修行を開始した私とレーナは、巨木の前で地面に向かってしゃがみ込んでいました。

 別にサボってるとか、虫の行列を眺めてるとか、そういう訳では無いです。むしろ魔法を使うに人は絶対に持っていなければいけない知識を教えてるのです。

「―――と、まぁ、これが魔法の発動原理です。覚えられましたか?」

「うん…」レーナは何故か暗い顔で俯きながら返事をしています。

「どうされましたか?まさか具合が悪いんじゃ…」

「いや、そうじゃないの。エレナさんがどうして私の師匠になってくれたのかが分からなくて…」

「あぁ…」なるほど。それは疑問に思いますよね。

 確かに初対面の、しかも最高位の魔女が魔法使い見習い以下の師匠になるなんて普通では無いです。一般的には魔女に弟子入りを希望して、魔女のお眼鏡に適ったら弟子にしてもらえる訳ですからね。

「それは、レーナが本気で魔女になりたいのが分かったからです」

「エレナさん…」やめて下さい。そんなに尊敬の眼差しを送らないで下さい。

「魔女になりたい動機は褒められたものでは無いのかもしれません。ですが大体の魔女は何かしらの我欲があって魔女になってる訳ですから、今更気にならないですし。むしろ本気で魔女になる為に向き合うレーナは、本当に良い子だと思います。だからこそ、相手がレーナだったからこそ、私は師匠を申し出たのです」

「ありがとう、エレナさん。私…絶対に魔女になってみせるよ!」

 あぁヤバい。本当はただの気まぐれで、私のお節介が出てきただけだなんて言える雰囲気じゃ無い。

「き、期待してますよ」私は引きつった笑みで彼女にそう言うと、「それじゃあ、まずは魔法の発動原理を説明してみて下さい」と、脱線した本題に向き直りました。

 レーナは考えるそぶりを見せながら空に目をやると「えーっと…魔法はあらゆる元素を乗せる事で、初めて属性の付いた魔法になる。例えば火は、発火する可能性の低い高湿度の場所や水の中では使えない…だっけ?」と、答えを聞く様に首をかしげながら私を見ました。

「えぇ、そうです。補足を入れさせてもらいますと、魔力で元素を取り込まないといけないのですが、人にはそれぞれ取り込める元素と取り込めない元素があります。なので十分使える可能性のある状況で魔法が発動しないのは、練度不足か属性適正外の可能性が高くなります。ちなみに一般的には3属性の元素を取り込めたら凄いそうです」

「へぇ…」レーナは小難しい顔をして私の話を聞いていました。そして「エレナさんはどれ位の属性を使えるの?」と聞いてきました。

 私はドヤ顔をしながら「全部使えます!」と言い切りました。

「へ、へぇ…」何故か困った様な表情をするレーナ。

 あれ…かなり凄い事なのに反応が微妙です。

「えっとさ…そもそも何属性あるのか知らないんだけど…」バツの悪そうな表情でレーナがそう言いました。

 なるほど。確かにレーナは基礎知識がゼロですし、まずはその辺から説明しないと駄目みたいですね。

 私はわざとらしくゴホンッと咳ばらいをすると「基本的に使える属性は5種類になります。そしてそれぞれの属性を少し変化させた、応用属性と呼ばれるものも多数あります。こっちは日々魔女が研究して、毎日数種類ずつ増えてるので属性の種類は把握できていません」と説明しました。「ちなみに私は、基本の5属性の他に、応用を含めると20種類程使えます」とも付け加えました。

