わすれもの

兎人

忘れもの

教室に忘れ物をした。

思い出した時には既に最終下校時刻である18時半を過ぎていた。

まだ校門を出たばかりだったので、教室に戻ることにした。

中学3年生である祥介しょうすけは、隣を歩いていた友達に荷物を見てもらうように頼んで、校舎の中へと走った。


校舎の中の明かりはほぼ消えていて、消火栓のランプの赤い光だけがよく見えた。そんな中、ひとつの教室の明かりが点いているのが遠くからでも分かった。祥介の所属するクラスの教室だ。


誰かいるのだろうか、ゆっくり近づいてみると、案の定誰かがいた。


その人物は窓際の1番前の席に座っていて、暗くなった窓の外を眺めていた。髪は肩まで伸びていて、体の線からもその人物は女子生徒だろう。


すると祥介の視線に気付いたのか、その少女は振り返り祥介の方を見た。艶のある黒い髪と対をなすような、透き通った白い肌。どこか遠くを見るような、虚ろながら水晶のようでもある瞳。祥介は一瞬にして彼女の虜になった。一目惚れというものだと、自分で気付くのはもう少し後になってからだった。


「えっと、忘れ物を.....」

祥介は目を逸らしてそう言った。


「ふーん。じゃあすぐ帰っちゃうんだ」

少女は祥介の方をじっと見つめながら言った。


「まぁ、うん。ていうか君このクラスだっけ?隣のクラスの人?」

祥介は自分の緊張を隠すかのように、わざとフランクに話す。


「違うよ。でもちょっとね」

「そうか」

聞きたいことはいろいろあったが、いきなりたくさん話すというのはどうだろうかと思い、祥介は一旦口を閉じた。


「ねぇ、吉川先生知ってるでしょ?」

「あ、まぁ、うん」

祥介は当然知っている。吉川先生はこのクラスの担任の先生だ。

あまりにも唐突に世間話、しかもまるで友達に話しかけるように言われたので、思わず動揺してしまい、声が裏返ってしまう。



「吉川先生ってめんどくさくない?なんて言うか、生徒と話す時の感じ?分かる?」

「あー、確かに」

祥介は自分の机の中にあるノートを1冊取りながらそう言う。




「ねぇ、君帰らないの?」

「うん。まだ帰らないよ」

「.....なんで?もう下校時刻だけど」

「まぁね.....」


少女はそうやってお茶を濁した。

そう言えば名前を聞いていなかった。祥介はそう思ったが、聞くか迷った。


「どうしたの?」


何か言いたげな態度に気づいた少女が、そう言った。


「いや、なんでもないよ」

「嘘だ。何か言いたいんでしょ」

「べつに」

「意地悪だなぁ」

少女はそう言いながら祥介の方に近づいてきた。


近くに来ると、その透明な肌の綺麗さがより綺麗に見える。本当に白い雪のような肌だ。


「ねぇ、名前は?」

少女が聞いてきた。


道下祥介みちしたしょうすけ。祥介でいいよ」

あとちょっとで触れてしまいそうな距離にいる彼女の目を見ることはできない。あまりにも可愛くて、眩しくて、美しくて。


「君は?」

このチャンスを逃すまいと、祥介は少女に向かって言った。


「私?桐原茜きりはらあかねだよ」

茜は祥介の手に触れながらそう言った。

祥介は瞬間的に手を引いてしまう。


「ごめんごめん。たまたま置いた所に手があったみたい」

茜は恥ずかしそうに笑っていた。


いつまでも話していたいと思ったが、外に友達を待たせていたことを思い出す。


「あ、ごめん。外に友達待たせてるんだ。そろそろ帰るね」


「帰っちゃうんだ」

「あぁ、まぁ、うん。また明日も会えるよね?」

祥介は喋ってから、しまった、と思ったが相手は特に嫌な顔をしてなかった。


「うん。たぶんね」

茜は優しく微笑んだ。


「.....」

「楽しかったよ。ありがとね。友達待たせてるんでしょ?」

「あ、うん。ありがとね、こちらこそ」


祥介はそう言って教室を出た。

クラスを聞くのを忘れてたので、死ぬほど後悔したが、また探せばいいかと思い学校を後にした。





翌日、桐原茜という人物について尋ね回った。しかし誰一人として彼女の名を知らなかった。




□2年前のとあるネット記事


都内の中学生転落死、自殺か。


今日昼頃、「人が落ちる音がした」と110番通報があった。10階建てのマンションの駐車場に女子中学生が倒れており、病院に搬送後死亡が確認された。警察は自殺の可能性が高いとみて、調査している。









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わすれもの 兎人 @kymsk122333

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