排他的な村の、魔女になりたい少女のお話

 神聖樹……私の住む村では、知らない人が居ない程の認知度を誇る木だ。それもその筈だろう、なんせ村の中にでかでかと立っているのだから。

 この木は村人を守る木として崇められている、触れるなんて罰当たりな事は断じて出来たものではない。

 じゃあ私の目の前に居る、神聖樹に座って幸せそうにパンケーキを食べているこの少女は何者なのだろうか?。

 白いブラウスに紺色のスカート、しなやかに伸びた限りなく白に近い薄紫色の髪。少なくとも村では見ない出で立ちをしている。黒いマントを尻に敷き、不安定な場所に座ってるにも関わらずバランスを崩す事の無い彼女は、いったい何を考えてあんな場所に座ってるのだろう?。

 そんな風に考えて彼女を見ていると、私はある事に気付いた。

「……本物の魔女だ」私は小さな声で呟いた。

 思わず声を漏らした私は、実は魔女になりたくて魔法を勉強している魔法使い見習いモドキだった。

 この辺鄙な村は、魔女なんて生まれた事が無かった。そんな村に産まれ落ちた私は、始めて魔力を内包した子供として珍しがられた。

 はじめは魔女になんてなりたくなかった私だけど、「魔女レミィの伝説」という本を読んで考えが変わった事を今でも覚えてる。私は彼女の様に優しくて強い魔女になりたいと憧れたんだ。

「レーナ!次はこの丸太を運んでおくれ!」疲労を感じる男性が大声を出した。

 擦れながらも力強い声が離れた場所から聞こえて来る。

 私に向かってそう叫ぶのは、この村の長だ。

「待ってて爺ちゃん!今行く!」

 私は村長もとい、爺ちゃんに手を振って返事をすると、再び魔女の方を見た。

「あ、あれ……?」

 私は一人、空を見上げながら困惑の声を零した。さっきまで魔女が居た場所には、小鳥が止まってるだけで痕跡がなにも無くなっていたのだ…。

「まさか……見間違いだった?」

 自身の願望が叶う姿を神聖樹が見せてくれたのではないか……きっとそうに違いない。そう自分に言い聞かせた私は、それでももう少し彼女の姿を見ておけば良かったと後悔をしていた。

「レーナ!」今度は怒りが混じった口調で爺ちゃんが呼んで来る。

「はいはい!今行くよ!」

 いや、やっぱり今見た光景はきっと幻だ……。最終的にそう自分に言い聞かせて無理矢理納得した私は、物を浮かせる事が出来る魔法を駆使して、村の貢献をする仕事に戻っていくのだった……。



 一人の魔女が、頭から地面に突き刺さっていました。

 周囲には彼女が食べてたと思われるパンケーキが飛び散り、だらしなく開いた足には黒いマントが引っかかり、どうにかまくれ上がったスカートから見えるパンツを隠してくれています。

(く……苦しい)

 彼女は手足をバタつかせて頭を引っこ抜こうとしますが、妙に粘り気のある土から出るには少々力不足で、抜け出せずにいました。

 さて、彼女は何者で、どうして地面に突き刺さっているのでしょう?。

 そう、このみっともない姿の魔女こそが私なのです。そして足場の悪い場所で昼食を取っていた私は、目に前にツーッと垂れて来たクモに驚いて落ちてしまい、気が付いたら頭が地面にめり込んでいたのです。クモ怖い。

(くっ……仕方ないですね、ここは魔法で解決しましょう)

 私は風魔法で体を持ち上げると180度反転、今度は足を地面に向けて着地しました。

「ぺっ、ぺっ。苦ぁ!」口に入った土を吐き出す私。

 水魔法で口をゆすいで体中に付いた土を払った私は、落ちた三角帽子とマントを着直して、パンケーキに別れを告げると村の中心部に向かって歩いていきました。



「うん……気のせいかと思ってましたけど、間違いなく怪しい目で見られてますね……私」

 村の中心を目指す私は道中で数人の村人と思われる人とすれ違ったのですが、妙に冷たい目線を送られていました。最初こそ気のせいだと思っていたのですが、とうとう武装し始めた人がチラホラ現れたので、これは私が不審者として見られているんだと自覚を持ったのです。

 そんな彼等を無視して村の中心部に着いた私は、とりあえず食べれそうな物を求めて露店を転々としました。

 そして見つけた露店でアップルパイを購入した私は、近くの広場に設置されている簡易的な椅子に座って、早速パイを食べ始めました。遠くでは相変わらず殺意の宿った視線を私に向けて歓迎してくれていますが、向こうから話しかけて来ないのならば相手にはしません。

