第一章〜始まる生活〜

一話〜ご機嫌色〜

 授業も一通り終わり、下校の時間となった。陽が未だに高く、日差しがほんのりと暖かい良い天気。

「夏乃っ」

「ひゃぁ!?」

 突然の両手が肩を沈め、膝を微かに屈伸させられた。こういうことに慣れ無さすぎて、結構心臓がバクバクする。

「ゆ、優等生さん?」

「まーたその呼び方。まぁ、良いけど」

「会ってそこまで経ってないのに、よくそんなにベタベタできますよね。あ、嫌味じゃないですよ」

「んー、今まで友達とか居なかったから。高校生でびゅー? ってやつなのかな。ただ純粋に夏乃とは仲良くなりたいなーと思ったっていうのもあるよ」

「え、なんで私?」

「なんか、変わってる人だなーって。それでいて引き込まれるような感じがするの」

「変わってるって……私が変わってるとしてもお互い様ですよ」

「あ、あと敬語は辞めてよね。堅苦しい」

「いや、これが標準と言いますか。まぁ、だから友達居ないのかもしれないけど……」

「えぇ! 友達いないの!?」

「居ないですね。今までで一度も」

「じゃあ、私たちお互いに初めてだね!」

 え? 初めて?

「どういうことです?」

「だって、私たちお友達じゃない?」

 お、お友達。聞き慣れない響き。

「正直、友達の定義とかよく分からないし……」

「そんなネチっこいこと言うから居ないの! 友達に定義も何も無いでしょ?」

「そもそもの問題だったんですか」

 まぁ、一理あるのかもしれない。人間関係は、言葉や単語で全て言い表せられるようなものじゃない、のかも。

「まぁ、だとしてもまだ友達じゃないかもです」

「なんで!?」

「私、その、優等生さんのこと何も知らないというか……」

「ふふ、私のこと、知りたい?」

「え?」

「身長百五十六センチ! 体重は……キログラム! 血液型はA!」

 勢いが、凄い。

「体重、誤魔化さないでくださいよ」

「最近気になってるから駄目。さてと、次は夏乃の番」

「え、えっと。背は分からない……体重も……血液型も分からない」

「謎! 背は私よりちょっと低いかな? 百四十後半かな?」

「かも?」

「なんにもわからない……あ、誕生日は?」

「八月の十九日です」

「惜しいっ……」

 惜しい?

