第2話 佐々木結衣としてor真山結衣として?

 結婚式を終えて1週間が経過し、私は相変わらず恭一郎さんの家に住んでいる。恭一郎さんは結婚した後も家計を支える為と言って、藤城学園に残って今も数学教師として働いている。私も何かパートでもしようかと思って提案したら、「俺がまだ働けるうちは大丈夫だ。それに結衣には今はゆっくりしていてもらいたいから今は働くのは俺だけでいい。」と言われてしまい、なんか申し訳ない様なそうでも無い様なという複雑な感じになっていた。そして今日も今日とて恭一郎さんは出勤なので玄関までお見送りしないといけない。

「恭一郎さんいってらっしゃい!あまり無理しない程度に頑張ってくださいね?」

「俺は教師だから生徒の見本になる様な行動をとらないといけない故に、数学教師でもあり担任を持っている以上浮いた行動も出来んからな。でもお前が言うなら無理しないで頑張ってくる。・・・それじゃ行ってくる。帰る頃に連絡するから良い子で待ってろ。」

そう言って恭一郎さんは出勤していってしまった。この広い空間に私一人でいる有意義な時間は、何だか私の心を締め付ける寂しい時間にも感じてしまった。その時にいつも見ているのは、結婚式の時に撮影したツーショットだった。私は笑顔でいるけど恭一郎さんは少し照れている顔。でもそれがギャップの様に感じて愛おしい。私の旦那様はこんな一面があるんだって自慢したいくらいの男性。


 家事もある程度片付けてリビングでテレビを見ていたお昼時。丁度見ていたチャンネルはトークショーみたいなもので、テーマは新婚についてだった。丁度私達にはぴったりだと思っていたら、結婚後の姓はどうなるのかという話にもなっていた。確かに私は今は佐々木結衣だけど、いつかは真山結衣にもなる日が来るのかもしれない。そのタイミングとしてはいつなのか、そして真山の姓を名乗るならその覚悟というのはどのくらいなのか。思わず不安になったので恭一郎さんに電話した。

『もしもし恭一郎さん?』

『結衣、どうした?怖い事でもあったのか?』

『そうではないんですけど、実はちょっと真面目なお話がありまして。』

『ほう?なんだ?』

『私達結婚したのは良いんですが、私の苗字って真山になるのか佐々木のままになるのどっちなんだろうって思ったのと、もしも真山の姓を名乗る事になったらどういう覚悟でいたら良いのかなと思ったら不安になってしまいまして。』

『なるほどな。確かにそれは今後の結婚生活において重要な事でもあるが、今の所俺はお前に真山の姓を名乗る必要は無いと考えている。というのも俺のおふくろとお前の関係性が良くないだろうと思うと、もし仮に真山の姓を結衣が名乗ったら俺の家の墓に入る事になるのは確定。それに嫌でもおふくろとの関係性は大事にしていかないといけなくなる。結衣にこれ以上傷付いて欲しくないからそれも考慮した上での判断だから、別に悪く思わないで欲しい。』

『恭一郎さんのお父様のご意見としてはどの様な?』

『親父は俺達の結婚式以降、おふくろの行動や言動も考慮しおふくろが反省するまで佐々木の姓のままで良いと言っている。それに親父はお前に対して本当に申し訳ないと思っていて、近々菓子折りを持って謝りに行くそうだ。』

『菓子折りだなんて大丈夫ですって伝えてください!私そこまで傷付いていないのでお気持ちだけで大丈夫って伝えてください!』

『分かった。俺はそろそろ午後の授業があるから切るが、何かあったらメッセージでも電話でも掛けて来い。出来る限り対応する。』

そして電話が切れてしまった。正直な所恭一郎さんのお母様とは結婚式以来暫くは関わりたくないと思っているが、もしもこの先どこかのタイミングでという事になったら少しでも我慢しないといけなくなるのかな。


 やがて夕方になり夕飯の支度をしていると玄関のインターホンが鳴って、モニターを覗くと私の旦那様でもある恭一郎さんと若桜先生と、当時の私の担任だった一ノ瀬先生の姿があった。急いで玄関を開けると若桜先生と一ノ瀬先生はニッコリ笑顔だった。

