余命の短い、盲目青年のお話

 良く晴れた日の事。私たちの村は、ある問題で頭を悩ませていた。

 それは家畜や食料が不足してるとか、井戸の水が枯渇したとか、そういった問題では無い。寧ろ私のワガママに村人全員を巻き込んで、悩んでいた。

「で?そろそろ話を纏めて、ワシは仕事に戻りたいんじゃが……」

 一人の老人がそう呟く。

 その意見に参堂するかの様に、集会所として建てられた木造の建物内は、村人達の各々の心情を零す声で満たされた。

「……分かりました。これは私のワガママで、本来は私が一人で解決しなくてはいけなかった問題です」

 私の発した声で、賑やかになった集会場内はシンと静まり返った。

「これ以上、皆さんのお時間を割く訳にはいきません……」そう呟く私は、涙混じりの声で言うと、座ってた椅子から立ち上がり、重たくなったお腹と小さな赤ん坊を支えながら、皆にお辞儀をした。

 申し訳なさそうに私を見る村人達。私はそんな彼等に心配をさせない為に、出来る限り精一杯微笑みながら「やっぱり私が何とかしてみます」と口にした。

「……すまないな、お嬢。俺等にも自分達の生活があるんだ。お嬢と彼に割ける時間は、そんなに沢山は無いんだ……。勿論だが俺等だって、出来る限り何とかしてやりたいが……今回ばかりは無理だ」

「えぇ、分かってます……。無茶を言って、ごめんなさい」

 私の言葉を聞き終わり、それ以上喋らない事が分かると、皆はお辞儀をしながら集会所を後にした。

 こうして村の隅にひっそりと建てられた木製の建物の中には、すすり泣く私と元気な赤ん坊の声だけが取り残されるのだった……。



「ほぅ……」

 一人の少女が、とある村の入り口で呆けていました。

 ポカンと驚いた様子で村を見渡す彼女は、まだ子供っぽさを残してはいるものの、国に認められた立派な魔女でした。

 限りなく白に近い薄紫色の長く伸びた髪を風に靡かせながら、片方の手で黒い三角帽子を、もう片方の手で紺色の丈の短いスカートを抑えた彼女は、黒いマントをはためかせつつ、村の中に足を踏み入れて行きました。

「お邪魔しまーす」

 ウキウキしてる表情を隠しきれないで、村の中に入って行くこの魔女……その正体は、私なのでした。


「いやぁ、この村は結構良い場所ですねぇ」

 感心した様に周囲を見渡して歩く私の視界の先には、そこそこ大きな牧場が木の杭で区切られて存在していました。

 どうやらこの村の土は死にきっていないらしく、しっかりと緑が芽吹いているのが確認できます。そしてその緑を美味しそうに食べる牛と、その周囲をウロつきながら元気な声を出す鶏も、沢山確認出来ました。

「最近は牧場も全然使われて無い所も多いですからね、きっとこの村は魔物や賊の脅威が少ない場所なのでしょう」

 内心、久々の肉料理が食べられるのではないかと期待している私でしたが、村の中心に近付くにつれて何か不穏な空気を感じ取り、さっきまでのウキウキは消え去り、身構えながら村の中心にやって来ました。

 ……一見すると、村人達は精を出して動いていますが、何か別の事を考えているのでしょう……心此処に在らずって感じです。

「不穏な空気は、コレが原因なんでしょうか……?」そう呟きながらも、やっぱり肉料理が食べたい私は、屋台やお店を探しながら村の中を練り歩きました。

 そんな時です。私は一人の男性に声を掛けられました。何やら神妙な顔をしているように見えます……困り事でしょうか?。

「なぁ、お嬢さん。アンタ、他所の人間だろ?」

「えぇ、魔女です。ちょっとした理由で旅をしています。……何か困り事でしょうか?」

「よく分かったな。実はちょいと頼みたい事があるんだが……」

 男性は頭を掻いて悩みながら、申し訳なさそうに私への頼み事を言いました。

「此処じゃあ詳しく言えないんだが、実はある青年の看取りをしてほしくてな……」

「看取り?」首をかしげながら私は聞きました。それは普通、同じ環境で生きた人、或いは身内が行う事です。それに見ず知らずの他人に看取られても、看取られる側は気が気ではないでしょうし……。

