四話〜混乱する日?〜

「そうそう、喫茶店」

「ここら辺にありましたっけ」

「あるよ。ちょっと歩くけど、小さい頃からよくお母さんと一緒に行ってるところがあるの。人はあんまり来ないけど、凄く良いところなんだー!」

 来客の少ない喫茶店。私の好きな感じかな。

「良いですね。寄ってみましょうか」

「うん、じゃあ行こっか」



 話すことも無く、ただただ歩いて十数分。人通りの少ない通りに出てから陽が沈みかけていく。あまり人の少ない通りに暗くなってから優等生さんと出かけたくなかったが、小さい頃から通う喫茶店なら大丈夫だろう。

「ここだよ」

 小さい頃から通っていたと言うだけあって看板や外装からは相当な年季を感じる。

 入口の扉を開けると鈴の音が鳴る。初めて来るのに安心する雰囲気で、正直和む。

「いらっしゃいませ。……、あら凛霞。お久しぶり」

 二十代後半位の女性の店員。カウンターから小窓で厨房が少し見えるようで、男性が台所で下を向いている。皿を洗っているようだ。

 店内を見渡して見ると、多少の改築はされているようで、木目調の床や壁からは古さを感じさせず、掃除も徹底されているように見える。唯一感じるといえばカウンターくらい。

「カウンター席座ろっか」

「は、はい」

 安心するとは言ったものの、初対面は初対面なのでほんの少しは緊張する。少し高めの椅子に腰かけ、荷物を足元に。

「飲み物は?」

「それじゃあ、私は普通の紅茶でお願いっ。砂糖は無しで」

「私は檸檬茶レモンティーで、砂糖は一杯だけお願いします」

「はーい」

 ティーカップに紅茶が注がれ、檸檬の果汁を加えた後に輪切りの檸檬がぷかぷかと浮かべられる。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 優等生さんにも紅茶が配膳される。

「うーん……。ねぇ凛霞、その子は?」

「あぁ、高校で会った同級生で友達だよ。凄く優しいし、一緒に居て癒されるんだよねー」

 お世辞でも恥ずかしい。

「へえ、仲良いの?」

「ま、まぁ……仲良い、と思います」

「お名前は?」

「渚月夏乃です」

「あー、やっぱり?」

 やっぱり? やっぱりとはなんなのだろうか、やっぱりとは。

「貴女のお母さんの姉だよ。渚月なづき優香ゆうかって言うよ」

 驚愕。つまり、この女性は私の叔母にあたるということ。そして、二十代後半というのも覆される。三十七歳以上ということだ。いくらなんでも見た目が若すぎる。

「そう考えたら苗字同じだ。でも叔母にあたる人と姓が同じっておかしくない?」

「私の小さい頃にお父さんとお母さん離婚しちゃって、お母さんがシングルマザーになった時に旧姓に戻ったから私も渚月になった。って感じですね」

「なるほどね」

「まぁ、圧倒的に男の方がダメだったけどね。男の子生まれて欲しかったからって色んなこと吐き散らかしてたらしいじゃない」

「そんなことが……」

 自分でもよく覚えてないことが……お母さん話してくれたことなかったな。


「ん? ってことは、凛霞のお母さんも夏乃ちゃんのお母さんもファッションデザイナー?」

「「え?」」

「私のお母さんファッションデザイナーなんですか!?」

「夏乃のお母さんファッションデザイナーだったの!?」


「ちょっと、同時に喋らないでよ」

 半笑いの叔母。半笑いどころじゃない。


「え、私のお母さんって小説家じゃないんですか?」

「まぁ、ファッションデザイナーっていっても今や副業ね。今は主で小説書いてるんだって。高校生の頃よく見せてもらったなー……文字がびっしりの原稿用紙を三百枚くらい持ってきてさー。読んでみたら面白くて……よく読み更けたなぁ」

「三百枚も書いてたんですか」

「そうそう、三ヶ月に一回は読んでって言われて読んでたよ。

 ファッションデザイナーになったのは、夏乃ちゃんが生まれてからね」

「私が生まれてから……」

 そういえば、私お母さんのことよく理解できてないな。優等生さんがいるからここで聞くわけにはいかないけど。

「じゃあ、私のお母さんと夏乃のお母さんって接点あるのかな」

「大学の同級生だった気がする。そんなに話したりしなかったらしいけど」

「へぇ……そうなんですね」

 世界は狭し、それをよく実感した。

「じゃあ、私は厨房の方に行くから。会計の時に呼んでね」

「あ、はい。わかりました」

 一礼。すると、優香さんは微笑んで礼を返した。顔つきはお母さんとは似ていないのに、微笑んだ顔はそっくりだった。


「ねぇ、夏乃。将来の夢って決まってる?」

「特に決まってはないですね。お母さんには好きなことやりなさいって言われてますけど、自分に何が向いているのか、何が好きなのかよく自分でも分かってなくて……。優等生さんは?」

「まだ優等生さんって呼ぶんだ。私かぁ。私は……ファッションデザイナーになりたかったけど母さんに反対されて、とりあえず良い大学行って良い職場見つけなさいって。よくよく考えたらお母さんの跡を辿ろうとしただけだったから、自分のやりたいことなんて思いつかないなぁ」

