賭博の村の、勇者のお話

 世界が滅んで、全てを殺しつくしたこの世界では、基本的に博打は禁止されています。競馬や競輪等は以ての外です…まぁそもそも自転車はスクラップになってるし、馬は国で繁殖途中の絶滅危惧種ですし。普通の村やコロニーには名前さえ聞く事はありません。

 ですが、この大きな村では、その禁止された賭け事が頻繁に行われていました。

 村の民は馬刺しを頬張りながら、各々の感情を爆発させて叫んでいます。彼等は賭博者で、今も尚行われている闘技場での殺し合いを見ながら私腹を肥やす、道徳心の欠片も無い連中でした。

 そんな連中に紛れて、一人の魔女が生レバーを頬張っていました。

 その黒いマントや三角帽子と、丈の短いスカートから伸びるスラリとした白い肌、限りなく白に近い薄紫色のしなやかで腰まで伸びる長い髪が、不気味さと2色の綺麗なコントラストを醸し出した魔女は「血が足りない…」等とボヤきながら必死にレバーを食べて、むせ返っていました。

「おい…何だあの変なヤツ?」「気味悪いな…村長に話して犯罪者にしてもらおうぜ」「おいおい、あのガキ魔女だぞ」「もしも闘技者の仲間入りを果たしたら、俺は魔女に全額掛けるぜ」「オメー本当に女が好きな」

 随分な言われようの魔女ですが、彼女は彼等の戯言は気にせずに、生レバーを食べ終えると、食後のデザートを求めてその場を立ち去るのでした。

 そんな周りの事を気にもせず、レバーを頬張っていた魔女…その正体とは、実は私なのでした。



 闘技場を後にした私は、村の中で見つけたアイスをベンチに座って食べながら喉の調子を窺っていました。

「あ~、あ~」と人の迷惑にならない程度の声を出して喉の状態を確認した私は、闘技場内で見た光景にキレ散らかしそうになりながらも、グッと気持ちを抑え込んで思い返しました。

 この村は国から離れた辺鄙な村の筈です。ですがこれ程の大きな大きな村にまで発展している、何故か…。そう、賭博です。

 普通は賭博禁止法が国から言い渡されるのですが、ここは国直属の魔女でも来る事が難しい場所にあります。

 空は乱気流で荒れまくって、その下では落ちて来た鳥や魔法使いや魔女を食おうと、肉食動物がスタンバっています。オマケにこの肉食動物は、世界が崩壊前に実験として作ったキメラ…オオカミと熊の融合体でした。

 じゃあ旅する私はどうやってここまで来たのか…勿論キメラをぶっ飛ばしてです。ですが殺しは極力したくないので、本当にぶっ飛ばしただけですが。

「それにしても…」私はキメラの事を思い返している時、ある疑問が浮かんでアイスを食べる手を止めました。

「この村が発展したのは賭博です、それは間違い無い筈です。つまり賭博をしたい人が集まって来た村って事ですよね?だとしたらキメラをどうやって掻い潜って来たのでしょう?」

「何かキメラに弱点や死角があるのでしょうか…?」そう呟いて考え込んだ私は「まぁ、どうでも良いですね」と考えを放棄し、アイスにぱくりと食いつくのでした。


 それから数時間、村の中を見て楽しんだ私は、闘技場近くの宿に予約を入れて、夜の村を探検し始めました。こんな夜中に開いているお店は、酒場か賭博場か、恋人達の遊び場だけです。中でも禁止されていない賭博、主に麻雀やチンチロがよく行われる様ですが、私は色々と技量が足りていないので手は出しません。代わりに技量が振り切れてるポーカーで、少し遊んで行きます。えぇ、宿代が高すぎて手持ちのお金が足りませんでした。なので小銭稼ぎです。

 今の世界で使われるお金は、主に鉄製の字が刻まれた札です。簡単に製造が出来ない為、国以外でお金を作る事は実質不可能、オマケに刻まれた字は魔女達が魔法で刻んでいるので、真似は出来ません。つまりお金の偽造は出来ないって事です。

 そして私は、小銭稼ぎで入った賭博場の光景を見てビックリしました。

「これ…全部偽物じゃないですか」

 はい、まさかの偽物です。鉄では無く木で作ってる辺り、偽造品という事を全く隠す気が無いみたいです。それどころか反対面には「他所の村やコロニーで使う事は出来ません」と書かれています。もう清々しい程に偽物アピールですね。

