次の日の朝、私は昨日レーナと別れた際に座ってた場所で眠り続けていたのですが、遠くから数人の足音が聞こえて目が覚めました。

「あぁー、もう来ましたか…」眠そうに目を擦ってから杖に手を掛けた私は、足音に集中しました。

 数は正確に分かりませんが、既にかなり近くまで大人数が集まってる事だけは分かりました。

 私は「参りましたね…」と頭を掻くと、重い体を巨木に預けながら立ち上がりました。

 私の立ち上がった際に背中を預けていた場所には、大量の血がべっとりと着いています。そして座ってた場所には血溜りが…これは間違い無く重症です。

「あぁ…レバー食べたいですね。血が足りないです」

 クラクラする視界に若干の吐き気を覚えた私でしたが、それでもその場から立ち去ろうと箒を杖代わりにして歩き始めました。

 そんな時です。運が悪い事に木の根に躓いた私は、盛大に顔面から倒れ込んでしまいました。しかもその時に頭を石にぶつけたみたいで、額が痛いです。

 その場で動けなくなった私の傍に、村人が近付いて来ました。

「それ以上近付いたら、魔法で斬り刻みますよ!」そう言おうとして杖を握ろうとした私は、予想外の村人の発言に驚いて動きを止めました。

「おい!魔女さんが居たぞ!やっぱり死にかけてる」

 私の傍まで来た男性が、そう誰かに伝えて更に近付いて来ます。

「…やっぱり?」疑問を口にした私でしたが、彼に私の声は届いていない様で、返事はありませんでした。

「…魔女さん、まだ意識はあるか?聞こえてたら俺の手を握ってくれ」

 彼の声に応えようと、私は彼の右手をギュッと握りしめました。

「よかった。村長とのトラブルは聞いた、鉄で刺されたなら早く治療しないと!」

 そう言うと、彼は私を抱き上げて、恐らく私を探しに来たであろう村人に声を掛けながら、早歩きで村の中央に戻っていくのでした。


 村に着くと、中央広場的な場所に人だかりが出来ていました。そしてその中心には、手足を私の風魔法の糸で結ばれて身動きの取れないお爺さんと、レーナが…何かとてつもなく嫌な予感がします。

 私は彼の手から無理矢理離れると、よろけながら人だかりの中心に割って入っていきました。

「おい、魔女さんだ」「傷は平気なのかよ」「顔色が悪いじゃない」等々、恐らくは私を心配してる声が聞こえますが、とりあえず無視します。今はレーナとお爺さんが先です。

 レーナは涙を流しながら怒りに満ちた表情で杖をお爺さんに向けて「エレナさんが受けた痛み、お前も受けろ!」と言いながら魔力を込めて、風の魔法が出現しました。あれは人にぶつけたらヤバい威力です。

 レーナがお爺さんに魔法を放った瞬間、風魔法を自身に纏った私は、お爺さんを庇う様にして彼女の魔法を受け止めました。

 とっさに纏わせた風は低級魔法、それに対してレーナが怒りに任せて放った風は中級魔法…いくら魔女とは言えども、レベルの違い過ぎる魔法を相殺する事は出来ません。少しずつ風の刃に私の体は削られていきました。

「レーナ!師匠命令です、今すぐ魔法を止めなさい!」

「―――ッ!?」いきなり怒鳴られて驚いたレーナは、動揺しながらも魔法を止めました。

「エ、エレナさん!何してるのさ!」

 レーナは心配そうな顔をして近付いて来ました。

 ―――バシィン!。

 そんなレーナの頬を、今度は全力で引っ叩きました。

「自分が何をしようとしてたか分かってるのですか!?」

 いきなり叩かれて呆然とするレーナの胸ぐらを掴んだ私は、怒鳴りつける様に言いました。

「私が止めに入らなかったら…貴女、自分の祖父を殺す所だったのですよ!?」

「………」

「魔法は人を殺す為にある力じゃ無い!それは断じて違う!」

 そこまで言い切った私は、めまいでその場に座り込んでしまいました。

「いいですか…次に同じ事したら、今度はビンタじゃ済まさないですからね…」

 私はそう言い残すと、助けに来てくれた男性に抱きかかえられて、お医者さんに治療してもらうのでした。



 それから数日経ったある日、体の具合も良くなった私は、その場で跳ねたり軽く走ったりバク転してみたり、コンディションを確認しました。

「うん、完治ですね」そう確信した私は、お医者さんにお礼を言うと、お金を置いて建物を出ました。

 日の光に目を細めた私は、またしても人だかりが中央広場に出来てるのが見えました。今度は怒鳴るお爺さんとレーナの声がしっかりと聞こえます。私は「やれやれ」とタメ息を吐きながら、またしても人だかりの中心に割り込んで入っていきました。