「ゆ……優等生さんは?」

「八月二十日だよ」

「惜しい……」

「だよね」

 優等生さんは、含み笑い気味に少しガッカリしている様だけど。

「でも、良くないですか?」

「え?」

「だって、特別な日が二日連続で来るんですよ。ちょっと贅沢な気分です」

「なるほど……そういう考え方もあるのか……」

 もしかしたら、優等生さんとは考え方が結構違うのかもしれない、と思う。

 だからこそ、惹かれるものが……惹かれる? まぁいいや。

「優等生さん」

「ん?」

「えっと……」

 正直、友達だとか無縁だったのもあって、言いたいこともよく分からないのに話しかけてしまいたくなる。

「空が綺麗ですよね」

「? まぁ、そうね」

 自分で話したいことも自由に話せないことに、物凄いもどかしさを感じてくる。

 歩幅が合う。私は決して歩幅を合わせている訳では無い。合わせさせているのなら、申し訳ない。

「あ、あの。歩くの速かったり遅かったりしますかね、私」

「そーいえば、歩幅合うなーと思ってたんだけど。ごめん、合わせてた?」

「いえ、自分のペースで歩いてますよ。優等生さんこそ、合わせてないんですか?」

「私も別に」



 時間の間隔が開く度に、言葉が喉の奥底で詰まる。次の言葉……次の……と、何を話そうかとずっと考え込んでしまう。

「夏乃は、何か趣味とかあるの?」

 そういう時に話しかけてくれるから嬉しい。

「私の、趣味?」

「うんうん」

「私は……フェルトですかね。読書も好きですよ」

「おお、フェルトと読書……フェルトって羊毛のやつだよね?」

「そうですよ。猫とかペンギンとか、色々作ってます」

「へーぇ……今度見せてよ!」

「いいですよ。次は優等生さんの趣味を教えてくれませんか?」

「んー……なんだろう。料理、とか?」

「料理、ですか……。凄いですね」

「夏乃は料理やらないの?」

「やることはやりますよ。ただ、指切ったりするのが怖くて……お弁当作る時も結構ビクビクしながら作ってるんです」

「え、あれ自分で作ってるの?」

「結構頑張ってはいるんですよ」

「凄い美味しそうだなと思ってたんだけど……」

「優等生さんのお弁当は、優等生さんが作ったんですか?」

「そうだよ。なんか……なんとも言えない」

「そうですかね。結構美味しそうな感じだった気がしますが」

「えー、そうかな」

「きんぴらごぼうと卵焼き……。お弁当のお決まりみたいな品ですが、優等生さんのきんぴらごぼうと卵焼きは光り輝いてましたよ」

「何その表現」

 優等生さんが軽く微笑む。が、少しして会話が途切れる。言葉を探してしまう。なにか話さなきゃ、なにか……と。

「私この道左だから」

「え、あ、そうなんですか」

「また明日ー」


 言わないと……、行ってしまう。

「あ、あの!」

「どうしたのー?」

「えっと……、れ」

 優等生さんが気を利かせて駆け寄ってくる。

「あの、連絡……」

「あー! そういえば交換してなかったね!」

 その言葉を言うのが、とても恥ずかしかった。率先して何かをするのが苦手だから。

 察してくれた優等生さん。ありがとう。

 連絡先をチャットアプリで交換して、交換できた、と確認のスタンプを送る。

「何このスタンプ可愛い」

「ふふ、ですよね。私のお気に入りなんです。あ、時間を取らせてすみません。私もそろそろ帰りますね」

「うんっ。じゃあ、また明日」





 家に着いて、ドアを開けると制服姿の弟が居た。

「おかえり姉ちゃん」

 因みに今年で十三歳、弟も中学に入って難しい時期……かと思っていたが、思ったよりそんなことは無かった。むしろ少し懐かれている。

「ただいま、今帰ったの?」

「うん。姉ちゃん、なんかいい事あったの?」

「え?」

「だってニコニコしてるじゃん」

 慌てて玄関にある鏡で顔を見てみる。本当だ。自分でも自分のこと全然笑わない人だと思っていたのに、久方ぶりに笑った気がした。

「珍しいこともあるもんだなぁ」

 何より恥ずかしい。頬が緩んでばかり……。


 手洗いもうがいも、着替えも済ませて即部屋に飛び込む。と言っても、弟と同じ部屋だけど。

 そうだ、連絡……なんて送ろう。家に着きました……でいいのかな。いちいちそんなこと送っていいのかな。弟にニコニコしてるねって言われました……それがなんだって感じですかね。

 あれ? 優等生さんから来た。

『なんか、お母さんに久しぶりに笑顔見たって言われたんだけど。私ってそんなに無愛想なのかな…』

 優等生さんもなんだ。

『優等生さんって、そんなに笑わない人なんですか?常に笑顔なのかとばかり』

『ん、よくよく考えてみたら確かに。でも夏乃も笑顔だったよね』

 ……全く記憶にないけど、ってことは私ずっと笑顔だったんだ。

『全く覚えは無いですけどね』

『あ、ごめん。ご飯できたって呼ばれちゃった』

『そうですか…時間とってすみません』

『いいんだよ。じゃあ、行ってきまーす』

 どこか寂しかった。

「姉ちゃん、誰と連絡してるの?」

「うわっ、携帯覗かないでよ」

「だってずっと携帯とにらめっこしてるんだもん」

「いいでしょ別に」

「弟としては気になるんだよ」

「それはどういう心情なの?」

「ほら、変な男が居たら……」

「父親か」

 そんな時に、ご飯ができたサインが携帯のロック画面に。

「ほら、私達もご飯食べるよ」

「ふーん、私達「も」ね」

 聞かなかったことにしておこう。変に言っても悪化するだけ。

 そうだ、私も何か送らないと。

『行ってらっしゃい。私もご飯食べてきます』

 こんなことどうでもいい送っていいのかな。もう送っちゃったけど。

 今日の夜ご飯何かな。

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