②
次の日の朝、私の泊まる静まり返った寝室のドアを、ゴツイ男性達が蹴り上げながら突入してきました。
私は既に支度を整えて、朝のコーヒーを満喫しながら彼等が来るのを待っていた所です。
「おい魔女…お前には犯罪容疑が掛けられている。ご同行願おうか?」
「犯罪容疑?犯罪者は貴方達でしょう。賭博違反を始め、色々と国の法律を破ってるみたいじゃないですか」
「…黙ってさっさと村長の所まで来い!」
ハゲたオジサンが、私の腕を掴んで引っ張ろうとしました。しかし私は動きません。それどころか片腕でオジサンを持ち上げると、ドアの向こうまでポイッと放り投げました。
「それに犯罪容疑じゃ無くて、私を闘技場に隠すのが貴方達の狙いでしょう?変に隠さないで言ったらどうです?」
「…そこまで分かってんなら隠さねぇよ。さっさと来いや」
「えぇ、喜んで」
スカートの端をつまんで持ち上げた私は、育ちの良いお嬢様の真似をしてお辞儀をすると、彼等に囲まれて村長の元に連行されました。
「村長、連れてきました」
「ほぅ~、可愛らしい魔女じゃないか」
村長と呼ばれたお爺さんは、鼻の下を伸ばしながら顔や胸や露出した足を舐め回す様に見てきました。ハッキリ言って不快だし気持ち悪いです。
「それに、こいつは良い女になるぞ」
笑いながら私の背後に回り込んだ村長は、お尻を撫で回してきました。生理的に村長を受け付けられない私は、危うく彼を魔法で燃やし尽くす所でした。
「それで?いい加減本題に入ってもらえないでしょうか?」
お尻を撫でる彼の手を掴んで、思いっきり握りしめた私は、彼の顔が歪むのを確認すると手を放し、1歩離れた場所で話を聞こうとしました。
「お前には犯罪容疑が掛かっててな、このままじゃ犯罪者になってしまうだろう…だが助ける方法はある」
「………」彼の笑顔に寒気を感じた私は、杖を握って話を聞き続けました。
「ワシの女になれ。そうしたら犯罪容疑は何とかしてやろう」
「結構です。毎晩貴方に奉仕をする位なら犯罪者の方が数倍マシです」
私がそう言うと、逆上した村長は鞭の様な何かで頭を叩いてきました。ビックリする程に痛いし、額からは血が流れてきています。
「お前達!この魔女を収容する準備を始めろ!今日は魔物と戦ってもらう」
そう言って村人を追い出した村長は、私が抵抗しないのを良い事に、木製のハンマーや鞭や木剣で私をいたぶり始めるのでした。
そして収容準備が完了した時には、私は既に立つ事が出来ない程に痛めつけられて、虚ろな目を開いたまま倒れる私を抱え上げた村人は、おもむろに牢の中に私を投げ捨てていくのでした。
○
目が覚めた時、私は数人の犯罪者と思われる人達と同じ部屋で寝かされていました。
「ここは…?」
辺りを見渡す私は、ある事に気付きました。敗れてボロボロになっていたブラウスとスカートが、綺麗に直されていたのです。
「ほぅ、服を治してくれるとはありがたいですね。巻かれてる包帯も完璧です」
体中のあちこちを確認した私は、無事なのを確認して「さて…」と改めて周りを見ました。
音が反響する辺り、どうやら洞窟の中に作られた牢屋の様です。
「ふむ…レイジはどこでしょう?」辺りを見渡しながらレイジの名前を呼ぶ私に、一人の村人が近付いて来て「レイジは今、闘技場で戦ってるぞ。見に行きたいか?」と言ってきました。
私は彼に着いていき、レイジの戦いっぷりを見る事にしました。
闘技者入場口に立った私は、レイジの動きを見て驚きました。なんと魔法を使っていたのです。見た所、火と風の魔法が使えるようですが、なんと言っても彼の特徴は…魔法を剣に
そして速攻で決着を付けたレイジは、帰る際に私を見て、驚きながら悲しい顔をしました。
「エレナ…どうして逃げなかったんだよ」
「言ったでしょう、レイジを連れ出すまで酔いは覚めません」
「次の勝負、魔女の番だ。せいぜい楽しませろよ」
そう言うと、牢屋の村人は帰っていってしまいました。
今がチャンスだと思った私は「レイジ、この戦闘…5分間戦います。私が合図したら全力で私の手を掴んで下さい」と言って、魔物と戦う為に闘技場に入場していきました。
○
正直、エレナの意図が分からない。
俺を村から連れ出そうとしてくれる理由も。
俺を助ける為に、自ら傷つく理由も。
そして何より、慈愛を感じる表情を会って間もない俺に見せる事も。
何か裏がるのかと疑ったが、彼女は常に自分に対して真っ直ぐ生きる…そういう目をしていた。
「全く…何を考えているのやら」
その優しさを通り越したお節介に、多少なりと呆れた俺は、闘技場の天井を見上げて目を閉じた。
「私と似た正義感を持つレイジを、こんな場所で腐らせたくないと思ったのですよ」…エレナの言葉だ。まさかそれだけの理由で犯罪者になる事を選んだってのか?。もしそうだとしたら優しさもお節介も通り越して、ただの馬鹿だ。自分に一切プラスにならない事でその身を削って何の意味がある…。
色々考えては見たものの…結局、エレナの意図は俺には掴めなかった。