 ですがよくよく考えれば、偽物のお金が出回るのは仕方ないのかもしれませんね。この村はお金の回転スピードに対して村人が多すぎます。しかも賭博師達の言葉に耳を傾けてみると「また偽物の金を作らないといけない」とか「比較的楽に作れるんだから良いじゃねぇか」とか聞こえてきます。つまりこの村では合法的に偽物のお金を作っても良いって事みたいですね。

「…ん?」ここで私は、ある事に気付きます。

「お金作って良いなら…わざわざ賭博してお金を稼がなくても良いのでは?」


それから数時間後、私は大量の木札の偽造したお金を持って宿の店主に押し付け「最高の夕飯と最高のお風呂、最高のベットを所望します!」と高らかに言い放った私は、高級の部屋を借りるのでした。まぁ木製の部屋に木製のベット、机と椅子と窓しかない質素な高級部屋でしたけど。

 とりあえず先にお風呂に入った私は、寝間着に着替えると1階にある大広間で食事を取ろうと、小さなテーブルの前に座って注文を頼むベルを鳴らしました。

 この宿屋…というか大体の宿屋は、1階にフロントと温泉、食事用の大広間が設けられ、2階がお客さんの泊まる部屋になっています。ですがこの宿は温泉が無い代わりに、個室にお風呂場が設置されているみたいでした。なんでも温泉は設備が高いから、個室にお湯の出る井戸を設置したそうです。なかなか斬新なアイディアだと思います、そっちの方がコスパ悪そうですけどね。

 しばらく待つと、店主が注文を取りに来てくれました。

 私は「先にコーヒーを下さい。後からナンとカレーとサラダ、食後に甘い物をお願いします」と頼みましたが、店主は一向に戻る気配がありません。

 謎の無駄な時間を過ごした後に、店主は「早く頼みな」と催促を掛けてきました。

「え?もう頼みましたが…」私がそう言うと、隣から「米と馬刺しをくれ!」と元気な男性の声が聞こえて来て、体がビクッてなりました。

 声の聞こえた方を見ると、私と歳が近い少年がメニューを眺めながらお腹を鳴らしていました。相当の腹減りなのでしょうね、若干目が虚ろです。

「………」どうして彼は私の隣に座っているのでしょう?。

 私がジッと見てる事に気付いた少年は、ニカッと笑うと「見ない顔だな」と話かけてきました。

「私は旅の者です」一応自己紹介をした私は、店主が持って来たコーヒーを一口飲みました。うん、美味しい。

「旅人か…今の時代には珍しいな。外は危険で死ぬかもしれないんだろ?」

「そうですね。でも家に居ても、生き残る為に生きるしかする事が無かったので、それなら死んだとしても自分の好きな様に生きたかったのですよ」

「なるほどね、立派な魔女さんだ」

 少年は注文したお米と馬刺しが届くと、目を輝かせながらがっつき始めました。土地の死んだ今では、お米は高級品です。オマケに馬刺しも国で食べる事が出来るかどうか分からない程の高級食材の筈…ひょっとして彼はお金持ちなのでは?。

