第2話

 仕事には、別になんの感情も湧かない。

 そりゃあ、一般的にいう目標とか、プライドとかは思いつく。

 何も語れる事がないって訳じゃない。

 けれど、それには俺を形成するものがないと思う。

 ただ言われた通り、やるべき事をやるだけ。

 頭を使う事を許されたのは、もっと選べる立場の人間がすることで。

 俺には思考を捨てたやり方が似合っている。

 そこに己の考えを差し込む理由が無い。

 だから、今日はもう帰っていいと言われるその時まで記憶はない。


「今日の帰っていい、は酷かったな……」


 今は、一人で帰路についている途中だ。

 誰にも向けない悪態をつく。


 その原因となる宣言をしたのは俺自身だ。

 仕事の始めに四人の欠員が認められた。

 変化の無いノルマのままで、だ。

 なにか素敵な魔法でも起きてくれないかと神に祈ったが、同僚の曇った顔が依然として晴れる事はない。

 回された荷物は手分けして持たなければならない。

 そこに違和感を差し込む理由は無い。

 俺は何かを選ぶ事はできない人間だった。


 ふと、前を見る。

 この仕事場は山の上にある。

 人々の住まいが見下ろせる位置だ。

 この時間だから仕方も無い。辺りは既に暗く、下の方で明かりがまばらに目立つ。

 白にも黄色にも見える点は、儚く揺らいでいて消えてしまいそうだ。


「…………」


 目を奪われていた。

 布団に入ったときの感覚を思い出す。

 頭が真っ白になっていくが、それを悪いとは思わない。

 心地よさ、清々しさすら残す光景に幾許かの時間を費やしている。

 そこで、体の硬直にようやく気付く事ができた。


「何やってんだ……俺」


 早く帰って寝よう。

 時間を無駄にした後悔を胸に階段を降り始める。

 布団の中にしか楽しみがない俺には意味のないものだ。


 独り言の多い夜で、月も星も見えない曇り空のことだった。

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