「ほ~う…?」

 うん。まだ凄さが分かって無いみたいですね。まぁ自慢したい訳では無いので、説明はそこそこにして、修行に取り掛かりましょう。

 私は「とりあえず、村の中で使ってた魔法を見せて下さい」とお願いして、切り株に腰掛けると、レーナの動きの1挙手1投足を見逃す事が無い様に集中して見ました。

 レーナは慣れた手つきで大きくて重そうな丸太に触れると、フワッと髪やスカートが浮き始めて、次第に触れてるだけの丸太も持ち上がり始めました。

「ほぅ…」正直な話、私は今驚いています。

 それから自分の身長より遥かに高い位置まで丸太を持ち上げたレーナは、その場でクルクルと丸太を回転させた後、ゆっくりと地面まで降ろして「どう?」と私を見ました。

「レーナ…」

「は、はい!」緊張した様子のレーナは、背筋をピンと立てて、頬から汗を垂らして私を見つめていました。

「貴女…そこまで出来てどうして飛べないのですか?」

「…へ?」素っ頓狂な声を出して体勢を崩すレーナ。また私が怒ると思ったのでしょうか。

「今レーナが使った魔法は風属性、しかも飛行する為の応用属性付きです」

「え?…え?」私の言ってる意味が理解できない様子のレーナは「丸太ってスゲェー」とか訳の分からない事を言っています。

 本当は魔女の教える通常最終訓練が飛行なのですが、実はそれまでに基礎知識を頭に叩き込ませて、後は風を応用して箒を浮かせるまでの工程をノーヒントでやらせて、本人に飛行の本質を気付かせる訓練。その筈なのですが…レーナは色々と特殊で、基礎知識が無いのに、飛行の本質に無意識に辿り着いてしまっている様でした。

 本当は私の言ってる意味も本人に気付かせるのが正解なのでしょうけど、私は答えを教えてしまいます。

「えっと、まずレーナは丸太をどうやって浮かせましたか?」

「うぅん…丸太と地面の間にバネを挟み込む感覚で浮かせたけど…」

「それと同じ事…箒に乗りながら真下に使ったら飛べるじゃないですか」

「ほあ…!」レーナは豆鉄砲を食らったかのような顔をすると「ちょっと飛んで来る!」と言って、巨木…では無く、その隣の木の先端に私の箒を持って登っていきました。

 後は放って置いても飛べる様になるでしょう…その間に私は私で出来る事を済ませておきましょうか。

「レーナ!いきなり上手く飛ぶのは無理だと思うので、怪我しない様にお願いしますよ!」

 私の声に「はぁい!」と返事を返すレーナを見届けた私は、背後で殺意を剥き出しにしてるレーナのお爺さん…村長の方に振り返り、彼女の見えない場所まで移動して行くのでした。



「で?、そんなに殺意を込めてどうしたのですか?」

 レーナは疎か、恐らく村人にも見つからない所まで移動して来た私達は、木漏れ日しか射さない深い森のような場所で、向かい合っていました。

「言わなきゃ分からんのか?」

「えぇ。別に恨まれる事をした覚えはないですから」

「…ふざけとるのか?レーナをたぶらかせたろ!」

「………」レーナを?彼女はお爺さんを説得出来たと言ってた筈なのですが…どういう事でしょう。

「昨日の夜、レーナがお前から魔法を教わると言ってきた」

「それは私が彼女にさせた事です。貴方を説得できないのならば教える気はありませんでした。ですが彼女は貴方の説得に成功したと、そう言っていましたが?」

「確かに魔法を教わるのは構わないと言った。だが魔女になる事は反対したままだ」

「………」

「そしたらどうだ?お前は村の者までもたぶらかせて、レーナが魔女になる事を勧めただろう!」

「そんな事は―――」

「しゃべるな!…もう勝手な事が出来ない様に、お前はここで殺す!」

 お爺さんは前回の石斧では無く、見張りが使う鉄製の剣を私に向けると、憎悪の塊の様な表情で睨みつけてきました。

「…相手を殺すと言った以上、悪ふざけじゃ済まないですよ?」

 私とお爺さんの間に不穏な空気が流れ始め、木々が騒めき始めました。

 1歩1歩ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めて来るお爺さん。対して私はその場から動く事は無く、構えてすらいませんでした。

