15話『デーモンクエスト』part.7

「ルル、この先が分かれ道になっているぞ?」


「魅亜、あなたは右へ。ささ、エリーゼ様は私と一緒に左の道に行きましょう」

「……おい」


「冗談です。右の通路からは罠らしき法力においが漂ってきますので、ここは左に進むべきでしょうね」

「……やはりわかって言ってたな。まあいい、しかし本当に広い部屋だな。元魔王様の私室にしても異常だぞ」


 収縮と拡張をくり返す通路。

 今はエリーゼとルルと魅亜とで歩いているのだが、三人並んで歩いても余裕があるほど通路の横幅がある。


「……ふーん。魔王宮の西にある樹海くらいの広さはあるかもね」

 部屋の正確な広さはエリーゼも検討つかないが、渦巻く大気の流れからして相当に広大であるということだけはわかる。


「ルル、この先にアタシの探してるお宝があるんだね?」

「はい。エリーゼ様の求める肉体活性の魔水ですが、幸い、五代目イジユラ様の記録書はこのとおり書庫に保管されていましたので」


「それが書庫で見つけた地図だったのね」

「そのとおりです。こちらに大まかな道筋も書いてありました」


 古い地図を大事そうに手にした氷の将魔ルル。

 歩いている現在地と、そして地図に記載された道のりを交互に見比べながら。


「魅亞、次の道を右です」

「おう」

「十字路をまっすぐ」

「おう」

「その先に箱があるでしょう。封印櫃なので開けてください」

「おう……おいっ!?」 


 はっ、と我に返った魅亞が跳び退いた。その指先が封印櫃に触れて、今まさに蓋を開けようとした間際である。


「これも罠だったらどうする!」

「罠ではありませんよ魅亞。罠を仕掛けるとすれば最初の箱だけです」


 慌てるには及びません――

 そんなルルの心境を表すように、彼女の口調は落ちつききったものだ。


「考えてみてください。すべての封印櫃に宝物が入っている前提で、その全ての封印櫃に先のような罠を仕掛けたらどうなりますか」


「……宝が燃える。宝がなくなる?」

「そういうことです。自分の宝物を守るための罠なのに、その宝物にことごとく罠を仕掛けて台無しにしては意味ないでしょう?」


 にこり、とルルが自信にあふれた微笑で。


「さあ魅亜、封印櫃を開けるのです!」

「な、なるほど?」


 おそるおそる魅亞が手に力をこめて。


「どかーん!」

「ひあぁっっ!?……ぁ……ってエリーゼ様、何をするんです!?」


 よほど驚いたのか魅亞が再びふり返る。

 並の法術なら浴びても眉一つ動かさない肉体を誇る大悪魔だが、さすがに元魔王の仕掛けた法術は警戒しているのだろう。 


「あははごめんごめん、あんまり慎重で魅亞らしくないからさ」

「……まったく」


 魅亜が蓋を開けた。

 何百年と閉ざされていた封印が解けて、そこには封印当時のまま保存されていた宝物が大切に格納されていた。


 紫色に輝く紫水晶。


 五十八面のファセットから成る造型――宝石全体を縦長に、その上下の端を鋭利に尖らせたカットで美しく磨きあげられている。


「へえ紫水晶? しっかし大きいね。ルルのお尻くらいあるんじゃない」

「エリーゼ様の喩えはさておき、確かに大きいですね。冥界には宝石鉱山が少ないのに、これ程の宝石となるとまさしく魔王様のお気に入りだったのでしょうね。あら、しかも意外と軽い」


 うっすらと輝く宝石をルルが両手で抱きかかえた。

 ちゃぷん、と水滴が撥ねる音。 


「あら今の音は?」

「ルル、その宝石を渡せ。……この宝石、内部を抜いてあるな。中身に別のものが入っている。液体のようだが」


 受け取った宝石をまじまじと見つめるのは魅亞だ。

 真剣極まりない表情で五十八面体の構造を調べていたが、ややあって、魅亞の手が素早く動いた。


「ここだな」


 パキン、と音を立てて綺麗に砕ける宝石の上部。

 ワイン瓶のコルクが抜けたように、宝石の角部分が取れたところから半透明の液体が噴きだした。


 と同時に、奇妙な臭気があたりに立ちこめる。


「わっ、なにこれ……腐った水!?」

「この匂いはお酒ですね。これほどの宝石を酒瓶にしてしまうとは。よほど大事にしていたお酒だったのでしょう」


 くんくんと匂いをかいで確かめるルル。


「不思議な匂いのするお酒ですね。この封印櫃で発酵が変な方向に進んだのかしら。エリーゼ様、試飲されますか? どうやら空になるまで噴き出し続けてしまうようです。誰も飲まないのは勿体ないですから」


「ううん、アタシは遠慮。もともとお酒好きじゃないし」


 魔皇姫エリゼリスとして君臨していた時から飲酒を嗜むことはなかった。どうにも味と匂いが好みではないのだ。


「魅亞は? 確かお酒は好きでしたよね」

「今は禁酒中だ。この前、酒に酔った拍子に魔王宮の窓ガラスを151枚割ってしまって、お前に禁酒命令を出されただろうが」


「そうでした。では、私が代表して味見を」


 ワイングラスを煽るように宝石の端に唇をそえるルル。


「あら? 意外と美味しい」

「ルルってお酒なら何でも好きだよね。まだ晩酌の日課は続けてるの?」

「これは本当に美味しいんです」


 こくんこくん、と美味しそうに正体不明のお酒を飲みほすルル。

 宝石の中身が空になった頃には、すっかり彼女の頬が赤く染まっていた。


「ああ、なんだか身体が熱くなってきました……なんだか……すごく熱く……」

「酔っぱらってるねえ。ルルってば顔まで赤くなってるよ」


「これは失礼。五代目魔王様の遺したお酒ですし、飲み残しは勿体ないかなと」


 空になった宝石の酒瓶を封印櫃に戻すルル。


「お待たせしましたエリーゼ様。どうやら目的のお宝は近いようです。ほら、そこの曲がり角を曲がってみてください」


「どれどれ? おっ!」


 先を進んだエリーゼが見たものは、今までより一際大きな宝箱だった。

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