「やぁ、結衣ちゃん。結婚式以来・・・だね?」

「佐々木さん結婚式以来なのにもう奥さん感が出てる!いきなり押し掛けちゃってごめんね?」

「いえいえ、大丈夫です!あ、上がってください!今すぐ料理をまた作りますので少しリビングで休んでてください。」

「その必要はない。あまり負担を掛けたくないと思ったので軽食と酒とおつまみを買ってきた。だから足りない分は結衣が作ってある料理で大丈夫だ。」

「何かすみません、何も出来ずに。」

「いや俺の方こそ急にすまないな。」

そして久し振りのメンバーで食事会が始まった。このメンバーで話すのはいつぶりだろうかと思って思わず笑みがこぼれた。

「それにしても・・・本当に二人が結婚するなんて思っていなかったけど・・・結衣ちゃんを除いた3人の中では真山が一番最初に結婚したね?」

「そうですね!僕も早く彼女見つけて結婚しないとです。」

「俺も結婚出来たら・・・なんて理想が高すぎるかもしれないな?」

「そういえば若桜先生って茜と付き合ってるって聞いたんですが本当なんですか?」

「・・・結衣ちゃん、もしかして本人から聞いたのかな?」

「はい、結婚式の時に聞きました!」

「まぁ結論から言えば確かに俺達は付き合ってるよ?・・・これがまた少し凄い展開だったんだけど、茜ちゃん本人が凄いアピールをしてきたし実は内心俺も茜ちゃんに惚れてたからっていう理由で・・・結婚を前提にお付き合いをしているんだ。」

「そうだったんですね!いや、若桜先生って恋愛に興味無さそうなイメージしかなかったので本当に意外です。それにしても学園時代は色んな女子生徒から告白されても振ったのに、茜だけは断らなかったんですか?」

「話せば長くなるんだけど・・・俺実は卒業式の時に茜ちゃんから人気のない所で告白されてね?・・・俺はその時本当はすぐにでもオッケーしたかったけど、敢えて学園側の事もあるから付き合っても正直あまり一緒には外出出来ないし、君の事を幸せに出来る保証は無い。それでも俺に着いて来てくれるなら・・・結婚を前提に付き合おうかって言ったんだ。勿論俺自身も茜ちゃんの事が好きだって伝えたよ?」

「若桜もやる時はやるんだな。となると残りは一ノ瀬先生だけになるが、恋愛したいとかの感情は無いのか?」

「いやー僕にはまだ彼女すら居ないし、そもそも同年代で僕の事を好きだって思っている人ってなかなか居ないと思いますよ?」

確かに一ノ瀬先生は幼い所もあり童顔でもあるのが多少ある所がギャップだなって思うけど、それでも彼女が出来ないってよっぽどの事があるんだなと感じた。

そんなこんなで食事は進み若桜先生も一ノ瀬先生もほろ酔いになってきた所で、食事会はお開きになったのだがここからが大変だった。

「きょーいちろーさーん、僕まだ帰りたくないですぅー。」

「一ノ瀬先生はどこまでお酒に弱いんですか・・・。」

「きょーいちろーさーん!」

「何だ。」

「構ってくれないなら奥さんにイタズラしますよー?」

「いくら酔っているとは言えどもそれは俺も許さん。構ってやるから俺の妻には手を出すな。」

「じゃぁー、抱っこしてくださいっ!」

「抱っこだと!?・・・一ノ瀬先生を抱っこする羽目になるとは。」

「俺は酔っても一応理性はあるからここまでにはならないけど、彼の場合はそうでもなさそう・・・だね?真山、一ノ瀬先生は俺が送るからもう今日は帰るよ。」

「あぁ。」

「きょーいちろーさーん抱っこはー?」

「今日はもう帰るそうだから抱っこは若桜にでもしてもらえ。」

「一ノ瀬先生、若桜先生もうご帰宅ですか!?今お風呂沸かしたので浸かって貰おうと思ったのに!」

「ごめんね?俺も茜ちゃんが待ってるから帰らないといけないし、一ノ瀬先生がこんな状態だから・・・また今度皆でゆっくり飲もう?茜ちゃんにも宜しく伝えとくよ。」

「あー結衣さんだ!結衣ちゃんまたねー♪」


 こうして二人きりになった頃、恭一郎さんは今までに無いくらいの疲れを見せていた。そんな彼に私はそっとコーヒーを差し出した。

「ったく一ノ瀬先生のあの酔いっぷりには困った物だ。若桜が居たから良かったものの、いなかったらどうなっていた事やら。」

「お疲れ様です。流石にあの状態では何もできないですよね。私も驚きましたが一ノ瀬先生はいつもお酒飲むとあのような形になるのですか?」

「時と場合によるな。介抱する時もあるがその時は大体が若桜が担当して、俺はタクシーなり何なりとを手配するという作業をする。でもこうして同僚と飲むというのはいつでも良い物だなと思える。」

「私も同級生とはまだ飲んだ事無いので、いつかは皆と飲んでみたいなーなんて今日の様子から思いました。」

「結衣はまだ飲んだことなかったのか?」

「正直まだなんです。」

「今度俺と飲むか。俺ならお前が酔っても家に連れて帰れるから、酔いつぶれても安心出来るだろうからな。」

私はいつの間にか自分の姓について考えるのをやめていた。だって彼と一緒に居られるなら真山だろうが佐々木だろうが関係なく、私は私として生きていくのが私の人生だと思った。

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