七話〜駄目なものは駄目なのに、傷むものが傷んでいく〜

「……ほんとう?」

「まぁ、昔の話ですが」

「じゃあ、両想いだったんだ」

「そうなりますね」

 手足が震える。緊張ではないのは確か、恐れでも憤怒でもない。

「今は?」

「今? 今は別に……お友達というか」

 友達、と言えど恋心を完全に拭えた訳では無い。そこが自分で何より気持ちが悪い。

 未だに好きという気持ちが拭えていない……私も執着心が強いのだろう。

「そっか、ちょっと寂しいなあ」

「寂しい? どうしてですか?」

「好きって思われたいもん」

 正気なのか、同性にそんなこと……

「承認欲求ですか?」

「そんな人聞きの悪いー、夏乃だからだよ。私と夏乃以外の人との会話、知ってて言ってるー? 家族抜きで」

 それを言われたら、確かに。私以外には素っ気のない感じだ……。

「でも、私女ですよ?」

「関係ないよ」

 関係はあると思うのだけど。

「じゃあ、もう一回聞くね」

「はい」

 私は、昔から嘘がバレる人間。故に気づかれたのだろう。

「私のこと、どう思ってる?」

 一心を明かすも惑わされず。

「正直、今まで……今でも凛霞さんのことが好きなのは否めません」

「嬉しい……」

「でも……やっぱり同性を好きになるって、ダメじゃないですか」

「だめ? なんで?」

「それは……。他の人から見てもおかしいし……」

「ちょっと、こっち来てよ」

 そう言われ、とんとん、と凛霞さんは隣に座ってとベッドを叩く。その通り座ると、じっと見つめてくる。

「夏乃が私相手に敬語使うのって、さっき言ってた距離を取る為。だよね?」

「……」

「私のこと好きになるの、嫌?」

 嫌ではない。

「別に、私は嫌じゃないです。でも、他の人とかそういうの気持ち悪がりそうだな。とか思ってしまうと言うか。同性を好きになってしまう自分が嫌になるというか」

「私は私だよ」

「それ以前に女の子じゃないですか」

「……その、男だとか女だとかってさ」

 力強く肩を押され、ベッドの上で力なく倒される。

「こういう場合、関係あるの?」

「っ!?」

 唾を飲み込む音が、凛霞さんにも聴こえそうな。そのくらい近くに凛霞さんの顔があった。

「ごめんね。強引だったかな?」

「別に気にしてないです」

「冷静なんだね」

 両手首は捕まれ、下腹部あたりを馬乗りされていた。とは言え、嫌われたくない気持ちもあるのか、そこまで強くは握られていない。逃げようと思えば逃げれるくらいには。

「でも、脈は早くなってってるね」

 そんなことを言いながら、顔をさらに近づけてくる。心の何処かと身体は今にも唇を重ねたがっているのに、また心の別の何処かはそれを許さない。

 同性でなんて、絶対におかしい。お前はおかしくあってはならない。そう語っている。

 でも、抗うこともなかった。

「なーんてね」

 凛霞さんはベッドから降り、軽く伸びをしている。

「しないんですか?」

「夏乃が望むならしてたよ。でも、どうせずっと迷ってたんでしょう? 私だって、夏乃の気持ちを尊重したいし、私の私利私欲で夏乃を大変な目に合わせたくないもん」

 やっぱり、優しい人。私の気持ちまで察してくれるなんて。

 どこか不満なような。どこか安心したような。

「それに私、するよりしてくれた方が嬉しいから」

「……やらないですよ。私は」

 逃げだって、分かっている。周りからの目ばかり気にして、私は普通だと。私はただ凛霞さんに好かれているだけだと。

「夏乃、なんで泣いて……ごめん。私悪かったよね」

 なんて最低なんだろう。自分の気持ちの向いている先が女の子だと知られることが何よりも怖くて、中学校の時のようにまた虐められるのではないかと臆病になってしまう。

 凛霞さんは私のことを変わらず好きで居てくれたのに。

 わからない。私は凛霞さんに好意を向けていいのか。向けたらダメなのか。

「……凛霞……少しいいかな」

「……うん」

 ほんの少しでいい。抱きつく時間だけでも欲しかった。高校で会った時から小さい頃に仲の良かった凛霞さんだとわかっていた、けど信じたくなかった。凛霞さんに会わなければ、凛霞さんを忘れようとした罪深さなんて知ることも無かったから。

 ……こんな時を過ごしてしまったら、後で会いにくくなるかな。

 そんな思考も言うことを聞かない。好きでいることの恐怖と、好きでいたい想いが葛藤となって晴れない。たぶん、この先も晴れない。

「凛霞、あのね。小さい頃、私の中では凛霞はヒーローだったんだよ」

「それを言うならヒロインでしょー」

「……わかってるってば」

「ふふ」

 微笑んで、なぜか私は撫でられている。甘えてしまっている。情け無い。私よりおっちょこちょいで何するかわからない女の子に甘えている。

 今日だけ、今日だけと何かに依存したかのように、口に口をつけることを考えてしまう乱れた私が頭の中にいる。

 だけど、やらない。ここで妥協すると、きっと私はダメになる。

「ごめん……なさい。ちょっと乱れちゃいました」

「いいのに」

 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。これ以上は、これ以上は駄目なんだ。おかしい自分になったら駄目だ。

「少し、昔を思い出しました」

「敬語取れてたもんね」

「本当ですか……。気づかなかったです」


「私って、変かな。今もまだ夏乃のこと好きなの」

「変じゃないと思いますよ」

「なのに自分は変だと思ってるの?」

「はい」

 私だから変なんだ。

「じゃあ、私も夏乃のこと好きになるのやめよ」

「えぇっ!?」

 私でも、私の気持ちが分からなくなってきていた。

「嘘だよ。好きな気持ちなんてそんな変わるわけないじゃん」

 凛霞さんは悪戯な笑顔を向け、時計を見るや私に「そろそろ帰らないともう暗くなるよ」と教えてくれた。もっと時間はゆっくり進んでいたはずなのに、外の陽が大きく傾いている。リュックを背負って、玄関まで行った時、凛霞さんは見送ってくれた。別れの最後まで笑顔だった。が、扉が締まっていき凛霞さんの顔が見えなくなる直前に、凛霞さんの表情が暗く泣きそうになっていたあの顔は、思い出すだけで寝れなくなるほどに、心に染みついていた。

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