白い小鳥 〜ストリームライナー〜

 わたしは夢を失いかけていた。


 あのベロモービルに追い越されるまで。




 ここはアメリカ、ネバダ州の砂漠地帯。遠くには雄大な山脈が見える。真っ赤な岩が連なる景色は壮観だが、真新しいアスファルトで舗装された一本道はなんとなく場違いな感じがする。



 目の前には、赤いラインの入った白いマシン。


 今日、ここでは、ストリームライナーとベロモービルのレースが行われている。






 小さい頃、わたしにはレーサーになるという夢があった。


 でも、その夢はある事故によって壊された。


 中学生になったばかりの頃、コンビニで買い物をしていたら、車が突っ込んできた。


 タイヤを空転させてエンジン音を響かせながら近づく車、運転手の驚いたような顔。



 わたしは大怪我をし、隣にいた大学生は助からなかった。





 当然、わたしは夢を諦めざる終えなくなった。


 なにしろ、自動車のエンジン音が怖くて、バスにも乗れないのだ。





 高校生になったわたしは未練がましくクロスバイクに乗って日本中を旅していた。


 ある日、わたしはあの彗星のような、翼のない飛行機のような水色のベロモービルに追い抜かされた。





 寝そべるような姿勢で乗るリカンベント自転車で乗員を包むカウルを備えたもののうち三輪及び四輪のものをベロモービル、二輪のものをストリームライナーという。


 ベロモービルは、レースのほかに通勤、買い物に使う人もいるが、ストリームライナーは専らレースに使われる。


 どちらも重量はあるが空気抵抗が少ないので、条件がそろえば自動車並みのスピードが出る。




 この出会いがわたしに再び夢というものを見させた。



 自動車並みのスピードが出る自転車の存在に驚き、そして憧れたわたしは、自転車を作る会社に就職した。


 そこは、オーダーメイドの自転車を作る会社だが、ベロモービルとストリームライナーも作っていた。


 わたしは自転車を作ることを学び、ついに十人の仲間と共に最高のストリームライナーを作ることができた。




 残念ながらわたしは、プロの自転車競技の選手ではないし、昔の怪我のこともあり、レースには選手として出場できないが、わたしたちの作ったマシンが世界的にも有名なレースに出場するのだ。


 わたしはうれしかった。



 レースが始まる前、わたしたちはカウルに自分たちの名前を書いた。


 自分たちは走れなくても、マシンはわたしたちの夢をのせて走ることができる。



 一番最後に、今回マシンを操縦するプロのロードレースの選手が名前を書く。


 その後、最終点検を行うと、選手がマシンに乗り込む。




 「ご健闘を祈ります。そして、ご安全に。」



 カウルの上半分を被せると中は真っ暗になるが、選手はカメラで外を確認できるはずだ。


 私はカーボンファイバー製のカウルをなでる。


 この軽く丈夫なカウルとフレームで選手の安全は守られる。また、涙滴型のカウルは空気抵抗を極限まで減らし、人間の力だけでもマシンを時速100キロメートル以上で巡航させることを可能にする。





 頑張れ、わたしたちのマシン。





 ストリームライナーは低速では自立しないので、周りの人に支えられてコースに入る。


 コースが地平線の彼方まで伸びていて、コース脇では多くの観客が応援している。


 雲一つない青空ではカラフルな塗装がされたテレビ局のヘリコプターが飛びまわっている。




 わたしたちはマシンを押す、白く輝くマシンはやがて自立し、わたしたちはテントに戻る。





 テントの中にはパソコンがいくつも設置されていて、そのうちの一つの画面にマシンのスピードが表示される。





 「現在の速度、時速83キロメートル」





 マシンは滑るように加速を続ける。


 わたしたちはそれを固唾を飲んで見守っている。





 「時速104キロ、マシンに異常なし。」



 「時速139キロ、一番目の計測地点まであと500メートル」




 わたしはかつて、レーサーになりたかった。


 その夢は叶わなかったけど、わたしは今、ストリームライナーを作っている。


 わたしはどうもスピードを追い求めるということが好きらしい。


 周りを取り巻く環境が変わっても、人の本質というのは案外変わらないのかもしれない。






 わたしたちのマシンは白い小鳥のように静かにかげろうの向こうに消える。



 わたしたちの夢と希望をのせて。



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