 優等生さんもなんだ。誰もが通る道なのかな。高校生活の中で見つけられたら良いけど……。

「見つけられたら良いですね。夢」

「そうね……」


 もうそろそろ帰った方がいいかな。


「ね、ねぇ。夏乃」

「どうしました?」


「……ごめん、やっぱりなんでもない」

「そうですか。どんなことでも遠慮せずに言ってくださいね?」

「うん、ありがとう」


 ほんの少しだけ、ぎこちなかった。


「優香さん、会計お願いします」

「はーい。是非また来てね、サービスするよ」

「ありがとうございます。近いうちにまた来ますね」



 店から出て程なくして。すっかりと暗くなった空を眺めて息を深く吸って、大きく息を吐く。

 いろんなことが起きすぎて、若干未だに混乱している。お母さんにもいろいろ話を聞かないと落ち着かない。

 優等生さんの横に並んで歩きながら、そっと顔を見てみると、やっぱりどこか曇って見える。

 なにか失言してしまったのだとしたら、謝らないと……でも、どのタイミングで失言しちゃったかな。

「な、なんですか!?」

 要らないことを言ってしまったと思うと、怖くなってくる。唯一の友達なのに傷つけてしまっては──。

「ちょっと、夏乃!?」

 え? 二人の男性に壁に追い込まれてる?

「なあなあ、ちょっとでいいから遊ぼうよ。お茶だけでも飲まない?」

 典型的なナンパ。模範。なんて、脳内では余裕でいるけど、怖い。何されるかわからない……。そんな気持ちでいっぱいだった。


「ちょっとでいいんだよ? ちょっとだけ」


「夏乃、怖い」

「わ、私は怖くないですよ。落ち着いてください」

 こうも一日に得る情報量が多いと、脳で少しバグが生じてしまう。


「ちょっとやれば満足して諦めるからさぁ。いいだろ?」


 手首を強引に掴んでくる。恐怖の念と混乱がより一層脳みそをおかしくする。

「わ、私たち恋人が居るんですよ……」

 なんて嘘はついてみる。


「今ここには居ねぇだろ? 別にいいじゃねぇか」

 口が悪い男と少し友好的にナンパしてくる男で二人。

 はて、どうしたものか……。


「私たち付き合ってるの!」

 そう言ったのは優等生さん。流石にそれは無理がある。

「は? 女の子同士だろ」

 なぜ、どうして余計私を混乱させるのか。

「そ、そうです。女の子同士だけど、私たち付き合ってるんです」

「なんでそんな仲なのにさっき敬語使ってたんだ?」

「口が滑ったんです! ですよね優等生さん」

「なんで私に聞くの……」

「なぜ優等生さんと呼んでいる?」

「そういう趣味です! 凛霞ちゃん? 凛霞? 凛霞ちゃんは私の恋人なんです! もういいじゃないですか!」

 思考なんて放って、場と勢いに任せて、舌の筋肉を全力で活用した。帰った後の後悔と羞恥心なんて、今は考えないでおこう。

「じゃーさぁ、そこでキスしてよ」

「っ!」

 ここで苦渋の決断。

「そろそろいい加減に──って!?」

 死角になるように優等生さんろの顔に近づき、唇を重ねる寸前で数秒キープ、キスとしてはノーカウント。大丈夫だと信じたい。ごめんなさい優等生さん。

「これで、いいんですよね?」

「……」


「いいもの見れた」

「いいもの見れた、今夜は眠れないわ。じゃないよ。流石に謝れよ」

「今夜眠れないとか言ってないんだけど!? この子達付き合ってるなら別に……」

「止めてるために敢えてやってるかもしれないじゃないか!」


 ナンパ男の喧嘩漫才なんか放って置いて早く逃げよう。


「優等生さん?」

「え、あ、うん」


 手を引いて走るなんていつぶりだろう。



 早足で家の付近の公園まで来た。

 頭が冷めていくと同時に蘇っていく鮮明な記憶、罪悪感。

「優等生さん、ごめんなさい」

 深々と、謝罪の念を込める。

「いや、えっと。私たち付き合ってるって言ったの私だし。謝ることはないんだけど……」

「だけど……?」

「いや、その、キスされるかと……」

「本当にごめんなさい」

「え、いや。吃驚したってだけ。うん……」

 正直、本当にしちゃうんじゃないかって程にギリギリまで顔を近づけてしまっていたのもあって、流石の私もドギマギしてしまっていた。もう少し混乱していたら思い切って……と思うと怖い。

「あの」

「どうしました?」

「敬語は無理に辞めなくていいから。名前で呼んで欲しいの……ダメかな?」


「凛霞さん」

「な、なに?」

「名前で呼ぶのって、案外照れくさいんですよ」

「知ってる……」

 知ってて私の名前呼んでたんだ。

「凛霞さん、そろそろ帰りましょうか」

「うん……!」


 少しだけ、仲が深まったような。ぎこちなくなったような……。


 私のお母さんと優等生さん……凛霞さんのお母さんが大学の同級生だったことが分かったり、手を繋いだり名前で呼んだり、ほんの数分恋人のフリしたり。混乱することが多い一日だった。


 帰ったらお母さんに昔話でも話してもらおうかな。

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