「あぁそうだ。理由は後でしっかりと説明するから、とりあえずは向こうに見える小屋で待っててくんねぇか?」

 そう言って男性が指を指した先、そこは村の隅に建てられた木造の小さな小屋でした。

 困ってる人が居たら、助けたくなってしまうのが私です。とりあえず話だけでも聞いておこうと思った私は、彼に言われた通りに小屋へ向かいました。


 小屋に着いた私は、部屋の中央に置かれたランタンに火を点けて周囲を見渡しました。村の掟や住民の名前と性別、年齢や役職等が彫り込まれた名簿の板がある辺り、どうやら此処はこの村の集会所の様です。

「ほぅほぅ、村の大きさに対して人数は少ないみたいですね。それでもしっかり栄えてるのは、土地が良いという事もありそうですが、全員が役職を持って村の貢献をしてる事が大きな要因でしょう」

 暇を持て余していた私は、何となく名簿の文字を指でなぞりながら読んでいました。

 そんな時です、一人の男性には役職が振り分けられて無い事に気付きました。

「アベル、ですか。彼は何もしていないのでしょうか……?」

 村の状況や掟がある辺り、何もしないのは許されるとは思えません。

 そう言えばさっきの男性、私に誰かを看取ってほしいと言っていましたね。……まさか、この人の事なのでは?。

 暫く考え込んでいると、ドアのきしむ音と共にさっきの男性が集会所に入って来ました。そして彼の後ろには数人の村人と、最後尾には妊婦さんが居ます。

「お待たせして済まない。早速で悪いんだが、さっきの話の続きをして良いか?」

 私を椅子に座る様に催促してきた男性は、やはり申し訳なさそうな顔をしています。

 彼等が椅子に座るのを待った私は、最後に腰を掛けて座った妊婦さんを確認すると、開いてる場所に座りました。

「…………」

「…………」

 ……かなり暗い雰囲気が漂っています。ですが内容が内容なだけに、仕方ない事なのかもしれませんね。

「さて、本題に入る前に、まずは依頼人の紹介を。今回お嬢さんに看取りを依頼する方、村長の息子の妻、クローカスさんだ」

 そう言って彼の手を伸ばした先に居たのは、先程の妊婦さんでした。

「クローカスです。この度は急な依頼、申し訳ありません……」

 そう言いながら、長く伸びた紫色の垂れ下げて深々と頭を降ろした彼女の声は、どこか悲しくて泣きたそうな、それでも無理をして堪えてる様に聞こえました。

 そう言えば"お願い"が、いつの間にか"依頼"になっていますね。気にしませんけども。

「エレネスティナです、エレナと呼んで下さい」

「分かりました。それでは、依頼の話をさせて頂きます……」

 クローカスはそう言うと、重たそうな口を開けて話し始めました。



 話を聞き終わった私は、依頼を受けるとさっさと集会所を後にしていました。

 私の今の心情を言うならば、率直に怒りです。えぇ、内心ブチギレてます。ですがクローカスの事情も考えると、安易にお説教も出来ない。そして長い事彼女と共に居ると、何処かで私は彼女に怒りをぶつけてしまいそうだったので、迅速に集会所を出てきたのです。


 彼女の依頼はこうでした。

 看取り相手は私の予想通りにアベルで、クローカスは彼の恋人だった。

 彼は生まれつき体が弱く、あまり力仕事も出来なかったけど、得意だった家事を役職にしていた。

 彼は両親が他界していて、唯一の心の安らぎがクローカスであった。

 アベルの体調が悪くなった頃、クローカスは親の都合で村長の息子と結婚させられた。

 元々は結婚を破棄させたいと考えていたクローカスだったけど、初めての営みで身篭ってしまい、結婚せざるを得ない状況になってしまった。

 結婚しても尚、アベルにはその事を隠し続けたクローカスだったけど、一人目の子供が生まれて、彼に会えなくなってしまった。

 代わりのお世話係を村人に頼んでいたけど、病気が悪化して先が長くないと医者が判断した。だけど看取る事までする余裕は村人には無かった。

 そこで現れた私が、彼女と背丈も近く声も似ていたので、依頼をして来た。

 ……そしてクローカスは、今でもアベルを愛している。

 ザックリ上げると、この様な感じでした。


 私が何に怒ってるかって、それは彼女の優柔不断さです。結婚を余儀なくされたのなら、それをしっかり話して別れるべきでした。そして結婚後も元彼を引きずるなんて、誰も報われないし幸せにはなりません。