 そんな事を思いながら馬刺しとお米を眺める私に、ナンとカレーとサラダが届きました。食堂がカレーの匂いに汚染されていきます。

「所で貴方は?この村の方ですか?」私はナンを頬張りながら聞きました。

「あぁ、俺はレイジ。この村の闘技場出場者であり、犯罪者だ」

「…犯罪者?」私は目を細めて睨むようにしながら、彼から少し距離を取りました。

「そう警戒すんなって、村長に頼み込んで犯罪者にしてもらっただけで、別に悪い事は何もしてないよ」

「どういう事です?」

「その話の前に飲みもんが欲しいな、ちょっと待っててくれ」

 彼はそう言うと、店主にビールを2杯頼みました。…未成年ですよね?。

 そして直ぐに到着したビールの1杯を私に寄越した彼は、一気にビールジョッキ半分まで飲み込みました。

「ぷぁ~!うめーな!魔女さんも飲みなよ、俺の奢りだ」

「あの…未成年なのですけど」

「気にすんな!俺だって未成年だ、それにこの村の連中は誰も気にしないって」

「…そうですか」

 私は「いただきます」と彼に一応のお礼を言うと、少しビールを飲みました。炭酸版麦茶って感じでしょうか?あまり美味しくない…。

 ビールを眺めながら微妙な顔をする私に「お子様にはビールの美味さが分からないか」とかぬかしてきました。なにおう。

 一気にビールを飲みほした私は、ジョッキをテーブルに叩き付ける様に置いて、彼を見ました。

「おぉ!良い飲みっぷりじゃないか!」

「それはどうも」うっぷ。口の中が苦い。

 再びナンを食べ始める私の前に、新しいビールを注文して置いてきた彼は、話の続きを始めました。なに勝手に頼んどるのだ貴様。

「魔女さんも見たと思うけど、この村は賭博で成り立ってるんだ」

「えぇ…違法な博打も多々行われていますしね」

「それで、大体の連中は博打で飯代を稼いでるんだ。俺の親もそうだった」

「………」私はビールを飲みながら話を聞いています。率直に言って不味いけど、のど越しが最高と言うのは分かる気がしてきました。

「だがな、俺の親は運から見放されてて、負けが込んでたんだ。で、生活費さえ怪しくなった時、奴等は俺を担保にしやがった」

「…結果は?」

「負けたさ。それで俺は奴隷の生活を暫く続けたんだが、飯なんて週に1度しか食わせてもらえなかった。それに耐えかねた俺は家を飛び出して、村長に犯罪者にしてもらったんだ」

「何故です?」そもそも犯罪者にしてもらう理由が分からない。

「この村の闘技場出場者って、どうやって決めると思う?」

「…さぁ?自らのエントリーとかでしょうか?」

「…犯罪者だよ。この村は処刑が無い代わりに、死ぬまで闘技場で踊らされるんだ」

「…酷な事をしますね」

「だが悪い事ばっかでも無い。勝てば賞金が貰えるんだ。だから俺は今、米と馬刺しを食っていられる」

「そんな生活…レイジは嫌にならないのですか?」

「嫌だとも。俺の剣は弱き者を救う、正義の剣でありたいと思っていたんだ」

「でも今は、無意味に人を殺すただの殺人剣ですね」

「はは、容赦なく言ってくれるな、魔女さん」

 レイジは乾いた笑いを零すと、悲しそうに腰に着けた剣を見ていました。

「私はエレネスティナです。エレナとでも呼んで下さい」

「そうかい、エレナか…魔女らしい名前な気がするな」

「それはどうも。所で…」私は彼の横にピッタリとくっついて座り直すと、小声で「この村から出たいですか?」と聞きました。

「そりゃあ出たいさ。だが犯罪者のレッテルを貼られてる奴は24時間誰かに見張られている」

 レイジは顎をクイッと動かして、正面の窓を見る様に言ってきました。

 私は目だけを動かして窓の外を見ます。暗くてしっかりと見えませんが、確かに人のシルエットが数人見えます。

「…確認しました」

「居るだろ?俺が村から出ようとする意志を感じた途端、奴等は死に物狂いで俺を止めにやって来る、最悪殺そうとして来る」

「…それでも、出れる方法があるとしたら?」

「…どうしてエレナはそこまでしてくれようとするんだ?」

「さぁ…酔ってるのかもしれないですね。それに私と似た正義感を持つレイジを、こんな場所で腐らせたくないと思ったのですよ」

「………」レイジはちょっと嬉しそうな顔をして俯いてしまいました。

「恐らく私は、明日にはレイジと同じ犯罪者に仕立て上げられると思います」

「どうしてだ?」

「今日の昼頃、私は闘技場でレバーを食べていたのですが、私を犯罪者に仕立て上げると言っていた人が数人居たのです」

「そんな…エレナは村の者じゃ無いだろ!」

「だからこそでしょうね。それに私は魔女です、私が村の事を国に報告しないとも限らない。だったらここで消してしまおうと言う魂胆なのでしょう」

「エレナ…悪い事は言わない、今日中に村を出るんだ」

「それは出来ません。残念ながら私の酔いはレイジを村から連れ出すまで覚めないみたいです」

「エレナ…」レイジは辛そうな表情で私を見ています。

「それじゃ、私はそろそろ寝ますね。ビール、ごちそう様でした」

 ちゃっかりナンとカレーとサラダを食べ終えて、食後の羊羹まで食べ終えていた私は、残ったコーヒーを喉に流し込んで「おやずみなさい」とレイジに告げると、自室に戻っていくのでした。

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