私が巨木の元まで戻って来た時、レーナは巨木の枝の先に足を震わせながら立っていました。

「レーナ、何してるのですか?」そして箒を返してほしいです。

「魔女さん。お願い……邪魔しないで」

「足が震えてますよ。それに風が吹いただけで落ちそうじゃないですか」

「……」遠い場所にある地面を再認識して顔を強張らせていくレーナ。それでも「邪魔……しないで」と言って後ろに引き下がる事はありませんでした。

 今の「邪魔しないで」は私にでは無く、自身の抱いた恐怖に言っている様にも聞こえました。

「まさか……飛び降りる気じゃないですよね?その高さだと助からないですよ?」まぁ私は頭がめり込むだけで助かりましたが。

「私は……私は、魔女になりたいんだッ!」

 そう言うと、とうとうレーナは木から飛び降りてしまいました。

 必死に箒にしがみ付くレーナは、他の魔女が箒に乗って飛ぶ事を知っていて、それで私の箒を奪い取って飛ぼうとしたのでしょう。ですが現実は非情で、彼女の体は一気に地面へと吸い込まれていきました。

 そして地面が眼前に迫った時、レーナは恐怖で目をつぶりました。恐らく死を覚悟したのでしょう。

「……」

「……」

「……あれ?」

 しかし彼女の体が地面にぶつかって、辺りに血の海ができる事はありませんでした。そんな事、私の目の前でさせる訳がありません。

 私は彼女が地面にぶつかる直前、彼女と地面の間に風の魔法を飛ばしてクッションを作っていたのです。

「……満足ですか?」

「魔女……さん?」

――バシンッ。

 どうして自分が助かったのか理解が出来ていないレーナは、私のビンタをモロに受けて倒れました。

「お爺さんに酷い事を言って、私から箒まで奪って、それで魔女の真似をして死ぬかもしれない思いをして……皆を心配させて、満足できましたか?」

「……」座り直したレーナは俯いて、私の問いに答える事はありませんでした。

「……魔女の真似だけで空が飛べる訳ないでしょう?」

「……」

「そもそも魔女だって初めから空が飛べる訳ないんです。沢山沢山練習をして、沢山沢山怪我をして、それを何ヶ月も休まず続けて、それでやっと1割の人が飛べる様になるんです。…あんまり魔女を嘗めない方が良いですよ」

「………ごめんなさい」

 私はレーナの隣に座ると、「どうして魔女になりたいのですか?」と聞きました。

 彼女は顔を上げずに「村の人が裕福になれる様に…」と言いました。そしてその後にハッとした顔で「ごめんなさい」とも。要はお金が欲しくて魔女になりたいみたいですね。動機は不純ですが、気持ちはとーーーっても良く分かります。なので怒る事はありませんでした。

「でも…私は1割の魔女にはなれないみたいだね。これじゃあ村の人の役には立てないよ」泣き声が混じった声で、レーナは呟きました。

「…諦めるのですか?」私は聞きます。

「うん…魔女さんの言う通り、私は魔女を嘗めてた。私には魔女になんてなれないんだよ」

「…そうでしょうね」

 私がそう言うと、彼女は肩をピクリと動かして泣き続けました。

「だって魔女には師匠が必要なんですもの。この村に居たら、レーナは一生魔女には"なれなかった"ですよ」

「…え?」レーナが涙でグショグショになった顔で、不思議そうに私を見ました。

 とりあえずハンカチを渡した私は「察しが悪いですね」と言って立ち上がると、レーナに手を差し伸べました。

「私が魔女になる為の師匠になってあげるって言っているのです!」

 驚きが隠せない顔のレーナは、折角ハンカチで拭いて綺麗になった顔を再び涙で汚しながら「ありがとうっ!魔女さん!」と抱き着いてきました。

「「魔女さん」では無く、エレネスティナです!私の弟子になる以上、名前は覚えてもらいますよ」

「うん…ありがとう、エレネスティナさん!」

 そう呼ばれて恥ずかしくなった私は「やっぱりエレナでいいです」と言うと、とりあえず今日はレーナを家まで送り届けて、お爺さんと仲直りをさせました。



 次の日の朝、私は村人達に国の事や魔女はスカウトに来ない事を伝え、とりあえずは私の事を信用してもらおうとしていました。あ、昨日は野宿でしたよ。

 そして思ったよりもあっさりと、彼等は私の言葉を信じてくれました…正直ビックリです。

「どうして簡単に信じてくれたんですか?」と聞くと、昨日の青年が「レーナを連れ戻してくれたからさ」とにこやかに言いました。気持ち昨日よりも彼等の表情が解れたように見えます。

 暫く村人達と親しく話を続けた私でしたが、レーナの姿が見えると彼女の方に近付き「どうでした?」と聞きました。

 実は昨日の夜、修行の第1歩としてお爺さんを説得する様に言いつけておいたのです。

 そして彼女は満面の笑みで親指を立てると「へへへっ」と笑いました。まぁまぁボーイッシュな子です。

「それじゃあ、修行を始めましょうか」

 私がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに「はい!」と大きな声で返事が帰って来ました。

 こうして初めての弟子、レーナに魔法を教える事になった私は、例の巨木の前まで彼女を箒に横向きで乗せて飛んで行きました。

「所で魔女は二つ名があるって聞いたけど、エレナさんの二つ名は?」

「え?私の二つ名…ですか?」

「うん!地上から遠ければ遠い程、凄い魔女なんでしょ?。確か「魔女レミィの伝説」のレミィは「流星の魔女」だったよね!」

「おぉ!レミィを知ってるんですね!。私、あの話好きなんですよ!」

「そうなんだ!後で語り合おうよ!所でエレナさんの二つ名は?」

「私の二つ名…それは―――」

 私は彼女の問いに、ネックレスを見せながら。そして自分の師匠の事を思い出しながら。色々な思いを込めて、胸を張って言いました。

「「星屑の魔女」です!」

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