「――っ!?」
嘘……気付かれた!?。いや、もしかしたらただ疑ってるだけなのかもしれません。下手に動揺しない方が良いでしょう……。
「どうして、そう思うの?」
「実はさ……昨日君が来た時から気付いてたんだ。クローカスに似た子だって」
「…………」
「僕さ、君の手を握っても何も聞こえないって言ったでしょ?」
「……えぇ」
「それはね、何故か君からは離れていても考えてる事が聞こえてたからなんだ」
「…………」
初めから分かっていた……。それじゃあ、どうして私とデートまでしたのでしょう?。どうして私を……クローカスと呼んだのでしょう?。
「君が僕の家に来た時、君はクローカスから頼まれた時の事を考えていただろう?」
「……えぇ」
「彼女……今はどうしてるんだい?」
困りましたね……離れていても心の声が聞こえてしまうなら、嘘は通じません。
「聞いたら……後悔するかもしれませんよ?」と、一応警告しました。
しかし彼は「どんな事が起きてても気にしないよ」と笑顔で返してきます。
これ以上は誤魔化す方が彼を傷付けてしまう……そう思った私は、クローカスの事を話しました。
彼女は村長の息子と結婚した事、子供が居る事、今でもアベルを気に掛けている事……包み隠さず、全て話しました。
私の話を聞いたアベルは、やはりショックだったのでしょう……それ以上は何も聞かず、夕飯も食べずにベットに寝ころんでしまいました……。
それから数時間後、どうしたら良いのか分からなくなった私は、アベルの家に居続けていました。すると突然、彼はいつも通りの笑顔で起きると「爆睡したらお腹が空いちゃった」と言って夕飯を催促して来るのでした。まさか本当に気にして無いのでしょうか……えぇ?。
困惑を隠せない私は、裏返った声で「ちょ、ちょっと待ってて下さい!」と言って慌ただしく夕飯を作り始めるのでした。
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