 ……まぁいいです。私が彼女を偽って看取る事で、村人達が救われるなら喜んで引き受けますよ。

 ですが私が依頼を本当の受けた理由は、別にあります。それはアベルの為です。きっと今更クローカスが結婚してて、子供まで居ると知ったら彼は絶望しながら死ぬ事になるでしょう……。そうはさせたく無かったのです。

「……さて!もう少しアベルの人となりを聞き込んだら、彼の元に向かうとしましょうか」

 気持ちを切り替えた私は、早速彼の事を教えてもらいに村人達に聞き込みを始めるのでした。



 ――コンコン。

 木製のドアを叩く音と共に、立て付けが悪くなったドアが開きました。

「……アベル?」

 聞き込みを終えた私は、彼の下に足を運んでいました。

 村人達から新たに聞けた事は3つ。

 1つ目は、彼は視力を失っている事。

 2つ目は、彼の余命は既に1週間を切ってる事。

 そして3つ目……これが奇妙な話なのですが、彼はクローカスが触れると、彼女の考えや思いが伝わってしまう事。そして他の人が触れても、何も感じ取れない事。

 つまり私は迂闊に彼へ触れる事が出来ないって事になります。まぁ万が一、触れた時用の言い訳は考えて来てあるので、そこまで徹底して触れなくても平気だとは思いますが。

「その声、クローカスか!?」

「えぇ、そうよ。最近、全然来れなくてごめんなさい」

 喜んだ顔を見せる彼に、私はクローカスの真似をしながら嘘を吐きました。

「大丈夫だよ。皆が僕の世話をしててくれたからね。……ただ、もしかしたら聞いてるかもしれないけど、僕はもう生きられないらしい」

「うん、お医者様から聞いたわ。だからこそ私は、貴方の元に来たの。……一人では逝かせないわ」

「そうか……。ごめんね、僕じゃ君を幸せにしてあげる事が出来なかった……」

「いいのよ。貴方と居れる今が、何よりも幸せなんだから……」

 私はベットの上で座る彼の横に座り、背中に手を当てました。服越しなら触れても大丈夫でしょう。

「……少し痩せたんじゃないか?。足音が軽いよ」

「最近は忙しかったからね……」

「君の役職は……確か村の名簿や備蓄品の管理だったね。何か問題でも起きたの?」

「問題……と言う程の事でも無いけど、食料も段々増えて来てるから、数え間違いが多くてね……」

 何の話かよく分かっていませんが、それっぽく言って話を合わせておきます。

「そうか……お疲れ様」そう言うと、彼は再びベットに横になってしまいました。

 私は彼に掛け布団を掛けてあげると、閉め切った窓を開けてから薄暗い部屋に明かりを灯して、古くなって壊れかけている椅子に座りました。

(これは長丁場な依頼になりそうですね……頑張りましょう)

 胸の前でガッツポーズを取って気合を入れた私は、マントや箒を端に置いて、部屋の掃除を始めるのでした。

「……君は、違うね」

「――っ!?」

 アベルの口から、予想もしてなかった言葉が飛び出して来て動きを止めた私は、ゆっくり彼の方へ振り返りました。

 私が振り向いた先で、彼は寝息を立てるだけでしたが、さっきの声は聞き間違いなどではありません。

「何か……言った?」少し震えた声で私は聞きました。

 しかし私の声に返答はありません。……寝言でしょうか?。

 彼に近付いて顔を確認した私でしたが、間違いなく寝ている様です。

「……ふぅ」安堵の息を漏らした私は、改めて部屋の掃除に取り掛かりました。

 しかし初日にこれだけ心臓がバクバクしてるなんて……数日も持つのでしょうか?。既に不安で胸が張り裂けそうです……。

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