そうこうしてる内に、そろそろエレナの戦闘が始まって5分が経過しようとしていた。
いくら魔物相手とはいえ、魔物もエレナもダメージは一切無し。そんな硬直した闘技場内では、観客からエレナに向けたブーイングが飛んで来ている。だが彼女は気にする事無く、魔物に魔法を放っていた。
「また外してる…エレナって本当に魔女なのか?あれじゃ俺の方が魔法を上手く使えてるぞ?」
そう言えばこの村に来るには、秘密の抜け道を通らないとキメラと鉢合わせる事になる。キメラは凶暴で、どんな生き物だろうと簡単に殺して食ってしまうと聞く。この村でも被害に遭う奴が居る程だ。
じゃあエレナは一体どうやってこの村に来たのだろう?。正直、エレナの実力じゃキメラは疎か、魔物と渡り合うのも危険だと思える。
そんな事を考えていると、エレナが目で合図を送って来た。
「やれやれ…何を考えているんだか。このお姫様は…」
俺は愚痴りながらも全力で走った。そして、空を飛ぼうとするエレナの手を掴んだ。その時だ。
―――ドゴォォォン。
天井が崩れて、例のキメラが侵入して来た。
「そんな…アイツは村に近付かない筈じゃ」俺は自分でも情けないと思う程に弱々しい声で呟くと「彼は私が呼びました」とエレナが言ってきた。呼んだ?訳が分からない。
「彼は私が村に行く事を拒んできたのです。それでも無理矢理通ろうとしたら、もしも村で何かあったなら、落雷を発生させれば助けに行こう…と言われていまして。でもその上で邪魔して来たので、少々ぶっ飛ばしてこの村に来たのですよ」
エレナは笑顔でそう語る。
「…ありえない」俺はエレナが戦ってた闘技場を見下ろしながら呟いた。
そして気付いてしまった。エレナが本当は尋常じゃ無い程強い魔女だった事に。闘技場での魔物との戦い、あれは絶妙な魔力の加減で放った魔法をわざと観客席の方にぶつけていた事に。
屋根を破って落ちて来たキメラの衝撃で、エレナが魔法をぶつけた観客席が崩れ、傍観を決め込んでいた掛け狂いの連中が雪崩を起こしてキメラの前に落ちて来る。
キメラはそんな連中を掴んでは適当に投げ捨てて、魔物も空の彼方に投げて逃がし、闘技場をメチャメチャに破壊していく。
「ふふっ、なかなか爽快ですね。あ、彼には人を殺さない様に言ってあるので、その辺りはご心配なく」
「………」驚きすぎて声が出せない。経った数日で仕込める芸当だとはとても思えない。
俺はそんな恐ろしく強い魔女、エレナの箒の後ろに乗せてもらい、無事に村を脱出したのだった。
○
「さて、それじゃあレイジ、ちょっとその剣を貸して下さい」
「お、おぅ」
私が手を伸ばすと、彼は剣を渡してくれました。
剣士にとって、剣は命と同等に大切…そんなに大切な物を渡してくれたって事は、信用してくれていると解釈してよろしいのではないでしょうか。
「…なにニヤニヤしてるんだよ」彼は膨れっ面でそう言ってきました。
「なんでもありませんよ。はい、この剣、お返ししますね」
私は剣をレイジに返しました。
「レイジ…これからの貴方は、弱き者の為に剣を振う勇者になると、私は見込みました。なのでその剣に、魔法の杖を仕込ませてもらいましたよ。これで魔法を
「…どうしてそこまでしてくれるんだ?俺はエレナに何もしてやれないぞ?」
「見返りは求めてませんよ。私はただ、貴方の正義感が好きなだけです」
「―――ッ!?」何故かリンゴの様に顔を真っ赤にするレイジ。本当にユニークな人ですね。
「さて、それじゃあ私は旅の続きに行きます。一人でも大丈夫ですか?」
「馬鹿にすんなー。大丈夫だ」
「そうですか。それではこれをどうぞ」
私は彼に木製のネックレスをプレゼントしました。
「なにこれ?」
「私の気持ちがこもったお守りです。祈れば良い事が起こるかもしれませんよ?」
私はそう言い残し「それでは、お元気で」とお辞儀をすると、高度を上げて飛んで行くのでした。
○
そんな出来事から3か月後、私は久々にレイジとの出来事を思い返して懐かしんでいました。
どうして今になってレイジの事を思い出したかと言うと、目の前で詩を歌う魔導士の吟遊詩人が、こんな詩を歌っていたからです。
「魔物の被害に遭って滅びかかったコロニーに、一人の勇者が舞い降りた。彼は炎の銅剣を右手に、左手には盾の様な風の魔法。彼は誰も傷つける事無く、全ての魔物を追い払った。感謝したコロニーの人々は、彼に名前を尋ねるが、結局名乗る事は無く。ただ胸元に下げた木製のペンダントは、恩人にして最強の魔女から預かった、大切な物だと言う。そんな彼に付けられた通り名は、爆炎の勇者。彼はそれからも―――」長いので割愛します。
「いや~それにしても、
「ふふっ」私は小さく笑い「良い二つ名じゃないですか…レイジ」と呟いてコーヒーを飲み干すと、さらに続くレイジの武勇伝を歌う吟遊詩人の詩を聞きながら、朝食にスクランブルエッグとパンを食べるのでした。
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