ヒラサカ村

霜月ゆう

第1話

 こんな話を知っているだろうか?


 全ての人がその生を終えるまでに、必ず見る事がある夢。

 みんなが死ぬまでに必ず同じ内容の夢を見るという話。

 確か……共通夢。そんな感じの名前だった気がする。

 人伝にさ、そんなオカルト染みた話を聞いた事があって、小さい頃の俺にはどうしてか恐ろしく聞こえる話だった。


 そんな幼い頃の記憶すら消し飛んで、あくせくと働いていたある日のこと。

 その日はすごく疲れていて、もう何もする気が起きない。

 コンビニに寄る気も起きずに、ただまっすぐにベッドへと向かっていった。

 手足が鉛にでもなったかのように重くって、ただ布団へ歩むのにだけは足取りを軽く感じた。


 目蓋が自然と閉じ、目の前が暗闇に閉ざされる。

 残った理性がせめてもの抵抗と、部屋の電気を消す。

 暗闇はさらに深いものへと変わって、そして世界は黒に染められた。




 誰かが肩を揺さぶる。

 こっちは心地よい最中、暗闇の中に身を沈め安息の時を過ごしている。

 肢体の全てが動かないが、窮屈には感じなかった。


 誰かが肩を揺さぶる。

 邪魔をしないでほしい。

 意識が少し戻りかけてしまった。

 手を動かしてかけ布団を掴み、防御を固める。


「起きなさい、もう朝ですよ」


 その人はいくつか上手で、身体中を包む暖気を晒し、冷たい風を俺に襲わせた。

 寒さに次いで、眩しさが眼に突き刺さる。

 脳が信号を送り始めてしまった。

 生を実感し始めてしまって、動かない腕は僕のコントロール下においてある。

 もういつも通りの感覚だ。

 唯一残るのは、布団への名残惜しさだけ。


 いま、布団を畳んでいるその女。

 俺はいらないといつも言っているのにも関わらず、毎朝俺にコンタクトを取りたがる不思議な変人だ。

 朝のアラーム代わりには便利なので、別に困る訳でもないが……。


 いわゆる幼馴染という仲で、彼女も俺の嫌味に慣れている。

 起きるときに──。


「もう少し時間があるだろう」


 と反論をしたとしよう。

 その次には。


「早起きして悪いことないでしょ」


 と気迫で丸め込めようとしてくる。

 気圧される俺に対して、睨み付ける彼女。

 お互い、平行線での言い分であって何も解決しない。

 ただ、こういうのは動かなければ始まらないのだ。そんなことは分かっている。

 だからだろう。自然と布団の住民には居場所がなくなってしまう。


「下らない事考えてないで、出かける準備するよ」


 言うより早く、彼女が台所へと向かう。

 三食のご飯まで付けたアラームとは時代も……いやいや、流石に嫌味が過ぎるのは俺にだって分かる。

 自炊のできない俺にとって、この朝食ばかりは感謝が絶えない。


 そりゃできないよりできた方が良いのだろうと、試した事がある。

 けれど、レシピ通りに加工をしない意固地な所があると怒られた。

 その時からか、料理には苦手意識が強い。


 プロの道はプロに任せるとして。

 自分にできる事を探すのが一流の大人というものだ。

 使い終わった食器を水へ漬け、洗剤を手に取る。


 何事もない朝食。

 何事もない皿洗い。

 それから、身支度を整えて家の扉を開ける。

 眼前に広がる光景に変化はない。

 そこに違和感は存在しない。


 ・・・・・・・

 いつも通りの村がそこに広がっていた。

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