 そんな時でした。私達の事を見ていた鳥達が何か危険な気配を感じたのか、一斉に飛び立ちました。

「―――ッ!」今が攻め時だと思ったのか、鬼の形相で剣先を相手に向けて、一気に距離を詰めて来るお爺さん。

「………」それに対して私は、恐怖を覚える程に冷静でした。

―――ザシュ!。

 血肉を斬り裂く音と共に、生い茂った草木に赤い血が飛び散って来ました。



 レーナを放置して数時間後、私の出来る事を大体こなして戻って来た私は、巨木付近を見渡しました。

「レーナ!どこですか!」

 見える範囲にレーナが居なかった私は、大きな声で呼び掛けました。しかし返答はありません。

「仕方ないですね…暫く待ちましょう」

 そう独り言を呟いた私は、手に持っていた荷物をポイッと巨木付近に投げ捨てて、ノビをしてから荷物の傍に座りました。


「エレナさーん!」

 暫くの間、巨木の根元に寄り掛かってレーナを待っていた私はうたた寝してしまってたらしく、気が付くと心配そうな表情でレーナが私の顔を覗き込んでいました。

「レーナ…すいません、寝ちゃってました」

 頭を擦りながら巨木に寄り掛かり直した私は、レーナの顔を見ました。土や切り傷が目立つ辺り、結構飛ぶのに失敗した事が窺えます。

「エレナさん大丈夫!?顔色悪いよ!?」

「大丈夫です…昨日は野宿でまともに寝られなかっただけですから」ちょっと泊まらせてくれなかった事を皮肉った私は、「それより」と話を続けました。

「レーナ、貴女…飛べたのですね」

「うん!」元気いっぱいの表情で返事した彼女は「エレナさんの言っていた事をしっかり思い出しながら跨ったら、しっかり飛べたよ!」と嬉しそうに言いました。

「そうですか、それじゃあ箒を返してくれますか?大事な人に貰った箒なのです」

 そう言って手を前に突き出した私は、レーナから箒を受け取りました。

「ごめんなさい、エレナさん…。そういえば勝手に箒を持って行っちゃったんだよね」

「気にしないで下さい。最終的には地の果てまで追いかけ回してでも返してもらうつもりでしたし」

「あ、あはは…」私のガチッぷりにドン引きして笑うしか出来ないレーナ。

 私は「それよりも」と荷物の方を指さして「飛べる様になったレーナへのプレゼントを用意しました」と言いました。

 私の持って来たプレゼントは2つ。1つは大きくて長い物。もう1つは小さくて短い物。余りにも大きさの違う2つのプレゼントに、レーナは驚いていました。

 恐る恐る大きなプレゼントの袋を開けて、中身を取り出したレーナは、目に涙を浮かべ始めました。どうやら喜んでくれたみたいです。

 大きな袋の中身…それは、この巨木の落ちていた木から作った箒でした。本来の箒は竹を使って作る、いわゆる竹箒なのですか、この木は不思議な程に硬くて撓り、とても軽かったので箒として作ってみたのです。

「魔女や師を持つ魔法使いが使う箒は、どれも特殊な物で、師匠が丹精込めて作った箒なのですよ」

 レーナは箒を大切そうに抱きしめながら、私の言葉に頷いて返事をしました。

「さて…小さいほうの袋も開けてみて下さい」

 レーナは箒を手放す事無く、抱えたまま袋を開けて中身を取り出しました。

「なに…これ…?」鼻を啜りながらレーナが問いかけてきます。

「これは魔法使いの必需品…魔法の杖です。これが無いと魔法を正確に操作できません。かくいう私も、複雑な魔法や強力な魔法は杖が無いと使えないのですよ」

 私は腰に着けていた杖入れから眩い輝きを放つ杖を取り出して言いました。

「因みに私の杖は、故郷の秘宝だったのですが、魔女になった日に譲ってくれたのです。なんでも隕石の中から発掘された杖だとかで、不思議な力があるそうです」

 ポカンとしながら私の話を聞いていたレーナは、我に返ると「箒と杖、私の一生の宝物だよ!本当にありがとう!エレナさん!」と、目の縁に溜まった涙を指ですくいながら言いました。

 この後も間違いなく一悶着ありますが、とりあえず今は彼女に応えておきましょう。

「どういたしまして。喜んでくれて何よりです」

 そうこうしてる内に辺りが少しずつ暗くなってきたので、今日の修業は切り上げて続きはまた明日する事にして、今日は家に帰らせるのでした。

 って、私はまた野宿ですか…。

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