『ワールドエネミー』専門店限定ショートショート

17話『不死の少女は謝った』


 吸血鬼ヴァンパイア獣人セリアンスロープ屍鬼グール幽魔ゴースト魔獣ビースト、等。


 総称「怪異エネミー」――細かい亜種を含めれば、種族数は百を超えるだろう。 

五百年前に突如として発生した怪物たち。人類は存亡を賭した戦いを余儀なくされ、その命運は一人のハンターに託された。


 そのはずが……


「エルザさん、大事な話が二つあります」


 拠点セーフハウスのソファーでくつろぐ白髪の少女に、シルヴィは真剣な口調でそう告げた。


 シルヴィ・クリアネット。

 愛らしい面立ちをした金髪の少女である。グレゴリオ聖教の元シスターだったが、今は最強ハンター・ノアの助手(という名の料理当番)を任せられている。


「以前に魔獣ビーストを倒した件です。その報酬でもらった小切手がなくなりました」

「ふむ? ノアからお前が預かっていた小切手か?」


「はい。私の部屋のタンス奥に隠していたんです。それが昨夜、何者かがタンスを開けて小切手を漁った痕跡がありました」

「なんと。泥棒とは物騒だな」


 エルザと呼ばれた白髪の少女が、ソファーに腰かけたままふり返る。可憐な少女だが、その正体はかつて史上最凶の大敵と恐れられた怪物である。

 今は、わけあってノアと同行しているのだが……


「そして話の二つ目です」

「うむ。聞いてやろう元シスター」

「今朝からリビングに見慣れないものがありますね。具体的にはエルザさんの着てる新品の服です」


 エルザの着ているワンピースの生地は、この世界では貴重な天然絹だ。それも彼女の細身に合わせて職人が採寸した特注品。

 シルヴィが昨日まで見たことのない新品である。


「昨日の夜に小切手が消えました。そして今朝、エルザさんの見慣れない私物が増えています。わたしはここに奇妙な一致を感じるのですが?」

「元シスター」


 屹然とした様子で、不死者の少女エルザが立ち上がった。

 ソファーの陰に隠していた小箱を取りだし、その蓋を開けてみせる。  


。とっておけ」

「こ、これは……!?」


 シルヴィは思わず声を上げた。

 美しき銀鎖でできたネックレス。中心には大ぶりなダイアモンドが美しき涙の滴ティアドロツプの形状にカットされ、目も眩むほどの輝きを放っている。


「こ、こんな高級な物をわたしに……?」

「わかっているな。小切手を使いこんだのは私とお前だけの秘密だ」


 悪戯っぽい笑みのエルザが、シルヴィにそっと耳打ち。


「私は何も知らない。お前も何も見ていない。小切手は泥棒に盗まれたことにする」

「で、ですが……」

「安心しろ元シスター。口裏を合わせれば証拠はない」


 腰に手をあてた不死者の少女が、胸をそらして勝ちほこる。


「私に任せろ。ノアも気づかないに決まってる。私が何年アイツと一緒に暮らしていると思っている?」

「わかりました!」

「はっはっは。まあ任せておけ。私にかかればノアを出しぬくことなど――」


「そうか」


 低く威圧感のある重低音。

 背後から聞こえてきた声に、不死者の少女エルザの笑みがピシリと凍りついた。


「……この声……まさか……」

「いま戻ったところだ」


 リビングへと姿を現した黒コート姿の男。

 ノア・イースヴェルト。黒髪に黒コートという黒ずくめの彼こそ史上最強のハンターであり、怪異から「不死殺し」と恐れられる本人だ。


 そして拠点セーフハウスの主であり、小切手の本当の所有者でもある。

 エルザの着ている新品のドレス。そしてシルヴィのネックレスを順番に観察して。


「これはどういうことだ」

「……ま、まてノア! これはだな……」


「あ、あの違うんですノアさん! わ、わたしはそんなつもりじゃ……!」

「――――――」


 無言で迫る黒ずくめの最強ハンター。

 決して暴力を振るうこともなく怒鳴ることもない。なのに、どんな怪物より怖いと思うのはシルヴィとエルザの勘違いではないだろう。


「五秒以内に謝罪すれば許してやる。俺に言うことは?」


「……わかった。私の負けだノア」

「……ごめんなさい」


 犯行現場を目撃された少女二人は、大人しく白旗を揚げたのだった。


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