「今度は何事なのですか?」そう言う私をお爺さんは睨みつけてきます。

 あー…そういえば縛ったままだった事、すっかり忘れてました。後で謝っておきましょう。

「エレナさん、お爺ちゃんに白状させたよ…色々言われた挙げ句、剣で攻撃されたんでしょ?」

「えぇ、ですが避けなかったのは私です」

「どうしてさ!」

「私は争う気が無いからです。それに、普通の人は無抵抗の女性を痛めつけたりしないでしょう?」まぁこのお爺さんには痛めつけられたのですが…。

「それは!確かにそうかもしれないけど…」

「まぁ私が気にしてないので、その事を言及するのは無しでお願いします」

「…エレナさんがそう言うなら、分かった」釈然としない表情のレーナは、そっぽを向きながら言い捨てました。

「さて」私はお爺さんに向き直ると「まだ私に用があるみたいですが?」と問いかけながら、風魔法の糸で拘束された手足の紐を解きました。

「やっぱりお前は…ワシから孫を奪って行く気じゃないか!」

「…?」私はレーナの方を見ました。しかし本人も分かっていない様子。

「話の意図が見えません」

 私の言葉を聞いて更に逆上したお爺さんは、私の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける様に「レーナが国に行きたいと言ったんだ!」と言いました。

 あー、このお爺さんがキレ散らかしてる理由が分かった気がします。

「確か貴方は初めて会った時にこの村で生きて子を成して、長になって死んで逝くのがレーナの幸せって言ってましたよね。つまり?貴方の望み通りの生き方をレーナが拒んだから、私に八つ当たりしてるって事ですね?」

「ワシの望みじゃ無い!レーナの事を案じたからこそ、それが1番幸せな生き方を教えたんだ!」

「ですが本人は嫌がってたじゃないですか。強制は幸せの真逆ですよ?」

「それはレーナがまだ子供だからだ!幸せの何たるかをレーナは分かって―――」

「さっきからレーナレーナって…結局貴方の願望を彼女に押し付けてるだけじゃないですか。レーナに強制しようとしてる事は、彼女の幸せじゃ無く、貴方の幸せな生き方じゃないですか。彼女の事を案じてるとか、片腹痛いのですが」

「………黙れ」

「彼女の生き方は彼女が決める。身内だとしても貴方に強制は出来ないし、決定権は無い」

「黙れ!」お爺さんは私から離れると、再び鉄の剣を野次馬の見張りから奪って私に突き付けてきました。いや見張りさんは野次馬なんてしてないで、仕事をしていた方が良いのでは…?。

「貴方が剣を向けようと、私は黙りませんよ」私はブラウスのシワを伸ばしながら言いました。

 ここまでされて流石にムカつきましたし、折角なら徹底的に言い負かします。

「………」

「………」

 無言で睨みを利かせ合う中、レーナが私達の間に割って入って来ました。

「二人共止めて!」

「レーナ…?」お爺さんはレーナに手を伸ばします。

「お爺ちゃん、エレナさんの言う通りだよ」レーナはお爺さんの手を払い除けました。

「………」

「私は魔女になる。その為に無理矢理にでも村を出て行く、もしも止めたいならその剣で斬って止めれば?エレナさんを傷つけたみたいにさ」

「…レーナにそんな事、出来る訳無いだろう!」

 何だか話が最初まで巻き戻ってる気がしますね…。

「エレナさん」ボーっとする私に、レーナが話しかけてくると「後は自力で国まで飛んでみるよ。魔導士になったら必ずエレナさんを探し出すから、その時にまた会おう!」と言って、私に先に旅立つように催促してきました。

 私は「分かりました」と一言だけ返事をすると、紙に国までの道のりを描いた地図と、国付近に居る私の師匠の場所を記したメモ用紙を渡し「何かあったらそこに住む人を頼って下さい。私の師匠の場所です」と言い残して村を後にするのでした。



 その出来事から半年が経った今でも、私は国での魔法検定合格者名簿に毎月目を通していましたが、今だにレーナの名前は見つかりません。彼女の腕前なら最初の月に魔導士見習いになってもおかしく無かったのですが…。

 とある村の、木組みで出来たカフェテリアでコーヒーを飲む私は、今日も魔法検定合格者名簿に目を通しています。しかし今回も彼女の名前はありません。

 国からそこそこの距離がある村でしたから、道中で魔物に襲われたり、肉食動物に食われたり、野党に辱められて殺されたり…その可能性はあります。実際にそういった事例は毎月数千件あると聞いた事もあります。更に彼女の場合、少し頭のおかしい祖父が、本当に斬り掛かって無いとも言い切れません。そういった事を踏まえて考えると、既に何らかの理由で死んでしまってると思うのが自然でしょう…。

 ですが私は、こうも考えているのです。

 もしかしたらレーナは、国に行く事を諦めたのかもしれない。

 村で今まで通り代わり映えしない、ある意味で幸せな毎日を送ってるのかもしれない…と。

 いつかまた、あの村に立ち寄った時に元気な姿のレーナがひょっこりと現れるかもしれません。そう、願っています。

「…ふぅ、ごちそうさまでした」コーヒーを飲みほした私は、名簿をゴミ箱に投げ捨てて、これからはレーナの名前を探さない事にしました。これ以上探しても無駄だと判断したのです。

「いつか、必ずレーナに会いに行きましょう」私は胸にそう誓うと、特に当てのない旅を続けるのでした。

 それはそうと、結局あの鉄製の武器を製造してた場所や人に会えなかったのですが、どうやってあの村は剣や鎧をあんなに手に入れたのでしょうね?…謎です。

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