「ん~っ。甘くておいしいですっ」

 幸せに満ちた表情でパイ食べ続ける私は、改めて村の周囲を見渡しました。

 木の上から見た時には、なかなか発展した村だったので、搬送を仕事にしてる魔導士による交易を行ってるのかと思っていたんですが……どうやらそんなにオープンな村でも無いようです。むしろ今までに見て来た村の中では、ダントツで排他的です。マジで視線が痛いのですが……。

 さて、そんな村の中なんですが、控えめに言っても発展が素晴らしい村です。

 木々に囲まれた村は珍しい物でも無いのですが、石造りの建物が立ち並び地面まで石で整備された村は初めて見ました。作物や家畜も豊富で、村の端には見張り台だって建っています。オマケに武装も豪華で、見張り役の方々は全員が鉄製の武具を持っています。鉄は今の世界では高級品で、持っていても加工技術が失われた今、それを武具に転じるには天才的な職人の子孫でも居ないと不可能なのです。あるいは魔法で解決する事も出来ますが…そんな力を持った魔女クラスの人物が村に居るとも考えにくい。まぁどちらにせよ凄い発展した村と評価するしか無い場所なのです。そして何よりも、村の中に立つ巨木……なかなかオシャンティだと思います。

「沢山の人が行きかって活気があり、素晴らしい村なのに勿体無いですね。まぁこれだけ発展してれば野党の被害に遭うと思って、排他的になるのも分からなくはないのですが……」

「はぁ……」とタメ息を吐いた私は立ち上がり、特に面白そうな事が無ければ出て行こうと思って歩き始めました。

 そんな時でした、「動くな!不審者!」と怒鳴るお爺さんの声が聞こえてきました。まーた客人を拒絶する方ですか……。

「はいはい、どうされましたか?」

 私は満面の笑みでお爺ちゃんに振り返り、「怪しい者では無いですよ」と言いながらお辞儀をしました。

「怪しくない?何を言ってるんだ!その格好は魔女の姿だろ!」

「え?えぇ……確かに魔女ですが」

「だったら不審者じゃないか!さっさと村から出ていけっ!」

「……はぁ?」魔女は慕われる事はあっても、恨まれる筋合いは無い筈なんですがぁ?。

 若干キレ気味の私は、お爺さんを睨みながら「その言い方……魔女に対して失礼だと思わないのですか?」と言って近寄りました。

「うるさいっワシの大事な孫娘は絶対に国になんて連れて行かせんぞ!」

「……はい?」何を言ってるのでしょう?。

「お前は…お前達魔女は!優秀な魔法を使う人材を見つけては国へ連れて行くと聞いた!お前の狙いはレーナなんだろ!」

「……?」ますます話が見えません。そもそもレーナって誰でしょう?。

「黙るって事は……やはりレーナが狙いだったか」

「あの、レーナって誰の事ですか?お爺さんは何か勘違いをされていると思うのですが…」

「黙れ!孫は渡さん……レーナは村の中で生きていき、いつか村の長を引き継いで、子を成して死んで逝く…それが幸せな生き方なんだ!」

 そう言って私に掴み掛かろうと、お爺さんが石斧を持って接近してきました。

「――ッ!」腕を伸ばして私のマントを掴もうとするお爺さんの腕を掴み返して、石斧を箒で弾き飛ばした私は、彼の耳元で「お孫さん……後ろで見てますよ」と呟いてから後ろに下がりました。

 お爺さんは恐る恐る後ろを振り返り、お孫さんの顔を見ると、その場にへたり込んでしまうのでした。

「お爺ちゃん……」彼女は悲しそうな顔をしながらお爺さんを見つめ続けました。

「レーナ……これは――」

「お爺ちゃんの嘘吐きっ!あんな言葉信じなければよかった!」

「???」おーい、私を置いて話を進めないで下さいよー。

「レ、レーナ……」

「お爺ちゃんなんて大っ嫌い!早く死んじゃえ!」

「ちょっと、それは言い過ぎじゃないですか?」

「うるさいっ!」

 レーナは目に涙を浮かべながら怒鳴ると、何故か私から箒を奪い取って巨木の方へ走って行ってしまいました……。

「レーナ……」

「えっと……彼女は?」とりあえず箒を返してほしいのですが。

「彼女が……村長のお孫さんだよ」

 生気の消えかけたお爺さんの代わりに、さっきまで遠くで私を見ていた青年が教えてくれました。「彼女は魔女の素質があるから、いつか国から魔女が迎えに来るんじゃないかと思って君を警戒していたんだ」とも。魔女が迎えに来るなんて聞いた事も無いのですが……。

 ともかく私は、レーナから箒を返してもらう為に、彼女の後を追いかけて巨木の方へ歩いていくのでした。

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